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第9話:最強の騎士団長、深夜の「パシリ」に任命される

ヴァインは当然のように、深夜の厨房に姿を現した。期待に満ちた(しかし顔は怖い)眼が、私の手元をじっと見つめる。


「…オト。今日は何を食わせてくれるんだ。」


「今日は、鶏肉の照り焼きおにぎりです。魔法で肉質を調律してあるので、冷めてもジューシーなんですよ〜。」


甘辛照り焼きを詰め込んだ大きなおにぎりを、ヴァインは一口で半分ほど平らげた。しかし、咀嚼もぐもぐしながら彼は微かに眉を寄せる。


「美味い。美味いが、オト。昨日もその前も鶏ではなかったか?」


「よくお気づきで。鶏はたっぷりあるんです。事務職の基本は在庫管理ですから、無駄は出しません。」


「俺は騎士団長だ。たまにはもっとこう、猛々しい肉を食いたい。猪や、鹿、あるいは魔獣の希少部位。そういった血の滾るような『肉』をだ。」


ヴァインの注文に、私は手に持っていたしゃもじをピシャリと置いた。

神殿の在庫は《清らかな》家禽類ばかり。そんな血なまぐさいジビエなんて手に入るはずがない。


「団長!そんな高級食材、どこにあると思ってるんですか!」


「神殿の貯蔵庫にあるだろう。」 


「あそこにあるのは聖女わたしたちの美容と健康のためのササミばかりです! 猪なんて影も形もありませんよ!」


あまりの理不尽さに、私はついつい、相手が鉄壁の死神であることを忘れて一歩詰め寄った。



「そんなに猛々しい肉が食べたいなら、自分で狩って、ここに持ってきてください! 調理だけなら、私がいくらでもしてあげますから!」




しーん。静まり返る厨房。



あ…言っちゃった…。これ、もしかして不敬罪で即刻処罰コース……?

だらだら冷や汗を流しながら後退りしようとした、その時。ヴァインは呆然とした顔で私を見つめ、ふっと唇を吊り上げた。


「…自分で、持ってこい、だと?」


「え、ええ。素材がなければ、お料理は成立しませんので…」


怖いよ〜ぶるぶる。


ヴァインは、大剣の柄をカチャリと鳴らした。

その瞳に宿ったのは、剥き出しの驚きと愉悦。

(…この女。俺を騎士団長としてではなく、ただの『調達係』として扱ったのか。)


彼は満足げに鼻を鳴らすと、マントを翻して出口へと向かう。


「いいだろう。明日のこの時間、貴様の腰を抜かすほどの肉を届けてやる。…皿を磨いて待っていろ、オト!」


おにぎりを10個たいらげ、嵐のように去っていく背中を見送りながら、私はガックリと肩を落とした。

…なんでこうなるのー!私はただ、静かにお夜食をこっそり食べていたいだけなのにー!


翌晩、血まみれの獲物を担いで現れるであろう騎士団長を想像し、私は新たな料理の構成を練り始めるしかなかった。

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