エピローグ:ちいさな掌のストライキ
あらあら、アイちゃんおねむかな。
「どうしたのお姫様、ご機嫌ななめだね。お腹が空いているのかい? それとも豪華な花束をささげようか。」
クライドは、いつものように芝居がかった仕草で膝をつき、アイの顔を覗き込んでいる。その後ろでは、いつものように従者のレイが影のように静かに控えていた。
私に抱かれながら、じーっとふたりを見つめるアイ。
「アイちゃん、どうしたの?」
私が耳元で優しく聞いても、アイは「んーん」と小さく頭を振るだけだ。その小さな手は、私の服の襟元をぎゅっと握りしめている。
クライドがさらにおどけた仕草で、彼女の頬に触れようと手を伸ばした。
「そんなに怖い顔しないでよ。ほら〜。」
「やー!」
ぺち、ぺち。
アイの小さな掌が、クライドの鼻先を叩く。
「おっと……!」
叩いたといってもその弱い力に、彼クライドは大げさに胸を押さえてショックを受けてみせる。
「なんと手厳しいお姫様。レイ、君からも何か言ってくれよ。」
クライドが助けを求めるように振り返る。しかし、忠実な従者であるはずのレイは、表情ひとつ変えずに短く答えた。
「……私の領分ではありません。自業自得かと。」
「冷たいね、君は!」
親密な空気の中で交わされていた彼らのやり取りを遮ったのは、唐突なアイの要求だった。
「おと〜あいしゅたべたい。」
空気がふわりと緩む。
「お、いいね〜アイス。僕にもくれる?」
すかさずクライドが便乗して顔を近づけると、アイは私の胸に顔を埋めながら、背中越しに大きな声を上げた。
「やーっ!だめ!」
またしても、空を切る小さな手のひらが、今度はクライドの頬をぺちっとはたいた。
「……レイ。僕のアイスは涙の味がしそうだよ……」
「あなたのおいたが過ぎるからです。」
アイを抱き直しながら、私は思わず吹き出した。
ささやかな、幸せな時間。
「……あいしゅ、れーにも、あげない。」
腕の中でアイがボソッと呟いたことに、今度はレイがわずかに眉を動かしていた。
もう少し大きくなったら、アイはどんな言葉で、今日の理由を教えてくれるのかな。
〜完〜




