第67話:王の沈黙、兄の溜息
「―というわけなんだ、ロイ兄様。」
帝都へと帰還した一行がその足で向かったのは、国王ロイエンタールの執務室だった。重厚なデスクの後ろに鎮座する彼は、威厳に満ちた佇まいでその報告を聞いていた。
ヴァイン、クライド、レイ。
ロイエンタールの視線が彼らを射抜く。
レイのその黒髪を見て、軽い溜息をつく。
ヴァインは大魔族マリオットとの死闘、レイの魂に秘められていた女神による力、そして、レイを救うためにクライドがレイに命じて発動させた超古代の禁忌魔法『隷属魔法陣』
―その顛末を淀みなく報告した。
その名が口にされた瞬間、執務室の空気が氷結したかのように一変する。
「…………は?…隷属……なんだと?」
ロイエンタールの声は低く、地を這うような重圧を伴って響いた。
報告が終わり、室内を支配したのはあまりにも長い沈黙だった。
ロイエンタールは手元をじっと見つめたまま動かない。その沈黙は、対峙した魔族の殺気よりも遥かに重く、鋭く、一行の肌を刺す。
やがて、彼はゆっくりと顔を上げた。その双眸は、真っ直ぐにクライドを捉えている。
「……クライド。その禁忌に手を染めた意図を問おう。」
静かなる問い。だが、そこには王として、世界の理を揺るがしかねない禁忌を看過できないという威圧感が宿っていた。
対するクライドは、わずかに視線を逸らしたもののその瞳に後悔の色はまるでない。己の身に降りかかる罰への恐れよりも、ただ、レイを救えたという揺るぎない事実だけが彼には何より大切なことだった。
一方のレイもまた、動じることなくただ静寂を纏っている。
「…………ヴァイン。クライド。下がって良い。」
ロイエンタールの命が下り、ふたりが退出する。
扉が閉まり、執務室にはロイエンタールとレイが残された。
新たな静寂がふたりを包み込む。先ほどまでの張り詰めた空気とは異なる、形容しがたい熱を帯びた沈黙。
「レイ。まずは無事に戻ったことを喜ぼう。あの魔族の狡猾な奸計を退け、自身を、皆を守り抜いたこと、俺は誇りに思う。……かならず迎えに行くと約束しておきながら申し訳なかった。」
「……ありがたきお言葉。」
ロイエンタールはデスクを離れ、レイのそばへ歩み寄るとその肩を優しく叩いた。王の仮面が取れ、実の兄のような顔が覗く。
彼は何かを言いかけ、ひどく逡巡するように言葉を選んでいたが、やがて意を決したように声を絞り出した。
「……まあ、その。……色々と、思うところはあるがな……何はともあれ、これからもクライドをよろしく頼む。」
その言葉には、クライドとともに幼き頃から見守ってきた『もうひとりの弟』への慈しみと、予想外の事態に戸惑う、『兄』としての不器用な本音が滲んでいた。
「御意に。」
レイの短い返諾を聞き、ロイエンタールは複雑な、けれど確かな優しさを湛えた溜息をつくのだった。




