表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/52

第14話:消えゆく者の追憶と、神の気まぐれ

大聖堂の最上階、柔らかな陽光が差し込む彼女の執務室で、第1番目の聖女トヨは独り、遠くの地平線を眺めていた。


その手には、先ほどオトが「小腹が空いたでしょう?」と持ってきた焼き立ての小さなマドレーヌが握られている。口に含むと、香ばしいバターの香りと蜂蜜の優しい甘さが広がり、胸の奥がほんのり熱を帯びた。


…そういえば、不思議ね。

トヨはぼんやりと、記憶の糸を手繰り寄せる。


自分がこの《聖域》に召し上げられてから、どれほどの月日が流れただろうか。

オトが来るまでのかつての生誕祭は、ただ魔力を捧げ静かに祈るだけの無機質な儀式に過ぎなかった。食事とは生きるための燃料であり、それ以上の意味を持たなかったはずなのに。


「…前世の家族の名前すら思い出せないのに。それなのに、皆、あんなに食べたいものの名前と味だけははっきりと覚えているなんてね。」


父の顔も、母の声も、聖女としての使命に塗り潰されて消えてしまった。

彼女の自嘲気味な呟きが、静かな回廊に溶けていく。


もちろんトヨは知らない。


これが、ただ淡々とシステムを回すことに飽き、オトが放つ『食欲』という生命力に面白みを感じて思いついた、女神の気まぐれであることを。


消費されるだけの運命にある聖女たちの食の記憶だけを蘇らせるという、女神が最後に投げ与えた、とても残酷で、けれどあまりに甘美な《恩寵》なのだということを。


トヨは、マドレーヌの最後の一口を名残惜しそうに飲み下すと、指先に残った甘い香りをそっと拭った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ