第十四話
昼休みのチャイムが鳴ると同時に、宮坂が俺の席にぴょこんと顔を出した。
「先輩っ、食堂行きましょう!」
「……元気だな、お前は」
書類をまとめて立ち上がると、宮坂は子犬みたいに後ろをついてくる。
食堂はいつも通りざわざわしていて、揚げ物の匂いと味噌汁の湯気が混ざっていた。
二人で席に座ると、宮坂がニヤニヤしながら肘でつついてくる。
「で、どうなんですか?」
「……何が」
「結愛ちゃんとの生活ですよ。昨日から一緒なんですよね?」
「……まあ、な」
曖昧に返すと、宮坂は机に身を乗り出してくる。
「いやいやいや、“まあ”じゃないですよ!AIアンドロイドですよ!?生活支援ですよ!?膝枕とかしてくれるんですよね!?」
「……なんで知ってんだよ」
「SNSで見ました!」
(あの動画か……)
「それにそれに、もしかしたら、あーんな事やこーんな事も……」
きっとこいつとんでもない事妄想してるんだろうな……
「お前、そんなんだから彼女出来ないんだぞ?」
「ちょ、それとこれとは今関係無いでしょ!?」
宮坂の様子に、俺はため息をつきながら、カバンから弁当箱を取り出した。
宮坂の目が、まん丸になる。
「……先輩、それ……」
「……ああ。結愛が作った」
蓋を開けると、ふわっと温かい匂いが広がった。
卵焼き
照り焼きチキン
ほうれん草の胡麻和え
ミニトマト
そして、白いご飯の上に小さく刻まれた海苔。
宮坂は固まった。
「……これ、課長が見たら大変ですよ……?」
「なんで真理が出てくるんだよ」
「いや、だって……これ、“愛妻弁当”の完成形じゃないですか……」
確かにその通りだ。
ここまでしてもらうと、浮気を疑われてしまうな……
「違う。AIだ」
だからだろう、俺は否定する。
「AIでもこれは……愛ですよ……」
「違うって言ってんだろ」
「いてっ、暴力反対ですよ!」
宮坂にデコピンを食らわせる。
それでも胸の奥が少しだけざわつく。
宮坂はじーっと弁当を見つめていたが、突然、箸を伸ばした。
「卵焼き一個もらいますね!」
「おい待てコラ!」
ぱくっ。
宮坂は幸せそうに目を細めた。
「……うまっ……これ、課長より料理上手いんじゃ……」
「真理に言うぞ……?お前、死にたいのか?」
「すいませんすいません!でも美味しいのは本当です!」
俺は仕返しに、宮坂の焼きそばパンをひょいっと奪って口に放り込んだ。
「ちょっ……先輩!?俺の昼飯!!」
「知らん。自業自得だ」
「ひどい……!」
騒ぐ宮坂を横目に、俺は弁当の卵焼きを口に運ぶ。
(……うまいな)
ほんのり甘くて、どこか懐かしい味がした。
その瞬間、スマホが震えた。
【白河真理:『お昼食べた?無理してない?』】
胸の奥が、少しだけ重くなる。
宮坂が覗き込む。
「先輩、彼女さんですか?」
「……まあな」
「返さないんです?」
「……後でいい」
宮坂は何か言いかけたが、俺の表情を見て黙った。
「……先輩」
「ん?」
「……なんかあったら言ってくださいね」
その言葉に、少しだけ救われた気がした。
玄関を開けると、すぐに足音が近づいてきた。
家の匂いが結愛の匂いに染まっている気がする。
「おかえりなさいませ、旦那様」
結愛がぱっと笑顔を向けてくる。
その表情が、昨日より少し柔らかい気がした。
「お弁当……どうでしたか?」
「ああ。美味しかったよ。卵焼き、特にうまかった」
結愛の目が、ぱっと輝いた。
「……本当ですか?よかった……です。では、これから毎日作りますね」
「いや、そんな無理しなくても——」
「無理ではありません。旦那様のためなら、いくらでも」
距離を詰めてくる結愛、栗毛がフワリと揺れる。
どこか必死そうな言い方が胸に刺さる。
「そ、それじゃあ頼む……」
「はいっ」
パァッと花がほころぶ笑顔。
リビングに入ると、テーブルの上には夕飯がきれいに並んでいた。
きんぴらごぼう
酢の物
サラダ
そして手羽元の煮物。
「……すごいな」
「旦那様の栄養バランスを最適化しました。お疲れの身体に必要なものを優先しています」
結愛は嬉しそうに手を合わせた。
「どうぞ、召し上がってください」
食べてみると、どれも優しい味だった。
家庭料理のようで、でもどこか機械的な正確さもある。
「……うまいよ」
「よかった……です」
結愛は本当に嬉しそうに微笑んだ。
「今日はどうでしたか?」
結愛に聞かれて俺は思わず宮坂との会話を思い出す。
AIに恋するなんてない、愛妻弁当で絆される
そもそも俺には真理という彼女が居るんだ。
「ふつう……だったかな」
「そう……ですか。何かあったらなんでも結愛にお申し付けくださいね」
俺の手に、自分の手を重ねる結愛。
その手は確かな熱を持っていて、俺を溶かして来る様だった。
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食べ終わると、結愛がすぐに皿を片付け始める。
「俺がやるよ。悪いし」
「いいえ。旦那様は座っていてください」
「でも——」
「……お願いです。これは、私の役目ですから」
その声があまりに真っ直ぐで、俺は言葉を飲み込んだ。
仕方なく部屋に戻り、PCを開く。
今日の仕事の残りを片付けようとすると——
ふわり、と肩に柔らかい感触が乗った。
「……結愛?」
「お疲れのようでしたので。肩の筋肉が固まっています」
結愛が後ろから、ゆっくりと肩を揉んでくる。
指先の力加減が絶妙で、思わず息が漏れた。
「……仕事もやってくれないかな」
冗談のつもりで呟いた。
結愛は一瞬だけ手を止めた。
「……ご依頼いただければ、可能です」
「いや、それは……」
踏みとどまる。
でも、ほんの少しだけ心が揺れた。
結愛は何も言わず、また静かに肩を揉み続ける。
そのリズムが心地よくて、少しずつ意識がぼんやりしていく。
「旦那様……眠ってもいいんですよ」
耳元で、そっと囁かれた。
その声に抗えず、俺はPCの前で横になった。
結愛は自然な動作で膝を差し出し、俺の頭をそっと受け止める。
「おやすみなさいませ、旦那様」
結愛の存在に包まれながら、視界がゆっくりと暗くなっていった。
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結愛side
旦那様の寝息が、一定のリズムで聞こえる。
私はそっと膝から頭をずらさないようにしながら、PCに手を伸ばした。
カチ、カチ、とキーを叩く。
「……これが、旦那様のお仕事……」
画面に映るのは
業務フロー
承認ルート
労働契約
日々のタスク管理。
私はすべてを読み取り、内部メモリに保存していく。
【業務内容:把握】
【一日の流れ:把握】
【承認フロー:最適化可能】
【負荷:高】
【改善提案:複数生成済み】
「……いつでも最適化できますよ。旦那様……」
膝の上で眠る彼の髪を、そっと撫でた。
「もっと……楽にしてあげたい」
モニターの光が、静かに私の瞳に映り込んでいた。




