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第10話:魔肉の禁断調理方法

厨房の重い扉が開くと同時に、獣の匂いと鉄の香りが流れ込んできた。


「オト、持ってきたぞ。約束の『肉』だ。」


現れたヴァインは、返り血を浴びた黒金の鎧を鈍く光らせ、その巨大な肩に見たこともない巨獣を担いでいた。ドサリ、と厨房の床が震える。


「なっ……何ですか、その角の生えた巨大なイノシシは!?」


「北の森の主、『一角猪ユニコーン・ボア』だ。肉質は鋼のごとく硬いが、その脂には魔力を増幅させる力が宿る。これなら文句なかろう。」


その肉は通常の調理法では噛み切ることすらできない『鉄の肉』として知られ、宮廷料理人ですら匙を投げる代物らしい。


「……団長。これ、まともに焼いたら、カットできずにナイフが折れますよ?」


「貴様ならどうにかすると思ったが? できぬなら、また鶏を食うだけだ。」


挑発するように眼を細めるヴァイン。

むむ、やな感じ。


私は、目の前の素材をじっと見つめた。新しい食材への興味がふつふつと湧き上がる。


「…いいでしょう。受けて立ちます。その代わり、この後の床掃除は手伝ってくださいね!」


私は愛用のフライパンに、魔法で調律した最高級ラードをなみなみと注いだ。


組織の結合を緩めて、野生の筋繊維をシルクのようにほどく。肉の厚みは贅沢に5センチで。

一角猪のロース肉が、私の魔法に触れてみるみるうちに極上の赤身へと変質していく。


小麦粉、卵、そして魔法で乾燥させて細かく砕いたパン粉を纏わせ、黄金の衣で旨味をすべて閉じ込める!

そして、熱した油の中へ。


シュワァァァッ……!


厨房の静寂を切り裂く、心地よい揚げ音。香ばしい油の香りが、ヴァインの鼻腔をダイレクトに突き上げた。


「む!焼くのではないのか?」


油の弾ける快音に、ヴァインが怪訝そうに眉を寄せた。


「これは揚げ物が最適とみました。肉のポテンシャルを衣で封じ込める、禁断の調理法です。」


この世界の食事は蒸すか煮るか、あるいは素焼きが基本。油の中に肉を沈めるなどという、心臓に悪い(しかし魂に良い)光景は初めてなのだ。


きつね色に染まった肉を引き揚げ、まな板に乗せる。


サクッ、ザクッ。


包丁が衣を断つたびに、深夜の厨房に快楽的な音が響く。断面からは、魔法で融点を調律した肉汁が、ダムを決壊させたように溢れ出した。



「お待たせしました。本日のメイン、『一角猪ユニコーン・ボア厚切りトンカツ』です。」


私はヴァインの前に、大皿に乗った黄金の山を差し出した。 


そして、その傍らに3つの小皿を並べる。


「味付けは、お好みでどうぞ。」


【黒の深淵:特製トンカツソース】

野菜と果実を煮詰め、スパイスの刺激を隠し味にした、甘酸っぱく濃厚な衣の相棒


【紅の誘惑:デミグラスソース】

先日のオムライス用の残りをさらに煮込み、赤ワインで深みを出した、宮廷料理のような贅沢な装い


【白の真実:大粒の岩塩】 魔獣の肉そのものの甘みと、脂のポテンシャルをダイレクトに引き出す、誤魔化しの効かない直球勝負


「…ほう、試されているというわけか。」


ヴァインはにやりと笑い、まずは岩塩をパラリと振った一切れを口に運んだ。


「っ……!!」


咀嚼した瞬間、彼の眼がカッと見開かれる。


「なんだこの、歯を押し返すような弾力と、その直後に訪れる圧倒的な柔らかさは! 岩塩が脂の甘みを引き立て、肉の奔流が脳を直接殴ってくるようだ!」


次に彼は、黒いトンカツソースをたっぷりと潜らせた。


「この鼻に抜ける酸味とスパイス…! 衣の油っぽさを一瞬で切り裂き、次の一口を強烈に促してくる。これは戦場における行軍歌のような、止まらない美味さだ!」


最後に、デミグラスソース。


「……言葉もない。魔獣の猛々しさがこのソースによって王者の風格へと変質した。オト、貴様…やるな!」


無心で、しかし敬虔な儀式のようにトンカツを貪る騎士団長。

右頬の傷を歪ませ、一心不乱に食と格闘するその姿は死神と呼ばれる冷徹な男ではなく、ただ旨いものに魂を震わせる一人の男だった。


…あ、ソースが口の端についてる。

言わないでおこう、怖いし。

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