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「えーと」

 垣内は慣れた手つきでキーを打ち始める。

「夜行性亜人種の割増時間については、生物学的な休息時間帯をあてる特区条例案をまとめる……と」

 手慣れたキータイプの音。

 御子柴はタブレットでホワイトボードを撮影し、文字を読み込ませている。

 篠崎も同じようにスマホで撮影する。

 美礼は大きなあくびをしながら、ノートにホワイトボードの文字を書き写していく。


「お前、相変わらず手書きなのな」

 篠崎は美礼がノートの脇に置いているスマホに気づいて言った。

「スマホは私用だから仕事にバッテリー使いたくないんすよ」

 しれっと答える美礼に、篠崎は呆れたような声を出す。

「仕事中に遊んでんじゃねえよ」

「仕事中はしないっすよ。メッセのチェックだけっす」

「メッセ?」

「亜人執事バーの営業メッセっす。割引デーは大事っすよ」

「なんのチェックしてんだよ……」

 篠崎は呆れた顔のまま、ジト目を美礼に向けた。


「メッセに目を向けているのが2秒として、回数を数えたら勤務時間から引ける、かな?」

「ちょっと御子さん、怖いこと言うのやめてくださいよー!」

 考え事を始める御子柴に美礼が慌てる。

「御子さん、脅すのそのくらいにしてやってくれ」

 ため息交じりに篠崎は言った。


「んーと……『生物学的な休息時間』は、自己申告以外にも、厚労省の持つ『種族特性の基礎資料』、そして健康診断の実測データを使用する……と」

 画面を確認しながら垣内が言う。

 篠崎は聞きながらうなずいた。

「まあこれなら上も説得できるでしょ」

「うんうん」

 にこにこしながら、垣内はPCの画面から顔を上げた。

 それから、垣内は篠崎とアズを見た。

「あとは詳細な案をまとめてもらえるかな?」


「まずはさっきの『生物学的な休息時間』ってやつですね」

 テーブルに身を乗り出しながら篠崎が言った。

「うん。基礎資料が参照できるかどうかは、あとで私が医政局に問い合わせておくよ。まあ、この内容なら問題はないけどね」

「それと健康診断についても、ですね」

 ホワイトボードの『健康診断』の横にチェックを入れながら、アズが口をはさむ。

「あとは文言を整理して、上が気持ちよく納得できるようにまとめるだけだな」

 篠崎の言葉に、垣内は顔を向ける。

「それじゃ、条例案は篠崎くんとアズくんでお願いね」

「わたしもですか」

 アズは少し目を開けて垣内を見た。

 それから、椅子にもたれたままの篠崎と目が合った。

 篠崎は軽く笑って、口の端を少しもちあげた。

「言い出しっぺはお前なんだから当然だろ」

 言われて、アズは足をそろえ、篠崎に頭を下げた。

「よろしくお願いいたします」

「大げさだっつーの」

 篠崎は困ったように笑った。

 篠崎とアズを見ながら、垣内はふっと笑って、目線をノートPCに戻した。


 続けて、垣内が言う。

「次は『夜行性亜人種族の就労が割増賃金によって不利にならないための助成金の案』……これは──」

「はいはーい! 助成金のアイデアはやりまーす」

 御子柴がウキウキと手を上げる。

 篠崎は呆れたように笑った。

「マジ楽しそうだな御子さん」

「今からでもとりかかろうかなー」

 御子柴は心底楽しそうに、篠崎に笑みを返す。

「今からだと残業になるからやめてねー」

 垣内はニコニコしながら御子柴を止める。


「あとは、ガイドラインとマニュアルだけど……」

「これは美礼の仕事だろ」

 篠崎が言うと、美礼はあからさまに嫌そうな顔をした。

「えー、マニュアル作るのイヤっすよー」

「つっても、手が空いてるのオマエしかいねえだろ」

「えー!」

 泣き声を上げる美礼。

「誰にでもわかりやすく作ればいいんだよー」

 まるで子供をなだめるような口調で垣内が言う。

「それって、図解とかマンガとかにしてもいいんすか?」

「それ誰が絵描くんだ?」

「あっ」

 自分で言っておいて美礼は固まる。

 篠崎は苦笑する。

「上に提出するやつだからな。きっちりやれよ」

「えー」


 三人のやり取りを見ながら、アズはくすっと笑った。

 やはりこの人たちと仕事をするのは、悪くない。



◇◆◇◆◇◆◇



 ふと、御子柴が時計を見上げた。

 十七時十三分。

 終業のチャイムが鳴る少し前だ。


「帰りに下で助成金のパンフ集めてこっと」

 御子柴は立ち上がりながら、ウキウキとつぶやく。

「うっわ、あと十五分しかないじゃないっすか」

 美礼は慌てたように立ち上がり、自分の机に戻る。

「残業はナシだからねー」

 美礼に声をかけながら、垣内はスマホでホワイトボードを撮影する。

「はい、いいよー」

 垣内に言われ、アズはイレイザーを手に取った。


「では、消しますね」

「おう」

 空になった缶を手に、篠崎はゆっくりと立ち上がった。


 アズはイレイザーをホワイトボードに当てた。

 几帳面に並んでいた一行ずつが、白い面に戻っていく。


 ぱたん、と垣内がノートPCを閉じる音。

「んじゃ、業務日報やるか」

 篠崎も自分のデスクへ戻り、マウスをクリックする。


 美礼はかなりの速度でキーを叩いている。

 中断していた仕事の続きだろうか。

 その向かいで、御子柴はもう手荷物をまとめ始めていた。


「えー御子さんもう帰っちゃうんすか?」

 画面から目をそらさずに、美礼が甘えた声を出す。

「助成金窓口寄ってくからねー。あと手伝わないからねー」

「えー」

 美礼が泣き顔で口をとがらせる。

「最初っからその速度でやってりゃいいだけだろ」

 篠崎が呆れた声を出した。

「夏休みの宿題はいつも九月にやるタイプだったんすよー」

「締め切り過ぎてんじゃねえか」

「提出日まではセーフっすー」

 軽口をたたき合いながらも、篠崎も美礼も画面に目を向けたままだ。


「急ぐのは良いけど、ミスの確認もしてねー」

 ノートPCを片付けながら垣内が笑った。


 ホワイトボードは、真っ白に戻った。

 アズはイレイザーを置くと、自分のデスクに戻った。

 それから慣れた手つきで日報の作成を始める。


「終わったーっ!」

 アズの横で、カシャン、と強めにキーを叩いて美礼が大きな声を上げる。

「終わったっすよ課長ー! ほめてください!」

「うんうん、日報もねー」

 垣内はニコニコと美礼に笑いかける。

「先に褒めてくださいっすよー」

 美礼は口を尖らせながら、日報を開く。


「おし、終わり」

 PCの終了音とともに、篠崎が声を上げた。

 アズもちょうど日報を提出し終えたところで、そのままPCを終了させた。




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