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「が」
コン、と軽い音とともに、篠崎はコーヒーの缶をテーブルに置いた。
「さっきも言ったがアイデアは悪くねえ」
アズの尻尾の先が少しだけ持ち上がる。
アズは目だけ動かして、篠崎の顔を見た。
篠崎は、アズを正面から見返す。
「問題点はあるが、それを修正していけばいい」
「……修正、ですか?」
アズの言葉に、篠崎はうなずいた。
「まず、もともと会社には雇用している労働者に健康診断を受けさせる義務がある」
「労働安全衛生法の第六十六条ねー」
すかさず御子柴が割って入る。
そしてタブレットに六十六条を表示して、全員に見えるようにテーブルに置く。
「もちろん亜人種族についても、就業後の健康状態の結果を記録しておくことが義務づけられてるよ。
健康診断で異常が見つかった場合は、医師の意見に従って具体的な対応をとる必要が出るからねー」
御子柴はうきうきと語る。
「そこで」
篠崎はちらっと御子柴を見て、口をはさんだ。
「生物学的な休息時間帯の決定条件に、アズの提案にあった自己申告、亜人種族の基礎資料に加えて、健康診断のデータも追加する」
「健康診断って、そんなの追加する意味あるんすか?」
美礼が首をかしげた。
篠崎は美礼に目を向ける。
「例えば、自己申告と種族特性の基礎資料が食い違っていた、なんて場合があったら?」
美礼は少し考えてから、口を開く。
「……そりゃやっぱり、厚労省の基礎資料のほうじゃないんすか?」
「ところがさっきも言った通り、厚労省の基礎資料のほうもまだまだ信ぴょう性が足りねえんだよ」
美礼の答えに、篠崎は肩をすくめる。
「亜人についてはまだわかってないことが多いからねえ」
垣内が困ったような顔で言う。
「お役所の資料なのに、っすか?」
「お役所の資料なのにねえ」
美礼が眉を寄せて、垣内も苦笑する。
「その点」
篠崎は御子柴のタブレットを指でトントンと指し示しながら言った。
「健康診断は当人の、しかも直近のデータだ。基礎資料に載ってない種族、あるいは食い違っていた場合でも、これなら対応できる」
アズはじっと篠崎を見た。尻尾がゆるっと円を描く。
「それだけじゃねえ」
篠崎はアズの目を見返しながら言った。
「後から会社が『実はこいつは夜行性じゃなくて昼行性でした』なんて言い出すことを防げる」
美礼が声を上げる。
「んなことする会社なんてあるんすか?」
「ない、と言いたいんだけどな」
篠崎がため息交じりに言う。
「残念だが、絶対にないとは言い切れない。割増手当を払いたくなくて、会社の都合のいい時間になるように『生物学的な休息時間帯』を申告しろ、と言ってくるかもしれない」
「労働者側だって、昼行性種族が夜勤割増をもらうために『自分は夜行性だ』と言い張る、なんて可能性だって考えられるでしょ?」
御子柴が、なぜか嬉しそうに口をはさむ。
「『バレなきゃいい』『得するほうが賢い』って考えの人、案外いるのよねー」
「えっなにそれズルじゃないっすか」
美礼が口をとがらせる。
「そういうヤツが現れた場合はどうすればいいか、ってことなんだよ」
篠崎に言われて、美礼はペンを唇に当てて、うーんと天井を見上げた。
「ようするに」
少し間をおいてから、美礼が言った。
「本当の休息時間を隠そうとしても、健康診断でいずれバレるぞ、ってことっすか?」
「それなら会社もごまかしようがねえからな」
篠崎は美礼を見て言った。
アズがそれを聞いてぽん、と手をたたいた。
「なるほど。そして実際の健康診断のデータが集まれば、種族ごとの基礎資料もより実態に近づいていく、ということですね」
「そういうことだな」
篠崎はうなずいた。
「明文化して盛り込む、というのは賛成です」
アズはマーカーを手に取った。
そしてホワイトボードに『自己申告』『種族ごとの基礎資料』そして『健康診断実測データ』と追加で書き込む。
美礼がまた首をかしげる。
「けど、だったら自己申告っていらなくないっすか? 基礎資料で確認して、健康診断でチェックもするんすよね?」
「自己申告って言ってるが、中身は労働条件の明示だ」
篠崎は首を横に振る。
御子柴が横から口をはさむ。
「ようは、本人がどの時間が割増になると認識しているか、基礎資料と照らし合わせてズレていないかを、雇用主と労働者側で最初に確認する、ってことだねー」
「ここがズレてたらどうなるんすか?」
美礼の言葉に、御子柴が眼鏡を押し上げ、腰を浮かせた。
「楽しくなる!」
「いやそこは楽しまないでくれ」
篠崎が呆れた顔をする。
「ま、実際そうなったら……そこは基礎資料優先だろうな」
篠崎は思考しながら眉を寄せる。
「そこで折り合いがつかなけりゃ話し合いだろうが、実際に健康診断で悪影響が出るようなら、その時間は『生物学的な休息時間』として扱う、っていう流れになるんじゃねえかな」
「ね? どんな労働紛争になるか、今から楽しみでしょ?」
目を輝かせる御子柴。
美礼は引き気味に苦笑する。
「御子さんの楽しみは後がめんどくさそうじゃないっすか」
「だから楽しんじゃダメだろ」
篠崎はため息をついた。




