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「次に、『夜行性亜人種族が雇用されにくくなるリスク』だが──」
篠崎は再び缶コーヒーに手を伸ばしながら言った。
「こいつはわりとガッツり対策を考えないといけねえな」
篠崎の言葉に、御子柴が手を上げる。
「安直だけど、助成金を作るっていうのもアリじゃない?」
「んー……助成金かあ」
篠崎はコーヒーを一口飲んで、渋い顔をした。
「割増は当人に対する補償であり、助成金は雇用主側のインセンティブであって、二つは混同すべきではありません」
すかさず、アズが割って入る。
「だが、手段としてはアリだ」
顔をしかめたまま、篠崎は言った。
「雇用側としちゃ、人件費が増えるリスクを助成金で相殺できる。しかも亜人側には負担もない」
アズはマーカーを手の中で転がしながら、少し考える。
そして、口を開いた。
「助成金のみを目当てにされる恐れはありませんか? 制度を悪用されてしまっては本末転倒です」
「そこは申請条件次第だな」
篠崎はゆっくりと缶を揺らしながら、小さく鼻を鳴らす。
「助成金は、予算次第っていう問題もあるからねえ」
垣内がため息まじりにつぶやく。
「ただまあ……特区内限定だったら、そこはなんとかクリアできるんじゃないかなあ」
難しい顔を並べる篠崎と垣内を見比べながら、アズはわずかに首をかしげる。
「なにか、別の懸念点でもあるのですか?」
「新しい助成金作ろうとすると、上がめんどくさがるんだよ。予算とか資料の検討に時間がかかる、つって」
「えー、職務怠慢じゃないっすか」
「オマエが言うな」
美礼にツッコむ篠崎。
それを見ながら、アズはあごを指でつまむようにして、眉を寄せる。
「説得に時間がかかるのであれば、別の方法も考えたほうがいいかもしれませんね」
「せっかく特区条例案を作っても、上が承認してくれなきゃ意味がねえからな」
篠崎は肩の力を抜く。
「既存の助成金をベースにすればいいんじゃない?」
御子柴が口を開いた。篠崎が目を向ける。
「既存の?」
「例えば……『特定求職者雇用開発助成金』をベースにして『特定亜人求職者雇用開発助成金』みたいな!」
御子柴の眼鏡の奥、目に光がともる。
アズは、それを見ながらホワイトボードに急いで文字を追加した。
『特定亜人求職者雇用開発助成金』
「それって、どんな助成金なんすか?」
その文字を見ながら美礼が言う。
「就職が困難な人を継続雇用する事業主向けのヤツなんだけど……夜行性亜人種が昼間にしかやってないような仕事に就こうとした場合、割増賃金分がコスト的なハンデになる、つまり就職困難者として認定するわけよ」
御子柴は目をきらきらさせながら語る。
「漢字多くてよくわかんないっす」
「なんで今のでわかんねえんだよ」
首をかしげる美礼に篠崎はツッコむ。
それからため息をついて、言い直した。
「……いいか、例えば二十四時間開いてるような店だったら、夜行性亜人種は夜のシフトにいれりゃいい。
けど、昼間しか開いてない定食屋みたいなとこだと、夜行性亜人種を雇ったら人間よりも割増賃金がつく分給料が高くなるだろ?」
「そっすね」
「店からしたら、同じ一人を雇うのに、二割五分以上も余計に人件費がかかっちまう。だったら割増にならない人間を雇うよな?」
「よっぽど有能な人でもない限り、そうなるっすよねえ」
頷きながら美礼が答える。
「つまり昼間しかやってないような職場は、夜行性亜人種にとって就職が難しいってことになる」
「ふんふん」
「だから、そういう会社が夜行性亜人種族を雇った場合に、割増賃金分を助成金として支給しよう、ってのが、今の御子さんの提案だ」
「おー」
ぽん、と美礼が手をたたく。
「それなら雇ってもいっか、ってなるっすねえ」
それを聞きながら、アズもうなずく。
「確かに、それなら賃金面での不利はなくなりますね」
「でしょ?」
鼻歌でも歌いそうな口調で御子柴が言う。
「しかも一から助成金を作るより、既存のを流用したほうが上の受けもいいと思うんだよねー」
「確かに、そのほうが話も通しやすいな」
篠崎は机についていた肘を持ち上げ、わずかに体を起こした。
「すでにあるものなら、手続きも審査基準も固まってるし、不正受給に対する穴も塞ぎやすいねえ」
垣内が続ける。
「もう一つ、地域雇用開発助成金をベースにして、日光に弱い夜行性亜人種が昼間でも快適に休めるように遮光設備を改修した場合にも支給できる助成金の案もつけようよ」
御子柴がさらに腰を浮かせる。
篠崎はあきれ顔になる。
「楽しそうだな御子さん」
「あ、待って! ほかにもベースに出来そうな助成金あるかも! ちょっと探してみるね」
御子柴は嬉しそうにタブレットをなぞり始める。
「いやもういいから、そこまで話大きくしなくていいから」
篠崎は慌てて手を振って御子柴を止める。
「えー、面白そうな助成金のネタなら山ほど」
「提出する書類が分厚くなるだけだから。逆に案が通りにくくなるから」
そう言われて、御子柴はしぶしぶ椅子に座りなおした。
ふーっと息をついて、手にしていた缶コーヒーを飲む篠崎。
「問題はもう一つ残ってる」
そう言って、缶をコン、とテーブルに置く。アズの手はすでにマーカーのキャップをつまんでいる。
「事務処理の手間の問題ですか」
アズは篠崎を見た。
「事務処理だったら、パソコン使えばパパーッてできなくないっすか?」
美礼が手にした資料でパタパタと顔を仰ぎながら、のん気に言う。
篠崎は呆れたように眉を寄せる。
「その『パパーッ』ってできるようにするのが大変だ、つってんだよ」
「ですが、追加の事務処理がどの程度発生するかは、考慮しておく必要があるのは事実だと思います」
アズの言葉に篠崎もうなずく。
「だったら、そうだねえ」
垣内が口を開く。
「ガイドラインマニュアルが必要だねえ」
「まあ……ガイドラインは一番まっとうな解決策ですね」
篠崎はうなずく。
「夜行性亜人種の雇用促進、って上が喜びそうな名目も作れるし」
「うんうん、事務手続きに関するマニュアルもね」
ニコニコと垣内は笑った。
「なんでうれしそうなんすか」
横から美礼がツッコんだ。
「マニュアルはいいよ? 便利だし」
「えー、めんどくさいだけっすよ」
「作るのが楽しいんだって」
嫌そうに鼻にしわを寄せる美礼。
「まず夜勤割増時間が『生物学的な休息時間』に変わる、ってことを知ってもらうことから始めねえとな」
篠崎は椅子にもたれかかりながら言った。
「そのうえで、事務手続きの手順をマニュアル化する、というわけですね」
言いながら、アズはホワイトボードに『ガイドラインマニュアルの作成』と書き足した。
「これならなんとか解決の道筋は作れそうですね」
アズは、書き終えたホワイトボードを見た。
「そうだねー」
御子柴もうっとりしたような顔をする。
「悪用しようとする連中がどんな抜け穴をついてくるか楽しみ」
「いやその楽しみはわからねえ」
篠崎は苦笑して、ツッコみを入れる。
「けどまあ」
それから缶コーヒーを飲み干して、すこし遠くを見るような目をした。
「悪かねえとこまでは、出来たんじゃねえの」
その目の先に、なにが見えているのか。
アズはふと気になって、じっと篠崎の顔を見た。
それに気づいた篠崎は、急に顔をしかめて目をそらせた。
テーブルに差し込む西日は次第に深く、木目を濃いオレンジに染め始めていた。
「こんなところかな」
垣内がうなずきながら言う。
アズは、ホワイトボードが見えやすいように横に避けた。
篠崎と美礼が垣内のほうを向き、御子柴はタブレットにものすごい速さで文字を入力しはじめた。
「それじゃあ、まとめるよ」
垣内がノートPCを自分のほうへ向きを変えた。




