第13話:月に一度の聖域と、黄金色の贈り物
この大聖堂において、聖女たちの『生誕日』は月に一度訪れる何よりも大切な日だ。
その日は主役である聖女が、静かな奥まった個室で『一番食べたいもの』を楽しむことができる。もちろんそれは私の役目だ。
普段の規則正しい食事とは違う、その人だけのための特別な一皿。それは、彼女たちの心を芯から温めるための大切な儀式でもあった。
今回の主役は40番目の聖女ユメ。
彼女が少し照れながら、けれど切実な瞳でリクエストしたのは、高く積み上がるホットケーキだった。
「ユメちゃん、お待たせしましたー!」
個室の扉を開け、私は銀のトレイを恭しくテーブルに置いた。
ふわりと部屋いっぱいに広がる、焼きたての小麦の香ばしさと、溶けたバターの甘い香り。ユメの瞳が、パッと春の陽だまりのように輝いた。
「わあ……っ! これ、本当にホットケーキだ!」
目の前に鎮座するのは、贅沢に5段重ねられた、黄金色のホットケーキ。
表面はサクッと、中は驚くほどしっとりと。魔力で温度を完璧に保った鉄板で、一枚一枚心を込めて焼き上げた自信作。
頂上にはホイップした生クリーム山盛りに、そこにルビーのようなベリーを散らし、仕上げに温めたメープルシロップをたっぷりとかける。琥珀色の滴が層の間をゆっくりと伝い落ち、湯気と共に甘い誘惑を振りまいた。
「冷めないうちにどうぞ。一番美味しい瞬間を閉じ込めておきました。」
「オトちゃん、ありがとう。」
ユメは震える手でナイフを入れ、一口分をそっと口に運ぶ。
咀嚼するたびに広がる濃厚な甘み。彼女の頬がふわりと朱に染まり、うっとりと目を細める。
「おいしい。私、なんだか懐かしい気持ちになるわ。昔、誰かと笑いながら食べたような…そんな温かい味。」
聖女たちは恋愛も外への興味も持たないけれど、こうして美味しいものを食べた時の幸せだけは、誰にも奪えない本物の感情だ。彼女が一口食べるごとに、その周囲の空気が浄化され、清らかな魔力が満ちていくのがわかる。
「オトちゃん、本当においしい。ありがとう。」
幸せそうにホットケーキを頬張るユメの姿を見て、私は静かに胸を撫で下ろした。
―その夜、厨房にはヴァイン聖騎士団長が相変わらずの威圧感を放って立っていた。
「オト。今日はいい鹿を仕留めてきたぞ。…貴様、なぜそんな満足げな顔をしている。」
「別に、なんでもありません。最高の一皿が出せただけです、調達係さん。」
「調達係…!? 貴様、聖騎士である俺を…!」
憤慨する騎士団長を背にし、私はふと思う。
この箱庭に流れる穏やかな時間。
彼女たちの弾けるような笑顔。それらが絶えることなく続くように、私は明日もまた、誰かの一番食べたいもののために腕を振るうのだ。




