第64話:支配を喰らう、禁忌の呪い
クライドから発する白銀の光と、レイから発する暗黒の光に弾き飛ばされたマリオットは無様に床を転がった。しかし、その貌に浮かんでいるのは屈辱などではない。
「ぐわぁっ……!? なんだ……この忌々しくも、眩いまでの魂の輝きは……! !!」
衝撃にのたうち回りながらも、マリオットの瞳は歓喜にぎらぎらと輝いている。
その眼前に浮かび上がっていたのは、現代の理を超越した超古代魔法《隷属魔法陣》―遙かなる昔、魔族より人の世にもたらされた、忌まわしき呪いの魔術。
その禍々しくも美しい幾何学模様を見、彼は歓喜に震える手で自らの顔を覆った。
―クライドの脳裏にかつての記憶が鮮烈に蘇る。
クライドが世界中の魔法陣集めに凝り、その研究に没頭していた少年時代のある日。あらゆる古代の魔術語すら習得していたレイが検証を終え、困惑したようにクライドへ伝えたのだ。
「……クライド様、これは互いの真名を楔として魂を縛り合う、呪いにも等しい隷属契約のようです。一度結べば、死すらふたりを分かつことはできないでしょう。」
だが、その時のクライドは瞳を輝かせて心底嬉しそうに笑い、無邪気なその興奮のまま、レイの肩を掴み目を覗き込んだ。
「レイ! これこそ僕らに相応しいじゃないか!だって、お前の本当の名前を知っているのは、この広い世界で僕だけなんだから!!!」
そしてクライドは、いつになく真剣な声でこう続けた。
「いいかレイ、この魔法陣を死ぬ気で覚えておけ。これは僕とお前だけの秘密だ。何があっても、どんな闇に堕ちても、これだけは忘れるな。いいな、これは厳命だ。」
それは、実際はクライドのいつもの気まぐれからの言葉だった。しかしそれは今ここに現実に発動しはじめたのだ。
「そうだ、レイジ! 思い出せ! 僕の命令を忘れたとは言わせないぞ! 僕とお前を繋ぐのは、女神の加護なんていう借り物じゃないんだ!!!」
白銀と暗黒の光が激しく渦巻く中でクライドが叫ぶ。その声が引き金となり、レイの脳裏に刻まれていた禁忌の陣が更にその脈動を早めた。マリオットが植え付けた偽りの記憶を、超古代の呪縛が粉々に粉砕していく。
『……あ……ああ……っ!!』
魂に直接、楔を打ち込まれる衝撃に、クライドが、レイが、短く強い悲鳴を漏らす。お互いの魂に隷属の刻印が現れる。
レイの背中に、その黒い絶望を突き破って、白銀の翼を思わせる魔力の奔流が噴き出した。マリオットが牙を立てた首筋の傷跡が、その光に焼かれ一瞬で消滅する。
「くくく……ははははは! なんと、これは魔界の旧き魔術ではないか! 堪らないな! 人間風情が魔族の支配すら跳ね除け、己の存在を永遠に刻み込むため相手に禁忌を叩き込むその狂気……!」
マリオットは恍惚とした表情で、自らの胸を掻き抱いた。
「これだ……これこそが私が見たかった、極上の【毒】だ! 裏切りも絶望も超えた先に待っていたのは、悍ましくも美しい終わらぬ地獄……! 素晴らしい、素晴らしいぞ、クライド殿!」
「……クライ……ディル……様……」
白銀の光の中から、レイがゆっくりと顔を上げた。その瞳にはかつての献身を超越した、執着と歓喜の混ざり合った深い愛の色が宿っている。
「私の……主……ご命令通り、一刻たりとも、忘れたことはございません……」
ふたりの魂が共鳴し、彼らの周囲の不浄な魔気が一瞬にして吹き飛ばされた。
マリオットはその光に身を焼きながらも、最高潮の舞台を観劇する観客のように、狂ったような拍手を送り続けていた。




