第28話:王の孤独―継承された呪い
重厚な扉に閉ざされた玉座の間。
そこは、世界で最も多くの真実を知り、同時に、逃げ場のない絶望を独り仰ぐ場所だ。
ローゼンブルグ帝国の王・ロイエンタールは、次々に運び込まれる悲劇の報告書を血の気の引いた指でめくっていた。
魔獣による辺境の防衛線突破、黒い霧に飲まれた村々。跪く騎士たちの震える報告は、王の耳にはこの世界の断末魔の叫びとして突き刺さっていた。
彼は窓の外に目を向け、城の敷地内に鎮座する大聖堂を見つめた。その美しくも冷やかな石造りの建物は、間もなく始まる《終焉と新生》の凄惨な祭壇に他ならない。
「…よりによって、私の代で、この時が来るとはな…」
王冠と共に受け継いだのは《1000年に一度の混乱と犠牲》という名の呪いだった。
王位継承の儀において女神からの直接の神託により強制的に魂へ刻みつけられた真実。それは、この完璧に管理された平和が、あまりに酷い、身の毛もよだつような犠牲の上に築かれているという事実だ。
今から100年近く前に最初の聖女として召喚されたトヨ。彼の幼き日の記憶の中で微笑んでいた彼女は、今もそのままの姿で神殿に留まっている。女神により時を止められた聖女たちは、衰えゆく女神の代わりにこの世界を保護する力を与えられた、代替可能な【部品】に過ぎない。
そして、54番目を最後に召喚は止まった。
時が満ちてしまったのだ。
女神の種――幼子アイが大聖堂に現れたと、神官長より報告を受けている。
それにより、聖女たちは守護者というだけではなく、もはや新しい女神を羽化させるための、【養分】ともなっている。
アイが次の女神として覚醒する瞬間、召喚された彼女たちの役目は終わる。次の1000年の平和を買うための、使い捨ての供物として。異世界から愛する者たちと引き裂かれ連れてこられた彼女たちは、その生命の最後の一滴までを《アイ―この世界》に吸い尽くされ、塵となって消滅するのだ。
王の胸を、狂おしいほどの憐れみが切り刻む。
彼女たちが何を悪いことをしたというのか。ただ善良に、異世界で生きていただけの少女たちではないか。それをこの世界の延命のためだけに拉致し、若さも、恋も、人間としての尊厳もすべてを女神の、この世界の補助部品として収穫し、最後はただの養分として捨てる。そのあまりにも救いのない運命。
だが、王は血の滲むような思いで、その憐れみを押し殺す。
「…しかたないのだ。これ以外に、数百万の民を、人類を、生き長らえさせる術はないのだ…」
これは、交代期の過渡期に過ぎない。今は魔族が荒れ狂い、世界が血に染まるが、アイさえ女神になれば、また1000年の欺瞞に満ちた平和が手に入る。数多の民を救うため、54人の《客人》を見殺しにする。その等価交換を、王である自分が歴史の陰で承認し続けなければならない。その罪の重さに王は押し潰されそうだった。
「……何も知らぬまま、笑っていてほしいと願うのは、あまりに無責任な傲慢だろうか。」
王の脳裏に、ふたりの年の離れた弟の姿が浮かぶ。
剣と魔法を学び、曇りのない正義を胸に騎士団へ入ったヴァイン。
美と詩曲に耽溺し、書庫の静寂に身を浸すクライド。
王は、ただ彼らにだけは『自由』を、この呪いから切り離された人生を与えたかった。
自分が女神の奴隷として、この玉座という名の拷問椅子に縛られ、罪悪感に魂を焼かれる代わりに、弟たちには好きな道を歩んでほしかった。それが、兄として捧げられる、精一杯の、そして唯一の、血を吐くような愛の証明だった。
しかし、そのヴァインが、魔獣駆逐の最前線―神不在の空白期間がもたらす地獄の渦中へ、死地へと向かったという知らせ。
王はきつく奥歯を噛み締めた。
「無事に戻れ、ヴァイン。お前まで、この空虚な犠牲の連鎖に飲み込まれてくれるな…」
窓に映る王の顔は、たった数日で何十年も地獄を彷徨ったかのように、深く、悲しみに刻まれていた。
ローゼンブルグの王は重すぎる王冠を抱えたまま、間もなく訪れる終焉と、その犠牲の上に成り立つ残酷な新生を、たった独り震える拳を握りしめて見つめ続けていた。




