第68話:不憫な守護者の沈黙
「おかえりなさい団長! 無事でよかったぁ!」
各国間を駆け回っていた約1ヶ月の不在ののち、弾けるような笑顔で駆け寄ってきたオトを、俺は内心全力で抱きしめたい衝動に駆られていた。
…だが、それより今の俺の肩には、帝国の行く末を左右しかねない、とんでもない秘密がのしかかっている。
「……ああ、ただいま。一応な。」
「一応?ねえ、旅はどうでしたか? 何か凄いことありました?珍しい美味しい食材とか?」
くりくりと目を輝かせるオト。まずい。このキラキラオーラ全開の少女を前に、俺の口がどこまで耐えられるか自信がない。
「……あー、いや、まあ。色々あったんだよ。マリオットがこう、わーっとなって、ドーンと。……あ〜〜〜……詳細はまた今度、今度で!」
俺はあからさまに視線を逸らし、脱兎のごとく逃げようとした。だが、オトのほうが一枚上手だった。
「待った。逃がしませんよ?」
ガシッと上着の裾を掴まれる。振り向くと、上目遣いで満面の笑みのオトが立っていた。
……くうっっ……可愛いが、その笑顔が今は怖い……
「はぐらかすってことは、相当なことでしょ?いい、団長?正直に話さないなら、明日からあなたの分のご飯、作ってあげませんから。あ、卵焼きも甘くないやつにする。一生ね。」
「一生!? 待て、それは死刑宣告と同じだ!」
俺は戦慄した。オトの飯がない生活など、あの地下牢に戻るより過酷だ。
だが、言えるわけがない。
クライドがレイに命じてあんな、こう…執着心と独占欲を鍋で煮詰めてさらに古代の魔術というねっとり熟成したソースにぶち込んだような『隷属魔法』なんてものを発動させたなんて。しかもあいつら平然と受け入れて、なんだか妖しい絆で結ばれちゃってるなんて!
純真無垢で、花が咲いたような笑顔を見せるこの少女に、そんなドロドロとした大人の(物理的にも呪術的にも)重たい話を聞かせられるか!
「……ダメだ。貴女にはまだ早い。これは、その、大人の世界のことというか……情緒教育に良くないというか……とにかく刺激が強すぎるんだ。」
俺は必死に、兄のような、あるいは保護者のような顔で彼女を諭した。
「お前みたいな純粋な子が知るべき世界じゃないんだよ、オト。」
すると、オトは不思議そうに首を傾げた。
「え、大人の刺激? 私、もう25歳なんだけど?」
「…………………は?」
俺の思考が停止した。
今、この子はなんて言った?
「25……? いやいや、ちょっと待て。10代後半の、守るべき可憐な乙女じゃなかったのか?」
「いまさら何言ってるんですか。団長と出会った時だって、もう立派な大人だったじゃないですか〜。勝手に私を子ども扱いしてたの?」
オトはジト目で俺を見上げてくる。
驚愕のあまり、見開いた目が零れそうだった。目の前のこの可憐な乙女が25歳だと…俺と2歳しか離れていないじゃないか!?
俺の気持ちがうまく伝わらないのは、彼女がまだ幼いからではなかったのか!?!?
そのあまりの純真オーラに、俺の脳内フィルタが勝手に彼女を10歳くらい若返らせて固定していたらしい。
「…………じゃあ、なんだ。実はもう、そういう『重たい愛』とか『禁忌の愛憎』とか、そういう話を聞いてもショック死しないのか?」
「……内容によるけど、卵焼き一生抜きにするよりはマシかな。」
「なんて奴だ……」
俺ひとりが勝手に『彼女を守らなきゃ』とあわあわしていたのが、急激に馬鹿らしくなってくる。
「……分かった、話すよ。……ただし、これを聞いた後にクライドを見る目が変わっても、俺は一切責任を取らんからな。あと、明日の卵焼きはいつもより甘いやつで頼むぞ。」
俺は深いため息をつき、25歳の(見た目だけは)純真な少女へ、弟たちの秘密を白状し始めるのだった。




