第24話:無垢なる簒奪
湯殿に響く聖女たちの笑い声は、どこまでも高く、澄んでいた。
彼女たちにとって、くつろぎのお風呂タイムにこの場所に迷い込んでくる幼子アイは、癒やしの存在そのものだった。
神殿の神官長たちは、この【天界より授かりし、次代の希望を宿す御子】の出自を徹底して秘匿している。
その存在を知り、日中の世話をしているのは第一聖女のトヨだけだ。
彼女が成長するプロセスで、聖女たちの魔力―ひいては生命の根源―を吸い上げ、古い殻を脱ぎ捨てるようにして神域を更新する存在であることは、聖女たち本人には決して知らされない。
「アイちゃん、そんなに動くとお湯が目に入ってしまいますよ〜。ほら、じっとして。」
聖女が、慈愛に満ちた手つきでアイの柔らかな頬を包み込む。
その瞬間、聖女の指先から、目に見えないほど微細な黄金の粒子が、アイの肌へと吸い込まれていく。
彼女は「あら、少しのぼせたかしら。」と、心地よい脱力感に身を任せ、そっと湯船の縁に腰をかけた。
自分が今この瞬間に《数日分の未来》をこの愛くるしい幼子に捧げたことなど、露ほども疑っていない。
「えへへ。おねーちゃ、あったかい。『きらきら』、い〜っぱい!」
アイが無邪気に手を広げると、周囲の聖女たちが「まあ、なんて可愛らしい。」と口々に感嘆の声を上げる。
アイにとって彼女たちの魔力を吸うことは、喉を潤すことや呼吸をすることと同じ、本能の範疇だ。悪意などひとかけらもない。
ただ、大好きなお姉ちゃんたちに触れられると、身体が勝手に『美味しいもの』を吸収し、満たされていくだけ。
そして、聖女たちがアイの成長を願えば願うほど、彼女たちの内側は空虚へと近づいていく。
「おと〜、『きらきら』、おいちー。」
アイが、聖女たちの包囲網を抜けて、オトの足元にちょこんと座り込んだ。
アイに気づいたオトはその場に膝をつき、アイの小さな手をそっと包み込んだ。
ずしりと身体の芯が重くなると同時に、なぜかアイは不思議そうに一瞬そのぽよぽよの眉を少ししかめたが、すぐににこにこ笑いかけてきた。
「みんな、しゅき。でも、おとのあいしゅ、もっとしゅき。」
「うん、今日もアイスクリーム持ってきてますからね〜。後でゆっくり食べようね。」
「あの子がいるだけで、この神殿も明るいわね。」
誰かが零したその言葉が、湯殿の天井に虚しく反響した。
正体を知らぬまま、自らを育分む糧として捧げ続ける聖女たち。
そして、自分が何を奪っているかも知らず、ただ『大好き』を糧に成長していく小さな神様。
立ち込める湯気の中に、アイが残した甘い香りと、消えゆく聖女たちの微かな溜息だけが、静かに溶け合っていた。




