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第48話:未熟な種、魔王の協定

ローゼンブルグ帝国の玉座の間。そこには、建国以来かつてない緊張が満ちていた。

ロイエンタール王と、今まで伝説の中にしか存在しなかった―そして人類の宿敵であるはずの魔王。そして各国の王たちが一堂に会する、まさに人類の歴史上初となる会談が幕を開けたのである。


初めて目にする魔王のその威厳とその身から漏れ出す圧倒的な魔気に、各国の王たちは色を失い恐怖に震えた。


静寂を破り、ロイエンタールが重々しく口を開く。


「諸君。これまでこの人間界が守られてきたのは、女神によって拉致された異世界の少女たちの『犠牲』の上に成り立っていたのだ。」


続けて、ロイエンタールから、人類は魔王と一時的な和平の協定を結んだことが告げられると、場には激しい動揺が走った。次々と明かされてゆくこの世界の真実に、各国の王たちは混乱したまま、この嵐のような会談は幕を閉じた。




―静まり返った玉座の間には魔王とロイエンタールだけが残っていた。


ふいに魔王が薄く笑みを浮かべた。


「ロイエンタールよ。聖女オトに振る舞われた『寄せ鍋』というもの、あれは真に絶品であったな。」


ロイエンタールは意外な言葉に少し驚き、苦笑して答えた。


「オトは女神から料理を美味にする生活魔法を授かっておりますからな。その恩恵でしょう。」 


すると魔王は、さも可笑しそうに首を振った。


「ふっ……おぬしは何もわかっておらんな。あの鍋には、女神の加護など欠片かけらも使われてはおらなんだよ。」


ロイエンタールが怪訝な顔をすると、魔王は黄金の瞳を細めて続けた。


「我ら魔族にとって、あの得体の知れぬ女神から分け与えられた力など《劇薬》でしかない。

あれはあの者自身の力よ。食べる者のことを考え、良い材料を探して揃え、心を込めて煮込んだからこその味よ。余はその『人間』としての力に興味を持った……まこと不思議な娘よ。」 


「……なるほど。魔法よりも真心、ですか。」


ふたりの間に、不思議と穏やかな沈黙が流れる。


「……女神とは所詮ひとつの概念に過ぎぬ。あれの正体は、数千年の時を生きた余にすら判じ得ぬものだ。おそらく、あれを視る者の願望や恐れが、その姿を形作っていたに過ぎまい。」


魔王は低く、感情もなく呟く。


「だが、今回はどうだ。女神が地上に肉体を持ってしまうなど、余も初めて見る怪事よ。ましてや、それを人間が育て上げるというのか。あの女神の種がどのように芽吹くのか、どのように羽化するのか。

余が協定を呑んだのは、そなたたちの無謀な挑戦がどこへ辿り着くのかを見届けたくなったからだ。余はただ、その酔狂な顛末に興味を持ったに過ぎぬ。

そなたたちより遙かに永い時間を生きる我らだ。たかが微睡まどろみの一刻、気まぐれを起こすくらい余は構わんよ。」


一転、その声にくらい警告が混じる。


「千年に一度、女神の交代劇が起きるたびに貴公ら人間は愚かしくも荒れ狂う。いつもの如くであれば一時の混乱で済むはずだが、あの未熟な種では安定までに何年……いや、何十年を費やすかは余にも予想だにできぬ。

協定は受け入れよう。だが、この女神不在の空白の時を、女神あれに抑え込まれ続けてきたことを面白くは思っていない、血気盛んな若き魔族どもが黙って指を咥えて見逃すと思うか?

あやつらは闇に跋扈し、脆く弱き人間の心にどす黒い悪意を吹き込んだりするだろう。……まあ、そこまで余が関知することではないがな。」


ロイエンタールが息を呑むなか、魔王は続ける。


「若き王よ。これから訪れる動乱の時代、貴公らの世界がどれほど深く、苦しい渦に呑まれていくのか…

せいぜい我らに足元を掬われぬよう励むがいい。貴公がその命を散らすことなく、あの幼子の羽化の時を見届けることを、余もまた望んでいるのだからな。」


「……ご心配、痛み入る。千年の歴史を知る貴公にそこまで言わしめるとは、この先よほど凄惨な事態が待ち受けているらしい。だが、その空白の数十年を絶望だけで塗り潰すほど、私は愚かではないつもりだ。

たとえ数十年、血の雨が降り注ごうとも、私が生きている限りこの世界ひとびとの盾となり、剣となろう。

魔王よ、見守っているがいい。この私が混沌の果てに何を導き出すかを。貴公の悠久の時を埋めるに相応しい答えを、私がこの手で示してやろうではないか。」


ロイエンタールの不敵な宣言に、魔王は満足げに目を細めた。

その黄金の瞳には、滅びゆく世界の黄昏ではなく、まだ見ぬ夜明けの予兆が映っているようでもあった。


「……良かろう。その言葉、冥土への手向けにならぬことを祈るぞ。」


魔王の姿が陽炎のように揺らぎ、広間から消える。

後に残されたのは、冷ややかな夜気と、玉座の影で静かに、しかし力強く脈動を始めた新たな時代の足音だけだった。

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