第61話:絶望の再会、粉砕の忠誠
マリオットの狡猾な策に搦め捕られ、地下深くへと幽閉されてしまったヴァインとクライド。
しかし、地下牢には不可解なことに見張りの気配がまったくない。叫び声さえ吸い込まれるような無音の世界で、停滞した時間だけが永遠に続くかのようにふたりを追い詰めていく……
その湿り気を帯びた地下牢の暗闇に、突如として静かな、何故か聞き慣れたような足音が響いてきた。
壁を殴りつけ、己の無力さに歯噛みしていたクライドは、その気配に弾かれたように顔を上げた。
「っ!……レイ! レイなのか!?」
「何だと? レイ、一体なぜここに!」
ヴァインもまた驚愕に目を見開く。
暗闇から現れたのは、見間違えるはずもない、あの従者の影。しかし、ゆらめく松明の炎がその姿を照らし出した瞬間、ふたりは思わず息を呑んだ。
クライドがレイに染めさせたあの鮮やかな銀髪が、―召喚された者の証である―まるで漆黒の闇を溶かしたような黒髪へと戻っていた。瞳の色もまた、澄んだ色彩を失い底知れぬ深淵を湛えた夜の色に沈んでいる。
「レイ……? その姿、一体どうしたんだ。まさか……マリオットに何をされた!?」
必死に格子に縋り付くクライドだが、漆黒の衣に身を包むレイは一歩も近寄ることはない。ただ冷ややかにその昏い瞳で彼の主人を見つめていた。その表情にはかつての献身も、温かな光すらほんの欠片ほども残っていなかった。
「レイ、早くその鍵を開けてくれ。ここを出て、一緒に帝国へ―」
「帝国…、ですか。」
ヴァインの言葉にレイの口から漏れたのは、氷の礫のような声だった。彼はふっと、残酷なほど美しい笑みを浮かべ、そのままクライドを見つめる。
「その言葉、どなたに向けておっしゃっているのですか? ……ああ、貴方のお気に入りだった、あの『人形』のことでしょうか。それならばもう死にましたよ。貴方が私をあの魔族に差し出した、あの瞬間に。」
「何を……何を言っているんだレイ! 僕はお前を救うために……!」
「救う? 笑わせないでください。」
レイが格子へと一歩歩み寄った。その瞬間、凄まじいまでの威圧感に襲われ、クライドは思わず後ずさった。
マリオットが植え付けた【クライドに棄てられた】という偽りの記憶と、世界の理から解き放たれた全能感が、レイの魂を完全に作り変えていたのだ。
「私は信じていた……この世界に棄てられ、死を待つだけだった私を拾ってくれた貴方だけは。この命も魂も、すべて貴方に捧げると誓った! なのに、なぜ……!!」
レイの絶叫が石造りの地下牢を震わせた。鉄格子がミシミシと音を立てて歪む。
涙の枯れ果てた、昏い眼差しがクライドを射抜いた。
「なぜ私を棄てたのですか! 家畜以下の紛い物だと……そう言って私を嘲笑うためだけに、今まで側に置いていたのですか!? 貴方にとって私は、使い古せば魔族に明け渡す程度の、ただの道具に過ぎなかったのか!」
「違う、レイ! 僕は一度だってお前をそんな風に思ったことはない!」
「黙れ!!」
レイの手から放たれた黒い衝撃が、鉄格子を粉々に粉砕した。爆風の中、漆黒の髪をなびかせたレイが、その身に圧倒的な威圧感を纏い一歩踏み出す。
「もう、貴方の言葉など信じない。私は……私は、貴方に棄てられたあの場所で、もう一度死んだのだ…」
かつての光を失った、深い闇を湛えた瞳。そこにあるのは、裏切られたという確信が生んだ、修復不能な亀裂だった。
背後の闇では、姿を隠したマリオットが喉を鳴らし、最高級の悲劇を鑑賞するように、大いに嘲笑っていた。




