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第22話:王弟の愉悦―その指先が暴く世界の綻び

「すまないが、少し手伝ってくれないか、レイ。」


クライドが穏やかに声をかけると、自席に控え書類を確認していた秘書官が静かに歩み寄った。


淡く輝くその髪は、主であるクライドと同じ透き通るような銀色だ。レイがうやうやしく跪くと、クライドは整えられた彼の銀髪を慈しむように指を絡めた。


「御心のままに、クライド様。」



―14年前。当時13歳だったクライドは、隣国訪問の公務を終えた帰路にあった。豪華な馬車の窓から退屈そうに外を眺めていた彼の瞳が、城壁の外の泥濘ぬかるみの中で力尽きかけていた、ひとりの少年の姿を捉えたのだ。


「止まれ!馬車を止めろ!」


護衛たちの制止を振り切り、クライドはそのぬかるみの中に飛びこんだ。そこに居たのは、女神の気まぐれな過ちで召喚された15歳の少年レイジだった。


『男の聖女などありえない、しかしもう帰すこともできない』


と、女神は最低限の加護だけ与えてこの世界に放り出したのだ。もはや死を待つだけの少年を救ったのは、クライドのあまりに純粋で強烈な好奇心だった。


「言葉も通じない、魔力もいびつ)、それでいて瞳にはまだ火が灯っている。面白い。これは、僕のものだ!」


クライドは、拾い上げた獲物ぺットを誰にも渡さなかった。


クライドは彼に、『僕と同じことを学べ、そして僕に分からないことを教えることができるようになれ、一生僕のサポートをしろ』と命じた。

また、レイジと名乗った少年の名前を取り上げ、新たにレイと言う名を与え、自分の宮で手厚く保護した。


レイはクライドの期待に応えるべく、この世界の言葉とことわりを学び、最低限とはいえ女神の加護のおかげで相当な魔法の知識を身につけ、今やクライドの片腕と言えるまでになった。



だが、クライドの独占欲は、彼の頭脳だけでは満足しなかった。


『その黒い髪は聖女たちと同じ色だ。目立ちすぎるし、何より僕以外の誰にも見せたくない』


クライドはレイの黒髪を自分と同じ銀に染め上げた。



「それでね、レイ。実を言うと、新しい詩を書きたいと思っているんだ。」


クライドは、指を絡めたレイの銀髪を弄りながら、いつもの道楽者らしい軽い調子で言葉を継いだ。


「慈愛に満ちた女神と、その美しき代行者たる聖女たちを心ゆくまで称える…そう、とびきり情熱的で、信仰心に溢れた詩をね!そのためのインスピレーションが欲しくて。」


ふふ、と優しく笑う。その声音は羽のように軽いが、絡めた指先には逃さぬと言わんばかりの確かな力がこもっていた。


「だから急ぎではないんだけどね。各国に伝わる女神伝承や、歴代聖女の在位期間に関する非公開資料をすべて集めてほしいんだ。近隣諸国の古い神殿に眠っている古文書もあれば助かる。少々骨が折れる仕事になるだろうけど、頼めるかな?」


指先に力がこもるたび、レイの身体が微かに震えたが、彼は逃げようとはしなかった。


「……承知いたしました。神殿の禁書庫に眠る、古い帳簿も探らせましょう。表向きは、殿下の仰る通り『聖女賛歌』のための資料集めとして、完璧に処理いたします。」


「ありがとう、レイ。助かるよ。お前だけが頼りだ。」


クライドは、自分と同じ色に染まったレイの髪を満足げに眺め、ゆっくりと指を抜いた。


レイが静かに部屋を辞していく。それを見届けながら、クライドの瞳には、道楽者のそれとは違う世界の真理を暴こうとする鋭い光が宿っていた。


彼は静かに、そして誰よりも愉悦を感じながら、世界の深淵へと手を伸ばし始めた。

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