第52話:陶酔の旋律、嫉妬の静寂
「兄上! 傷を治したって本当ですか!?」
派手な音を立て、オトとヴァインが居る大聖堂の厨房の扉が開かれる。
飛び込んできたのはヴァインの双子の弟、クライドだった。その背後には、影のように付き従う従者のレイが、いつもの無表情で静かに控えている。
クライドは、兄が頑なに守り続けてきたあの『戒めの傷』をついに消したと聞きつけ、居ても立ってもいられなかった。いつものように好奇心に目を輝かせ、あの堅物な兄をどう揶揄ってやろうかと意気込みを胸に秘めて。
「あの古臭いこだわりを、一体どんな心境の変化で捨てたんですか? まさか……」
茶化す言葉を喉まで出しかけたクライドだったが、振り返ったヴァインの姿を見た瞬間に思わず息を呑む。
「……なんだ、クライド。騒がしいぞ。」
絶句。そこにいたのは、自分と同じ顔でありながら、より精悍な、輝かんばかりの完璧な美青年だった。
自分と同じ顔に生まれたはずの兄の顔には、騎士の仕事で受けた無惨な傷が常にあった。だが今、目の前にいる兄は、恐ろしいほどの美貌と威厳を纏っていた。
「……兄上………」
クライドの瞳が、次第に熱を帯びていく。
「……なんて、素晴らしい!」
クライドは蕩けるような笑みを浮かべた。
それは完璧な美を見出した芸術家のような、狂おしいほどの心酔。
「兄上…貴方はこれほどまでに美しかったのですね!ああ、神よ。なぜこれまで、この美を隠されていたのですか!!」
クライドは、ヴァインの手を取り、その長身の兄の顔を見上げた。その瞳にはもはやヴァインしか映っていない。
その様子を、背後で見つめていたレイの身体が、微かに震えた。
レイは、クライドの従者として、幼い頃から常に彼の側にいた。クライドの傲慢さも、その残酷な程の幼さや脆さをも、すべてを知り受け入れてきた。クライドにとって自分は唯一無二の存在である、そう信じて疑わなかった。
けれども今、クライドが浮かべている笑みは自分がこれまで一度も見たことのないものだった。
(……クライド様……)
レイの心臓が、凍りつくような音を立てた。
―クライド様は、今ヴァイン様しか見ていない。ヴァイン様の完璧な美貌に心を奪われている―
レイの心に黒い不安が渦巻く―クライド様の心が自分から離れていく。ヴァイン様という、より完璧な存在へと吸い寄せられていく。
「……クライド、…様。」
レイは、消え入りそうな声で、主人の名を呼んだ。
けれど、クライドは、レイの声など聞こえていないかのように、蕩けるような笑みを浮かべたまま、ヴァインの顔を見つめ続けていた。
「……クライド……お願いだからもう帰ってくれ……」
厨房には、疲れ切ったようなヴァインの声が響いていた。




