第39話:4つの器、3人の決意
「レイ様。あなたもずっと何も食べてなかったんでしょ?」
クライドの背後に控えていたレイを座らせ、彼の前にスープを差し出した。
レイは一瞬、戸惑ったように私とスープを見比べたけれど、やがて小さく頷いて、吸い込まれるようにスプーンを動かした。
「……あたたかいな。」
ポツリとこぼれた彼の声は、氷が解けるような響きがした。
厨房の片隅、4人で囲む食卓。
ヴァインの泥だらけの鎧、クライドのはだけたシャツ、レイの乱れた外套。バラバラな姿の3人が、同じ琥珀色のスープを静かに啜る。
シャキシャキとした玉ねぎの甘みと、じっくり煮込んだ人参の温もり。優しいその滋味が、彼らの中に澱んでいた死の気配を、少しずつ日常の色彩で塗りつぶしていく。
やがて、一番先に飲み干したクライド様が、ふう、と深く長い息を吐いた。
「ごちそうさま、オト。ふぅ……おかげで、ようやくこの体に魂が定着した気分だよ。」
はだけたシャツの襟元を正しながら、彼はじろりと隣に座るヴァインを横目で睨む。その瞳には、いつもの光が戻っていた。
クライドは立ち上がり、乱れた前髪を指でかき上げると、低く、愉しげな…それでいて氷のような声で言った。
「さて。その様子だと、ヴァイン。君もあちら側で何か余計な真実を知ってしまったらしいな?」
ヴァインの肩が、ピクリと揺れる。
最前線で魔族から突きつけられた《世界の真実》。それを知った者の顔を、クライドは見逃さなかった。
「……ああ。この国の平和が、何の上に成り立っているのかを、な。」
「奇遇だね。僕もだよ。地獄の門番に襟首を掴んで放り投げられるついでに、この世界の醜い裏地をたっぷり拝ませてもらった。ロイ兄様はよほど僕たちに、蝶よ花よでいてほしかったようだけど。」
最後の一口を飲み干したレイが、音もなく立ち上がり主君の背後に控える。
「行くぞ、ヴァイン。レイ。地獄から戻った挨拶もしなきゃいけないし、何よりこの僕をこんな目に遭わせた《仕組み》について、兄様にたっぷりと語ってもらわないとね。」
ヴァインも腰を上げ、傍らに立てかけてあった泥のついたままの大剣を握りしめた。
「オト、待っていてくれ。………必ずケリをつけてくる。」
ヴァインが私の肩に大きな手を置き、力強く一度だけ頷いた。
「……いってらっしゃい。みんな、無事でね。」
私は、夜の王宮へと消えていく3人の背中を、祈るような気持ちで見送った。
調理台の上には、空になった4つの器。
遠ざかる彼らの足音だけが、静かになった厨房に、いつまでも残響のように響いていた。




