第66話:守り抜いた絆、安堵の夜明け
崩壊し始めた地下牢獄で、マリオットはのけぞって嗤い続けた。その口調には、計画を阻まれた無念など微塵もなく、むしろ極上の舞台を鑑賞した後のような、満ち足りた愉悦だけが漂っている。
「くくく……レイ、貴方の中に眠る途方もない女神による力……その聖なる輝きが、絶望によって悍ましい魔へと反転する、その至高の瞬間を、私はこの舌で直に賞味したかったのです……そしてクライド殿、貴方が『半身』と信じた者に拒絶され、その手にかけられる……あの甘美極まる絶望の悲鳴を、心ゆくまで味わわせていただきました……ああ、誠に!極上の!!素晴らしいひとときでしたよ。」
彼は大仰に肩をすくめ、まるで子供が他愛もない悪戯を白状するかのように、悪びれもせず言葉を継ぐ。
「…まあ、所詮は『お遊び』に過ぎません。我々魔族の永い退屈を紛らわせるための、ちょっとした余興。予期せぬスパイスが効いて、結果としては当初の予定よりも遥かに極上の味わいを楽しませていただきましたがね。」
「……貴様っ!!」
攻撃からクライドを庇い続け満身創痍となったヴァインが、荒い息の下から裂けるような怒号を上げた。魔力も底をつきかけながらも、その瞳には聖騎士としての捨て身の闘志が宿っている。
「ふざけたお遊びはもういいだろう!!! 人を、絆を……帝国の未来を、貴様の退屈しのぎの玩具にするなっ! マリオット、貴様だけは……私がこの命に代えても、ここで滅ぼす!」
だが、マリオットはその必死な姿さえも、滑稽なピエロを見るかのように冷ややかに嗤い飛ばした。
「くく……くはははは! 滅ぼす? まさか貴方が、この私を?ヴァイン殿、貴方のその『正義』こそ、この場では最も無価値で、滑稽な飾り物だということに、まだお気づきにならないのですか?」
マリオットは、ヴァインの怒りを歯牙にもかけず、ゆっくりと立ち上がった。あちこち溶けて崩壊しているその身体はさすがに痛々しいものであるが、一部はすでに元の状態に戻りつつある。
「……さて、潮時ですね。私がばら撒いたくだらない噂は、なかったことにしてやりましょう。いやいや、素晴らしい経験となりました。長い時を生きていると、たまにはこういう刺激が必要なのですよ。」
大仰にお辞儀をすると、彼はレイの腕の中で安堵に肩を揺らすクライドへと、ねっとりとした視線を向けた。
「特に、クライド殿。貴方には感心いたしましたよ。戦う力など何ひとつ持たない身でありながら、その執念だけで私の支配をねじ伏せ、最高級の呪いを完成させるとは……くくく、次は、貴方の方に興味が湧きましたよ。」
「……お前には、もう二度と会いたくない!」
クライドが、震える声で搾り出すように告げた。マリオットは、その言葉を慈しむように受け止めると、霧に消えゆく顔で、クライドに向かって親しげにウインクしてみせた。
「まあ、そうおっしゃらずに。また、貴方たちの『地獄』を覗きに伺いますよ……。それまで、せいぜいその悍ましい愛を大切に育むがいい。」
嘲笑と祝福が混ざり合った声を残し、マリオットの姿は闇の中へと完全に掻き消えた。それと同時に、牢獄を覆っていた不浄な魔の気配が、霧のように消え去ってゆく。
気力が切れたのか安心したのか、力なく崩れ落ちたクライドをレイは強く抱き寄せた。
レイの力により傷は癒え、崩壊した地下の牢獄から地上へと出た彼らを待っていたのは、王たちの、信じられないほどに穏やかで、心配げな顔だった。
「王弟殿下!?ご無事であったか! 一体、こんな地下で何をされていたのですか……?」
マリオットがばら撒いた悪意の種は、彼の消滅と共に、彼らを除く全ての人々の記憶から霧のように消え去っていた。
「……何でもありません。ただの、他愛もない『お遊び』に付き合わされただけです。」
ヴァインは、精一杯の騎士の礼を取り、そう答えた。何故か彼らがいた地下牢の崩壊は、原因不明の事故として処理されていたのだ。




