第54話:聖女のチート、最悪のデート
ついに初めてのその日がやってきた!
城壁の向こう側、未知の食材が眠る外の世界への第一歩が!!!
「オト、あまり前に行くな。ここは城内とは違う。俺から離れるなよ。」
背後からかかる重厚な声。オトが振り返ると、そこには軽装騎士服に身を包んだヴァインが立っていた。
カチッとした正装もいいが、その長身で鍛え抜かれた身体のラインに馴染む柔らかな生地の騎士服姿は、彼の精悍さをより一層際立たせている。
かつてあった傷跡は完全に消え去っていた。
そこに現れたのは、磨き上げられた白磁のような一点の曇りもない素顔。今は日の光を浴びて、銀髪と共にキラキラと神々しいまでの輝きを放っている。その超絶に麗しい相貌は、直視すれば誰もが息を呑むほどだ。
……まあ、毎日会うオトにとってはもう見慣れてしまい、その美貌に驚くこともなくなっていったのだが。
喉元過ぎればなんとやら、である。
そんな彼は今、猛烈にウキウキしていた。
ふたりきりの外出、しかも護衛という名目で隣を歩けるとは。これは事実上のデートと言っても差し支えないのではないか!?
平静を装っているが、その耳の先はわずかに赤い。オトの歩幅に合わせて歩くその足取りはどこか軽やかで、彼の中ではバラ色のデートプランが着々と脳内補完されているようだった。
一方のオトは、初めて見る外の世界に大興奮。
「大丈夫ですよ、団長! 見てください、あの空! あの緑! 森に入った瞬間、空気が美味しすぎてお腹が空いてきちゃいました!」
(初めて外に出るとはいえ、はしゃぎすぎだ。遠足ではないんだぞ。それにもう団長じゃないんだがな……)
ヴァインは困ったように眉を下げつつ、その光輝く顔をわずかに綻ばせている。木漏れ日が彼の銀髪に柔らかに透けて、彼の中では、『愛しい女性を外敵から守りつつ歩く甘いひととき』が絶好調に進行中だった。
そんな、極端な温度差のあるお散歩気分だったオトの目に、『それ』が飛び込んできた。
「……あ! いたぁ!!」
「っ、敵か!?」
ヴァインが瞬時に腰の剣の柄に手をかけた。その動きさえも流れるように優雅で美しい。
茂みを割って現れたのは、巨大なイノシシのような魔物バル・ボア。猛烈な勢いでこちらへ突進してくる。
「下がっていろ、オト! 私が―(見せてやる、俺の剣技を!)」
ヴァインが格好良く踏み込もうとした、その時。
オトの頭の中には、今晩の献立が鮮烈に浮かんでいた。
(うわぁ! あのボア、脂が乗ってて最高に美味しそう! でも、鮮度が落ちないうちに一気に冷やして締めないと、お肉が硬くなっちゃう……!)
『生活魔法、急速冷凍ッ!!』
パキィィィィィィン!!
凄まじい冷気と共に、純白の光がボアを包み込んだ。
突進の勢いそのままに、巨大な魔物は美しい氷像へと姿を変え、オトの足元でピタリと止まる。
静寂。
「…………え?」
ヴァインが、抜こうとした剣を半分出したまま固まっている。
彼は凍りついた魔物と、手を前に突き出したオトを交互に見て訳がわからないといった様子。キラキラの美貌が驚きでわずかに引きつる。
「……オト。今の魔法は……なんだ? 貴女が使えるのは、料理のための生活魔法だけだと聞いていたが……」
「あ、ええと……」
オトは突き出した手を、てへっ、と頭の後ろにやった。
「えへへ、すみません。つい『あ、最高の食材だ!』って思ったら、勝手に身体が動いちゃって。生活魔法の氷結を、ちょっとだけ、ほんのちょ〜っとだけ気合を入れて使っちゃいました。」
「……ちょっとの気合で、特級指定の魔物を一瞬で氷像に変えたのか?」
ヴァインは、驚きを通り越して呆然とした様子で、凍ったボアを指先でツンと突いた。
「……生活魔法、か?これが?……俺の知っている魔法体系の認識が、根本から崩れ去った気がする……」
「あ、団長! そんなことより早く運びましょう! 溶けちゃうと旨味が逃げちゃうんです。これ、今夜はルイベ風のお刺身と、香草焼きにしますから!」
「……ああ。分かった。俺が担ごう。」
ヴァインは深いため息をつくと、巨大な氷塊を軽々と肩に担ぎ上げた。
そのキラキラと輝く超絶美形な騎士が、巨大なイノシシの氷像を担いで歩く姿は、なんともシュールで、でもどこか神々しい。
オトはスキップ混じりに森の奥へと進む。
「あ、次はあそこのキノコを乾燥魔法でドライにしましょう!」
「……ほどほどにしてくれ。俺の心臓が持たない。」
だが、楽しそうな貴女を見られるなら、これはこれで悪くないか。
平和な森に、軽快なオトの足音と、ヴァインの困ったような、でもどこか幸せそうな溜息が響いていた。




