第3話:死神の降臨、至難の抵抗
厨房の古びた扉が、不気味な音を立てて開いた。
ひゃっ! 抜き打ちの見回り!?
慌ててチャーハンを隠そうとしたがもう遅い。
扉の向こうから現れたのは身長が2メートルはある、圧倒的な長身の男性。短めのきれいな銀髪、黒金の鎧に身を包み、腰には身の丈ほどもある大剣を下げている。
何より恐ろしいのはその顔立ちだ。右目から頬にかけて走る深い裂傷。すべてを凍てつかせるような冷酷な青い眼。誰もがその名を耳にするだけで震え上がる、王国の『鉄壁の死神』。第三騎士団長のヴァインである。
終わった…
深夜の勝手な行動で叱られる…
私は恐怖でガタガタと震え、持っていたレンゲを落としそうになる。
ヴァインは無言のまま、私の方へ一歩、また一歩と近づいてくる。放たれるその殺気は魔王軍の幹部よりも恐ろしい。いや、会ったことはないから知らんけど。
彼は私の目の前でぴたりと立ち止まると、その鋭い視線を私にではなく、テーブルの上のネギチャーハンへと静かに落とした。
そして、地を這うような低い、掠れた声で呟く。
「…貴様。それが、今の怪しい音の正体か?」
「え…? あ、はい。チャーハン、ですけど…」
ヴァインは数秒間、チャーハンと私を交互に見つめた。
その直後。
鎧の隙間から「ぐうううううううう!」と、地響きのような、あるいは飢えた魔獣の咆哮のような腹鳴が響き渡った。
「…………っ」
死神と呼ばれた男がそのまま厨房の床に力なく膝をつく。
「くそ。胃が限界だ。ここ3日、遠征で不味い魔獣の干し肉しか食う暇がなかった…」
顔をしかめて胃のあたりを押さえる。どうやら彼は殺気立っていたのではなく、ただの重度の空腹で死にかけていただけのようだった。
その言葉に恐怖が少しだけ引っ込んだ私は、恐る恐るチャーハンを彼の方へ差し出した。
「あの…もしよろしければ、これ、食べてみますか? 」
ヴァインは、獲物を狙う獣のような目で私を睨む。
ひょわぁぁ!怖い!怖いから!!
「聖女の飯など…どうせ、薬草臭いだけの食い物だろ…」
「いえ、これは、油ギトギトで身体に悪いチャーハンです。」
「…………」
ヴァインはひったくるようにレンゲを奪い取ると、ネギチャーハンを口に放り込んだ。
その瞬間。
彼の眼がこれ以上ないほど見開かれた。
「!? なんだ、この暴力的なまでの美味さと香りは…!?」
一粒一粒に染み込んだラードのコク、ネギの鮮烈な旨み、焦がし醤油の香ばしさ。生活魔法で極限までポテンシャルを引き出された食材たちが、彼の空の胃袋にダイレクトアタックを決めたのだ。
「……っ!……っ!」
無言で、しかし凄まじい勢いでチャーハンを貪る騎士団長。『死神』が今、『ただの腹ペコ男』へと成り下がった瞬間だった。
一分もしないうちに、皿はピカピカに磨き上げられたようになった。
ヴァインは、ふぅ〜と深い溜息をつくとニカっと笑った。それは心からの満足感に溢れた、どこか子どもっぽい笑みだった。あらら、なんか可愛いくない?
よく見れば顔立ちもかなり整っているような。
「…貴様、名は?」
「あ、オトと申します。54番目の聖女です。」
「オト…気に入った。」
ヴァインは立ち上がり、私の頭にゴツゴツとした大きな手を置きぐりぐり撫で回わした。
「俺はヴァインという。第三騎士団長だ。明日もこの時間にここへ来る。次は、もっと肉の多いやつを頼む。」
「え、あ、はい…?」
呆然とする私を置き去りにして、騎士団長は羽が生えたようなるんるんした足取りで去っていった。
夜中の厨房。残された空っぽの皿と私。
……これって、もしかして。
変なフラグ、立てちゃった?




