第34話:闇に溶ける、ふたりだけの契約
揺れる馬車の狭い空間。豪華な天鵞絨の座席に深く沈み込み、クライドは青ざめた顔で窓の外を流れる夜の闇を見つめていた。
祖父から告げられた、聖女の消滅とその終焉。だが、その残酷な真実よりも彼の心をかき乱していたのは、目の前の従者が放つ、あまりに冷たく、そしてどこか遠い気配だった。
「…………レイ」
馬車に乗ってからずっと無言だったクライドの震える声が、馬車の振動に混じり、消え入るように響く。クライドは耐えきれなくなったように、レイの外套を力任せに掴み、縋り付くように叫んだ。
「まさか……お前も消えるというのか!? 」
いつもの落ちついた口調のクライドではない、まるで少年のような叫びだった。
「お前は……お前だけは消えるな! 僕を置いて、勝手に終わらせることなど許さない! 一生僕の側にいると言ったじゃないか! なのに……お前まで、あの聖女たちのように、この世界の【部品】として使い潰されるというのか!」
クライドの指先が、怒りと恐怖で激しく震えていた。彼は知っていた。レイもまた聖女同様、14年前女神に《召喚された者》であることを。
「お前が消えるくらいなら、世界なんて、今すぐ滅んでしまえばいい! 聖女も、女神も、兄様の守る平和も…そんなもの、お前一人の命より価値があるものか!」
レイは、激しく取り乱す主を突き放すこともなく、ただ静かに答えた。
「クライド様。お忘れですか?私は、女神に【不要だ】と、この世界に打ち捨てられ放置された男です。」
レイの声は、馬車の軋みさえも消し去るほど、低く、深く響いた。彼はまるで、呪文を唱えるような口調で続ける。
「聖女たちは、次の女神に吸収されて消えます。ですが、打ち捨てられた私は違います。私は彼女たちのように《聖なる保存》を施されてはいない。ゆえに、女神のプログラムからも……あの、世界の救済のためにという名の消滅からも逃れているのです。」
「嘘じゃないね? 本当に、ずっと僕の側にいると約束できるのか?」
「ええ。……神にさえ見捨てられたこの私が、貴方という唯一の主君に、永遠の忠誠を誓いましょう。」
夜の闇を駆ける馬車。その中では、滅びゆく世界を嘆く者も、救おうとする者もいなかった。
女神が消滅した後に何が残るのか。本当は、自らの言葉にレイ自身も確信など持ってはいない。ただ、聖女たちと違うのは、クライドとともに歳を重ね、成長してきた日々だけだ。
ただ孤独な主と呪われた従者の二つの影が一つに溶け合い、誰も知らない契約が、静かに結ばれていった。




