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ぼくらのコスモポリタン  作者: 01
終戦と牢獄
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第45話

 火星の上空1万4000㎞軌道上に中国企業連合の所有する。軌道エレベーターの一つ“蛟龍”が存在する。

 軌道エレベーターには宇宙の真空環境を利用した核融合発電所が併設されていた。

 核融合発電は真空排気ポンプに多大な電力量を必要とする事でエネルギー収支が減少。

 火星の高々度環境にあってはその稼動のオミットが可能な為に、多くの資源は軌道エレベーター内で直接加工されている。


 地球からの民間宇宙船が宇宙港へと接近するとドッキングベイによって船体とアンカー部を接続した。


「ようやく辿り着いたか」


「ウェールズ博士ですね。ようこそ火星へ」


 “人類基幹学研究所”に在籍するウェールズは出迎えの男に手を上げて答えると火星の重力に身を委ねる。

 現在地球では火星への航行が厳しく制限されている為に融通が利く中国企業に働きかけここまで辿り着いた。


 宇宙港内部は小惑星帯から運び込まれてきた資源を加工する工場が大部分を占めており。

 目の前に広がる地球とさして変わらぬ雑然とした工場内の光景にウェールズは溜息を吐いた。


「まるで産業革命時代の英国を見ているようだよ」


「えぇ、粉塵が舞いますので。こちらをどうぞ」


 案内役の男にマスクを渡されたウェールズは、心底うんざりした表情でそれを受け取ると内縁部へと向かった。

 火星へと向かうカーゴは火星の低重力を利用した自由落下に近い形で降下する。

 フライホイールに蓄積した運動エネルギーを利用してブレーキをかけ落下速度を調整する。


「へぇ、中々良い部屋だね」


「基底部までは半日ほどで到着する予定です」


「そんなに早く着くのか?」


 カーゴ内の居住スペースに案内されたウェールズは宇宙の長旅の中でようやく一息吐く事が出来た。

 エレベーターの加速度を電磁誘導によって相殺する事で、加速を行いながら地表へと落下する。

 早速地表へと降下し始めたのかモニターには頼りない紐にぶら下がる円盤が次第に降下していくのが確認出来る。


(火星ではこんな突飛な事まで“当たり前”の世界なのだな) 


 ウェールズは部屋の内部で軽い食事を取ると、基底部のタワー内へと円盤が降着する。

 火星の大気は突風が吹き荒れる為に円柱状のタワーで外部からの風を遮断しているのだ。

 軌道エレベーターのワイヤーは6~18度以上に傾くと破綻する。この場合基底部自体が稼動する事でこれを制御する。


「先程から人の姿が見えないようだが……」


「火星の地表で作業するのは危険ですから、

 大部分は無人のドローンを利用するのです」


 火星では労働の形その物が地球とは大幅に異なる。

 火星の人口はたった2680万人にしか過ぎない物の無人の自動労働機械は1億体にも及んでいる。

 EVUも元来は完全な自動化によって平時運用されており、汎用的な労働代替を行なえるのだ。


(……強いな)


 列を成して黙々と作業を続けるEVUの集団を、タワーのアクリルガラスから見下ろしながらウェールズは呟く。

 徹底した合理化と自動化によって無駄を削ぎ落とされた生産体制は、例え火星人が全滅しても生産活動を続ける。

 地球人がこれを知れば手にしたくなるのも道理の話であった。


「このまま地下のハイパーループでイニティウムヘ向かいます」


 火星では地殻活動が無い為に地震の心配がない。

 各ドームを繋ぐ交通路はハイパーループによって整備され、これにも慣性制御技術が備わっている。

 イニティウムはここから数1000㎞離れた位置にあるが、1時間も経たずに到着した。




 さしものウェールズもこのインフラの差には面を食らった様子を見せた。

 やがてイニティウムにあるプラットフォームに到着すると、ようやく人の姿が見え始める。

 ウェールズが近付いてくる男に視線を向けると男は握手を求めた。


「人類基幹学研究所のウェールズです」


「ようこそ火星へ。本社へとご案内します」


 男達はレールカーへと乗り込みイニティウム内の街並みをみつめている。

 やがてレールカーは郊外へと到達すると物々しい雰囲気のEVCが目に付く様になり、次第にパトリア.Indの社屋が見え始めた。

 ここに来てウェールズの顔には影が差す様な陰りが見え始める。


「ウェールズ博士、御気分でも?」


「低重力に慣れていないのかも知れないね。

 大丈夫、直ぐによくなるよ」


「ところで例の物は今ここでお持ちに?」


「あぁ、解除パスコードは私の頭の中だがね」


 ウェールズはパトリア.Indの社屋内へと案内されると厳重な警備の中深部へと案内される。

 やがて一室に案内されウェールズはカード型端末を懐から取り出すと、向かいに座った黒服の男へと手渡した。

 制限の懸かっていない一部を男は確認後、手元のコンソールをウェールズの死角で操作する。


「確かにALW(Artificial Life Weapon)の技術資料のようです」


「DNAコードは引き換えの物を受け取ってからだ」


「えぇ、わかっていますとも」


 黒服の男がカード型端末をテーブルの上へおくとついとガラスの上を滑らせる。

 ウェールズは端末を操作して内部を確認すると、確かに目当てのDNA技術資料である事を確認、息を吐いた。

 火星の遺伝子合成技術によって開発された。塩性化土壌での育成に適した適応品種“太陽の小麦”のDNAパターンである。


 対してウェールズが取引材料に持ち出したのは兼ねてより、ウェリントンの出資により開発を進めてきた生物兵器ALW。

 ヒトゲノムクローンと動物の生物的特徴をDNAコーダーと呼ばれる合成機器によって、遺伝子合成を行なった人工生物種だ。


 この生物種は大脳の萎縮と小脳の活動化を促進する事で人類の根源的欲求を強化。

 言ってみればスアレス化ドラッグを浴びた人間のように人類を“ゾンビ化”させるのである


「では解除コードは後日連絡と言う事で……」


「お待ち下さい。社長が直接貴方にお会いしたいようです」


「……それは光栄です」


 ウェールズの額に汗が伝う、パトリア.Indの社長と聞けば謎の多い人物として名が知られている。

 退路を塞がれた彼はカードをスーツの胸ポケットにしまい込むと部屋の外から聞こえてくる皮靴の音を聞いた。

 低重力化でもはっきりと響くそれは奈落の底から聞こえてくる音にも聞こえる。


 やがて応接室のシャッターが音を立てて開くと、紅玉の眼を持つ黒髪の男がウェールズの目前に立った。


「ようこそ火星へ。私の名はヤミン。

 以後お見知りおきを――」

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