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明るい木目模様のミーティングテーブル。
テーブルの端には西日が差し込んでいる。その上には、缶コーヒー、タブレット、派手なカラーのペンケース、ノートPCが置かれている。
複合機からは規則正しく紙を排出する音が聞こえてくる。
篠崎は背もたれに寄り掛かりながら、垣内に顔を向けた。
「この件って、個別に和解勧めるんじゃダメなんですっけ?」
「相談件数が多くて、対策案まとめろって上から直接言われちゃってるんだよねえ」
垣内が眉尻を下げる。
「夜勤シフトに入れてる夜行性亜人種にも夜間割増って必要なのか? とか、昼勤務のほうに割増つけてやりたいんだけどどうしたらいい? みたいなのがいくつも来ててねえ」
「どのくらい来てるんですか?」
「コンビニオーナーから十件、工事現場とか警備業から三、四件ずつくらい」
「それだけ?」
拍子抜けしたように篠崎は肩をすくめる。
「特区の規模を考えたら十分多いよ」
垣内は苦笑する。
「夜行性の中でも、ウェアウルフ族とか、ヴァンピール族は数も多いからねえ。上もそれだけ気を遣うんだよ」
「ウェアウルフって、イケメン多いんすよねー」
テーブルにゴソゴソとノートや手帳、スマホを追加しながら美礼が言う。
「ヴァンピールは綺麗なんすけど、ちょっと目つきがきついっていうか、それがいいっていう意見もあるんすけどー」
「お前それ、外見しか見てねえだろ」
篠崎はわずかに眉を傾ける。
「外見は大事っすよ! 顔がいいだけで疲れが取れるんすよ?」
「お前がいつも行ってる亜人バーの店員の話じゃねえか」
篠崎が呆れたようにため息をついた。
「ねえねえそういうお店ってさー」
ガタガタと椅子を引きながら御子柴が篠崎の隣に座る。
「やたら童顔の子とか、未成年っぽい子とかいないの?」
「御子さんもしかしてショタ寄りっすか?」
美礼が腰を浮かせて目を輝かせる。
「不法就労とか、児童労働の店とかあったら知りたいなーって思って」
「そういうヤバい店には行かないっすよー!」
すぐさま美礼は口を尖らせる。
複合機から出てくる紙は、わずかにインクの匂いがする。
その綺麗な重なりを眺めながら、アズは後ろの会話を聞いていた。
のんびりした雰囲気の、いつものやりとり。
紙の擦れるかすかな音がするたびに、トレイの上の束が厚みを増していく。
やがて、ピーッと音がして音が止んだ。
アズは、まだほのかにあたたかい文書を両手でそっと持ち上げた。
それを手慣れた動作で人数分にとりわけ、テーブルを回りながら配っていく。
「ありがとうアズくん」
受け取りながら垣内が笑みを見せる。
篠崎は黙って受け取り、御子柴はすぐさまタブレットで撮影して取り込む。
美礼は眉をしかめながらそれを読み始めた。
アズはホワイトボードの前に立ったまま、資料に目を通していく。
そしてマーカーのキャップを外した。
「では今日の議題をまとめます」
ペンが擦れる音とともに、ホワイトボードに丁寧な文字が書かれていく。
『夜行性亜人種の夜勤割増手当問題について』
「相変わらず几帳面な字だな」
どこかからかうように、篠崎が言う。垣内はニコニコしながらうなずく。
「アズくん器用だからねえ」
「あたしも手伝うっすか?」
資料から目を上げて美礼が言う。
「お前の字は読めねえからやめろ」
「えー」
篠崎の言葉に、美礼は頬を膨らませる。
「それじゃ、まずは三ページから開いてください」
資料を手に持って開きながら、垣内が言う。
「えーと『現在の日本の労働基準法における──』」
「いや、読み上げなくてもいいでしょ」
篠崎が呆れた声でツッコんだ。
「いやでもねえ、こういうのは形式が大事なんだよ」
「っていうか、まとめると『夜勤シフトに入れてる夜行性亜人種にも夜勤割増は必要なのか』ってことでしょ?」
「いやまあそうなんだけれどもねえ」
垣内が苦笑する。
それを聞きながら、アズはホワイトボードに一行追加する。
『夜行性亜人種に夜勤割増は必要なのか』
「んー、ようするに」
資料を眺めながら美礼が口を開いた。
「夜に強いから夜行性亜人を雇ったのに、なんで夜勤に割増つくのよ? ってことっすよね?」
「まあざっくり言うと、そうだな」
篠崎は缶の縁を指でなぞりながらうなずいた。
その横から、嬉しそうに御子柴が口をはさむ。
「現行の法律だと『払いたくねえから払わねえ』ってやると思いっきりアウト判定だからねー」
「だから、ここいらで行政の態度はっきりさせてくれ、ってことだ」
篠崎はプルタブに指をひっかけ、ペン、と音をさせた。
「あれ、でもー」
美礼が資料から顔を上げる。
「夜勤割増って、夜働くのがしんどいから割増になってるんすよね?」
「まあ、そうだな」
篠崎がうなずく。
「んじゃ、夜動くのが普通の夜行性なら、割増にするのはおかしくないっすか?」
美礼の言葉に、篠崎は首の後ろに手をやる。
「夜間の労働を割増にするのは、労基法で決まってんだよ」
「労働基準法の第三十七条四項ね!」
すかさず、御子柴がウキウキと割って入る。
それを聞きながら、アズはホワイトボードに『労働基準法第三十七条』と書き始める。
「二十二時から翌朝五時までの間は、二割五分以上の割増賃金を支払わないとダメなんだよねー。ちなみにここに関連した面白い事件があってね、タクシーの……」
「はい御子さんストップ。脱線するから」
呆れたように篠崎が手を上げて御子柴を止める。
『割増賃金』まで書き終え、続いて『タクシー』まで書きかけたところで、アズは手を止めた。
「えー、名ばかり管理職の事件も面白いのにー」
「後で聞くから、今はやめてくれ」
「ちぇー」
御子柴は不満そうに口を閉じ、再びタブレットでなにかを調べはじめた。
アズはわずかに首をかしげて、書きかけていた文字をイレイザーできゅっ、と消した。
「ともかく、そういうわけで勝手に夜間割増をなくすわけにはいかねえんだよ」
篠崎は肩をすくめて言った。
美礼は眉を寄せる。
「そこは特区条例ってことで、どうにかならないんすか?」
「ダメだな。問題が多すぎる」
美礼の言葉に、篠崎は首を横に振った。
「問題?」
篠崎はうなずいて続けた。
「人間は夜勤はしんどいけど、その代わり割増がもらえる。でも、夜行性は夜勤がしんどくないからって割増にしなかったら、夜行性だけ割増がなくなっちまって、不公平になる」
「だったら昼間を割増にすればいいじゃないっすか」
美礼はペンを手の中でくるくると回した。
「夜行性ってことは、昼間は寝てる時間っすよね? 昼間に働くのはしんどいんじゃないっすか? なら、夜の代わりに昼間を割増にすればいいだけじゃないっすか」
「うんうん」
垣内が、ノートPCの画面の後ろから声を上げる。
「実際に夜行性亜人の労働者からも、昼間のほうが仕事がきついから割増にするなら昼間にしてほしいっていう相談も来てるんだ」
アズはそれを聞きながら、今度は『夜行性亜人の労働者からの相談』『割増を昼間に』と追加する。
「ホラやっぱり!」
美礼がうれしそうに声を上げる。
「昼間の時間帯を割増にすれば全部解決じゃないっすか?」
「じゃあ、夜行性にとってしんどいのは、どの時間帯だ?」
篠崎はテーブルに肘をつき、指を組む。
「え? そりゃあ、昼間じゃないんすか?」
「昼間の何時から何時だ?」
篠崎はじっと美礼を見る。
「え、そんなこと聞かれても……」
美礼は目を泳がせ、そして助けを求めるように御子柴を見る。
御子柴は肩をすくめた。
「……だろ?」
篠崎は缶から手を放し、再び背もたれに体重を預ける。
「特区条例で決めるってのは結構めんどくせえんだよ。いろいろ細けぇこと考えなきゃいけねえし」
「ややこしいのは勘弁っすよ」
美礼は泣き顔をして見せる。
篠崎は胸ポケットを探る仕草をして、すぐに止めた。
これは、篠崎が頭を使うときによくやる癖、だ。
アズはじっと篠崎の次の言葉を待った。




