第74話:不憫な熊、優雅な妖精
今日は、華やかな社交界への第一歩、ダンスレッスンの日。
大広間に集められた聖女たちの前に現れたのは、厳しい指導で知られる宮廷作法官。しかし、彼女たちの視線はその背後に控えるヴァインとクライドの美麗な双子王子に釘付け。
いざレッスンが始まると、そこかしこで楽しげなステップの音が響く。ところが、その中でひとり、まるで生まれたての小鹿のようにぷるぷる足元を震わせているオトがいた。
「右、左……あ、えーと次どっちだっけ……?」
オトがステップを踏むたびに、周囲から「あ〜〜〜!」と声が上がる。
運動神経が皆無というわけではないはずなのに、音楽に合わせた途端、彼女の足はまるで自分の意思を持っているかのように明後日の方向へと向かってしまうのだ。
料理の手順なら目をつぶってても完璧なのに………
そんなオトの窮地をヴァインは見逃さなかった。
「オト、よければ私が相手を務めよう。」
そのキリッとした美しい表情で手を差し伸べるヴァインに、聖女たちから「キャー!」と悲鳴が上がるが、現実はそう甘くはなく。
問題は、その圧倒的な身長差!!
ヴァインは長身で2メートル近くあり、オトは小柄な150センチ。
その差はなんと、 50センチ!!!
ヴァインがリードしようと腰を屈めれば屈めるほど、まるで熊が少女を襲っているような、あるいはお辞儀をしたまま固まった巨人のような、お世辞にも優雅とは言えないポーズに。
「ヴァイン様……腰、痛くないですか……?」
「だ、大丈夫だ……! ぐっ!!」
必死なヴァインと、申し訳なさそうに足を踏みまくるオト。もはやダンスというよりは、殺気だったその光景に、周囲の空気は妙な緊張感に包まれた。
その様子を、必死で笑いを堪えながら眺めていたクライド。
「…っくくっ……兄上。これではダンスではなく、可哀想な獲物を捕らえた熊ですよ。」
クライドは、必死に腰を曲げていたヴァインに近づいた。その言葉にヴァインの額に青筋が浮かぶ。
「ク、クライド……! 俺は真剣に……っ」
「ええ、その真剣さがオトを戸惑わせていることに気づかないあたり、実に兄上らしい。」
クライドはいたずらっぽくウインクすると、ヴァインの手をオトから優しく引き離し、流れるような動作で彼女の前に跪き、その指先をそっと掬い上げた。
「麗しき聖女殿。げに恐ろしきこの熊の元から焦がれる貴女を救い出し、星の瞬きのようなステップをお教えする光栄、どうぞこの哀れな男にいただけませぬか?」
恭しく、それでいて茶目っ気たっぷりにダンスの誘いを口にするクライド。
その完璧な(?)貴族の礼に、オトは目を白黒させ、そしてクライドは固まっているヴァインに、勝ち誇った視線をチラリと送る。
「な……ッ! クライド、お前、さっきまであんなに乗り気じゃなかっただろう!」
「気が変わったのです。剣以外はからっきしな兄上に代わって、僕がこの国のエスコートの神髄を教えてあげないと。」
クライドはわざとらしく、オトの耳元でささやくようにリードを始めた。
「いいですか、オト。兄上は戦わせれば最強ですが、足さばきは戦場仕様なんです。あんなに力強く踏み込まれたら、貴女のその可愛らしい足が台無しになってしまう。」
「いや〜、でもヴァイン様もこんなに一生懸命に……」
フォローしようとするオトの言葉が、逆にヴァインの胸にぐさりと突き刺さった。
がっくりと肩を落とすヴァインを横目に、クライドはさらに追い打ちをかけるように、流れるようなターンを披露する。
子どもの頃から騎士になるためにただひたすら鍛え上げた、2メートル近い長身のその兄の隣に立つと、まるで優雅な妖精にすら見えるクライド。
ただ静かに時を過ごしてきた彼の170センチの細身な体型は、皮肉にもこの瞬間150センチのオトと並ぶことで完璧な一対としての調和を見せていた。
「さあ、兄上。そこに立っていると邪魔ですよ。」
弟の完璧すぎるダンスと余裕の笑みに、ヴァインは悔しさで拳を震わせながらも、ぐうの音も出ないのだった。




