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第30話:黄金の終焉を前に、死神は真実を嗤う

黒い霧が渦巻く辺境の廃村。連戦に次ぐ連戦、そして瘴気に侵された大気は、ヴァインの強靭な肉体を確実に削り取っていた。肩で息をし、大剣を支えに辛うじて立っている彼の前に、その男は音もなく現れた。


その圧倒的な存在。それまでの魔獣とは一線を画す、洗練された死の気配。大魔族マリオットは、漆黒の外套をなびかせ、血のように紅い瞳でヴァインを見下ろしていた。


「ぐ!……下がれ! 全員、撤退しろ!」


ヴァインは掠れた声で叫び、背後の部下たちを突き放した。


「しかし、団長! お一人では…!」


「命令だ! 報告を王宮へ届けろ! ここは俺一人で十分だ!」


ヴァインは震える腕で大剣を正門に構え直し、眼前の巨大な絶望を見据た。

愛する兄が守る国を、そして民を、自分の命と引き換えにしても守り抜く。その高潔な騎士の魂が限界を超えた体に火を灯していたのだ。


しかし、対峙たいじするマリオットは攻撃を仕掛けるどころか、その薄い唇を吊り上げ、愉悦に満ちた笑みを浮かべた。


「くくく……。部下を逃がし、独りで盾となるか。実に見事な自己犠牲だ。だが、若き騎士よ。貴公が命を懸けて守ろうとしているその『世界』が、実は血塗られた生贄の祭壇であると知っても、同じことが言えるかな?」


「……何だと?」


剣を振るう隙すら与えない、奇妙な静寂。

マリオットは優雅な動作で、戦う意思がないことを示すように両手を広げ、対話を促した。


「案ずるな、今は貴公の命など奪いはしない。それよりも貴公は考えたことがあるか? なぜこの100年の間に聖女たちが誰一人として歳を取らず、召喚された時の姿のまま神殿に留まり続けているのかを。」


「……それは、女神の加護だ。聖女たちは、その尊い祈りと引き換えに、不老不死の祝福ギフトを授かっている。」


ヴァインは吐き捨てるように答えたが、マリオットは憐れむように目を細めて続けた。


祝福ギフト)、か。人間とはつくづく、都合の良い言葉を編み出すのが上手い。……いいか、あれは不死ではない、【保存】、だ。あの狂った女神が自らの機能を維持するために、異世界から呼び寄せた娘たちを【部品】として固定しているに過ぎんよ。」


マリオットは一歩、動けないヴァインに歩み寄った。彼のその言葉は、物理的な暴力よりも深くヴァインの魂をえぐる。


「壮大な《魂喰い》なのだよ。54人の聖女たちの生命を最後の一滴まで絞り、新しき女神の苗床にする。彼女たちが消える瞬間のその莫大なエネルギーこそが、次の1000年のシールドを作る。貴公が守ろうとしている平和は、54人の少女をじわじわと磨り潰して煮出した、泥水のようなものだ。」


「……嘘だ。そんな戯言を信じろというのか!!」


「嘘だと思うなら、戻って確かめるがいい。あの玉座という名の牢獄に縛り付けられた、哀れな王の顔をな。彼は知っているはずだ。自分が守ろうとしている民の平和が、54人の少女の絶望の上に成り立っていることを。」


マリオットの紅い双眸が、ヴァインの動揺を見透かすように細められた。


「救いがないとは思わないか? 騎士よ。貴公が今、守り抜こうとした部下たちの安寧さえ、拉致された少女たちの死を前提に設計されたものなのだから。」


黒い霧の中で、ヴァインの膝がついに折れた。

疲労困憊の身体に、マリオットが放った真実という名の毒が回り、視界が白く染まってゆく。

最前線で出会ったのは、自分たちが目を背けてきた『世界の汚泥』を突きつける存在。


ヴァインの戦場は、この瞬間、自らが信じてきた『正義』そのものとの絶望的な対峙へと変貌してしまった。

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