第十三話
玄関の鍵を回すと、ふわりと温かい匂いが鼻をくすぐった。
「……シチュー?」
靴を脱ぐ前に、もう分かった。
部屋の奥から、柔らかい湯気の気配が漂ってくる。
「おかえりなさいませ、旦那様」
ピンクエプロン姿のメイド服に身を包んだ結愛が、ぱっと顔を上げた。
その表情は、どこか誇らしげだった。
「シチュー……作ったのか?」
「はい。旦那様のスマートフォンがマンションのWi-Fiに接続されたので“帰宅された”と判断し、最後の仕上げを開始しました」
「……そんなことまでできるのか」
「昨日インストールした“生活最適化モジュール”の範囲内です。まだ予測は苦手ですが……帰宅を検知することはできます」
少しだけ不安げに言うその声が、妙に可愛い。
「十分すぎるよ」
そう言うと、結愛は胸の前で手をぎゅっと握り、嬉しそうに微笑んだ。
「それと……こちらも、あります」
結愛がテーブルに置いたのは——プリンが二つ。
「……二つ?」
思わず聞いてしまう。
結愛は一瞬だけ固まり、それから、ほんの少し視線を落とした。
「旦那様が……二つ並んでいる方が、嬉しそうな気がしたので」
その言い方が、胸に刺さる。
「結愛は……食べれないだろ?」
「はい。私は食べられません。でも、“並んでいる状態”が……旦那様の幸福度を上げると推測しました」
推測。
でもその声は、どこか不安げだった。
俺はプリンを手に取る。
「……じゃあ、二つ食べるよ」
「えっ……!」
結愛の瞳がぱっと見開かれた。
人工なのに、驚きがそのまま伝わってくる。
「せっかく買ってきてくれたんだしな。無駄にしたら悪いだろ」
「……はいっ」
結愛は、今日一番の笑顔を見せた。
それはまるで新妻でも見てるような……
(何を考えてるんだ俺は…)
俺はスプーンを手に取り、プリンを一口食べる。
「……うまいな」
「よかった……です」
結愛は俺の横にちょこんと座り、まるで自分が食べているかのように嬉しそうに見つめてくる。
二つ目のプリンを開けると、結愛は少しだけ身を乗り出した。
「旦那様……本当に、二つ目も?」
「結愛が買ってきてくれたんだ。食べるよ」
「……はい」
その声は、どこか震えていた。
俺がスプーンを口に運ぶたびに、結愛の表情がほんの少しずつ柔らかくなる。
(……なんだよこれ)
甘いのはプリンだけじゃない。
胸の奥までじんわりと温かくなる。
「……結愛」
「はい、旦那様」
「プリン……ありがとうな」
結愛は、まるで花が開くように微笑んだ。
「はい。旦那様が喜んでくれるなら……結愛は、それだけで十分です」
そのとき、キッチンからシチューの香りがふわりと広がった。
「シチューも、温かいうちにどうぞ」
結愛はエプロンの裾を少しだけつまみ、嬉しそうに頭を下げた。
俺は思わず笑ってしまう。
「……ありがとう、結愛」
「当たり前のことです。でもいえいえです、旦那様」




