↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界観光物語〜勇者として呼ばれたのに魔王が倒されたって!?〜  作者: 亀丸物産
プロローグ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/43

第1話 女神のうっかりミス

 相良悠人、二十六歳。都内の中堅商社に勤める、これといって特徴のない会社員である。

仕事はいたって平凡だ。可もなく不可もなく、上司にひどく怒られない程度にこなす毎日。

取り立てて夢もなければ、大きな野心もない。

同期からは「悪目立ちしない安定感がある」と評され、それが褒め言葉なのか微妙なところだと、悠人自身も薄々気づいていた。

そんな悠人にも、ひとつだけ誰にも譲れない趣味があった。


 「秘湯巡りと、ご当地グルメ探訪」である。


 有給休暇は貯めるためではなく、使うためにある。

金曜の夜、仕事終わりに夜行バスへ飛び乗り、日曜の夜には始発列車で都内に戻ってくる。

そんな弾丸旅行を、この三年で数えきれないほど繰り返してきた。


 先月訪れた、山奥の炭焼き小屋を改装しただけの食堂では、地元の猟師しか知らないという鹿肉の燻製に出会った。

硬い木の椅子に座り、湯気の立つ丼をかき込んだときの感動は、今でも鮮明に思い出せる。

誰も知らない山あいの温泉。地元の人しか並ばない食堂の定食。

観光雑誌には載っていない、けれど確かにそこにある美味しいものや綺麗な景色。

それを見つけたときの高揚感だけが、平凡な毎日を支えてくれていた。


 その日も、悠人は満員電車に揺られながら、スマートフォンの旅行ブログを眺めていた。


「山あいの、地元の人しか知らない温泉宿、か……。次の三連休はここにしよう」


 誰にも教えたくない。けれど、誰かに教えたくもなる。

そんな矛盾した気持ちこそが、悠人にとっての旅の原動力だった。


 定時で会社を出て、コンビニで買った惣菜だけの夕食を済ませ、風呂に入り、布団に潜り込む。

明日も仕事だ、早く寝なければ。

そう思った、次の瞬間だった。

部屋の中が、目を開けていられないほどの真っ白な光に包まれた。


「――ようやく見つけました!」


 声のする方を見ると、まばゆい光の中に、白い衣をまとった女性が立っていた。

長く輝く銀髪、透き通るような肌。人間離れした美しさに、悠人はただ言葉を失う。

ここが自分の六畳一間のはずなのに、周囲には壁も天井もなく、ただ光だけが果てしなく広がっていた。


「あなたは……」


「わたくし、この世界を見守る女神、ミレイユと申します。突然のことで驚かせてしまい申し訳ありません。ですが、時間がないのです」


 女神と名乗る女性は、悠人の返事を待たずにまくし立てた。


「わたくしの世界は今、魔王という災いに苦しめられております。人々は家を焼かれ、家族を失い、長きにわたる戦いに疲弊しきっております。どうか、勇者としてこの世界を救っていただけないでしょうか」


「え、あの、待ってください。勇者って、僕がですか?」


「はい!あなたこそ、選ばれし者です!」


 ミレイユは自信満々に頷いた。頷いた、のだが。

悠人には見えてしまった。

彼女のすぐ後ろで、分厚い書類の束をめくりながら、何やらぶつぶつと確認している、別の女神らしき人影が。

よく見ると、その周りには他にも何人か、忙しなく行き来する神々らしき姿があり、まるで締め切り間際の職場のような、妙に生々しい慌ただしさが漂っていた。


「あ、あの、ミレイユ様。召喚対象者の時系列なんですけど、これ確認しておいた方が……」


「今忙しいので後にしてください!」


「いえ、これ結構重要な……」


「後にしてくださいと言いました!」


 悠人の頭の奥で、小さな警報が鳴った気がした。

転職活動でしつこく聞かされた「引き継ぎが雑な現場ほど危ない」という先輩の言葉が、なぜかふと頭をよぎる。

だが、それを言葉にする間もなく、光はすでに彼の体を包み込み始めていた。


「あ、ちょっと、説明が全然足りて――」


「大丈夫です、向こうに着けばきっと何とかなります!それでは、いってらっしゃいませ!」


 その笑顔だけは、やけに眩しく、そして頼もしく見えた。

根拠のない自信ほど、時に一番始末に負えないものだと、悠人が気づいたのは、もう少し後のことになる。

次の瞬間、悠人の意識は光の奔流に飲み込まれ、プツリと途切れた。


――彼はまだ知らない。

その「時系列」という言葉に、いったいどれほどの意味が込められていたのかを。

そして、これから自分が足を踏み入れる世界が――すでに魔王を倒し終えた、その「後」の世界であることを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。