↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界観光物語〜勇者として呼ばれたのに魔王が倒されたって!?〜  作者: 亀丸物産
第7章 雪に閉ざされた国編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
54/54

第54話 荷物をまとめる朝

 翌朝、悠人は、まだ薄暗いうちに目を覚ました。窓の外には、昨夜の光の帯の名残が、東の空に、淡く滲んでいる。吐く息は白く、窓ガラスには、細かな氷の花が咲いていた。

身支度を整えて外に出ると、宿の近くの家から、言い争うような声が聞こえてきた。


「――だから、決めたことなんだって。もう、荷物もまとめちゃったし」


「そう、かい。仕方ないねえ」


 声をかけていいものか迷いながら覗いてみると、そこにいたのは、昨日会った年配の女性と、旅支度をした若い女性だった。囲炉裏の上では、小さな鍋が、湯気を立てている。


「あ……昨日の旅人さん」


 女性は名をリンといい、あの女性の孫なのだと教えてくれた。


「今日、王都に向けて発つところなんです。お恥ずかしいところ、見られちゃいましたね」


「良ければ、事情を聞いてもいいですか」


 リンは少し躊躇った後、小さく頷いた。


「この村には、もう何もないんです。友達もみんな、とっくに出ていっちゃったし。仕事だって、ろくにない」


「おばあ様と離れるのは……」


「正直、辛いですよ。でも」


 リンは、荷物の紐をきつく結びながら続けた。


「このまま残っても、私にできることなんて、何もない気がして。だったら、都会で新しい生活を始めた方が、まだ現実的だと思ったんです」


 その言葉に、迷いよりも、諦めの色が濃く滲んでいた。


「昔は、この村が好きでしたか」


 悠人が尋ねると、リンは一瞬、驚いたような顔をした。


「――好き、でしたよ。子供の頃は、冬になると、氷の城で雪祭りがあって。友達と、夜遅くまで雪像を作ったりして」


 その声には、束の間、懐かしそうな響きが混じった。


「雪を固めて、小さな部屋みたいなかまくらを、みんなで作るんです。その中で、おばあちゃんが作ってくれた、山菜の鍋を食べて。雪乳を、一人二杯までって決められてたのに、こっそり三杯目をねだったりして」


 リンは、思い出すように、目を細めた。


「あの頃は、毎年、冬が来るのが楽しみでした。外は凍えるくらい寒いのに、かまくらの中だけ、不思議と温かくて。みんなの笑い声が、雪の壁に、ふんわり響いて」


 だが、すぐに表情を曇らせる。


「でも、そんなの、もう昔の話です。今は、誰もやろうともしない。夜空の光だって、見上げる人もいません」


 祖母は、黙って鍋の火を調整していた。やがて、小さな布包みを、リンの手に握らせた。


「持っていきな。干した山菜と、木の蜜さ。都会でも、少しは思い出せるだろう」


「……ありがとう、おばあちゃん」


 リンは、包みを胸に抱きしめた。声が、わずかに震えていた。


「――行ってきます、おばあちゃん」


 リンは、それ以上多くを語らず、祖母に短く別れを告げると、待たせていた乗合の橇に乗り込んでいった。

遠ざかっていく橇を見送りながら、祖母は、寂しさを押し殺すように、静かに手を振っていた。


「引き止める言葉も、見つからなくてねえ」


 その呟きに、悠人は何も返せなかった。

村を去っていく若者を、無理に引き止める権利は、誰にもない。それでも、あの一瞬だけ見せた懐かしそうな表情が、悠人の中に、小さな引っかかりとして残り続けていた。


(――何か、まだできることがあるはずだ)


「なあ、悠人」


 隣で、リゼットが静かに口を開いた。


「お前、今、何を考えてた」


「……あのかまくらの話、素敵だなって。冬の寒さを、楽しみに変えていた人たちが、この村にはいたんだなって」


「お前らしいな」


 リゼットは、少しだけ口元を緩めた。


「引き止めたかったんだろう、あの娘を」


「……分かりますか」


「顔に書いてある。だが、お前は、そういう時に、無理強いはしない奴だ」


「無理強いして残ってもらっても、リンさんが、幸せにならないと思うので」


「ああ。だから、お前の動き方は、ずるいんだ」


 リゼットは、そっぽを向いて、小さく呟いた。


「……俺みたいな奴まで、気づけば、お前の隣を歩いてる」


 その最後の一言は、風に紛れて、悠人の耳には届かなかった。白い息を吐きながら、悠人は遠くに霞む氷の城を、じっと見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。