第44話
火星と木星の間に存在する小惑星や隕石によるアステロイドベルト、その小惑星の一つに火星裁判所の管理する火星刑務所。
通称、赤錆の刑務所が存在している。刑務所内ではオレンジ色のジャンパースーツに身を包んだ男達が熱心な先輩方から指導を受けていた。
「おい新入り! お前独房入りらしいが、一体何やらかしたんだ?」
「ちょっとまぁ、はしゃぎすぎたようで……」
「へぇ、銀行にハッキングでもかましたのか?」
男はコウキの身なりを値踏みすると、暴力沙汰を起こせるような弾ではないと考え呆れた様子でそう呟いた。
コウキは結局裁判に負け、大きな恩赦を受けた物の懲役刑を受ける事となった。
ラストプリズンではAIなどのロボットでは難しい資源の採掘を中心とした。EVUを使用する船外作業に従事する事で赦免が受けられる。
裁判所では長めの刑期を言い渡される判例が多く、止むを得ず人手を投入するしかない危険作業に罪人を投入するのだ。
コウキが刑務所内の廊下を歩いていると、後方から南米系の男が歩み寄り。軽く頭を叩いた。
「あいてッ! 何だオッツォかよ」
「なんだってぇ事はねぇだろ。
飯食いに行くんだろ? 行くよな?
最近お前にやられた脇腹の痛みが酷くてなぁ……」
「わかった、わかった」
コウキは叛乱軍に加担していたオッツォと出会い、何の因果かそのまま意気投合。
船外作業でチームを組み互いに行動する事が多くなった。
やがて食堂へと辿り着くと仏頂面で椅子に座るサリンジャーと、落ち着かない様子で行儀悪く貧乏揺すりをしているデンドロンを発見する。
「どうもデンドロンさん。今日の食事はどうでした?」
「ん、コウキくんか? 今朝は大豆食品とパッキーだね。
それよりオッツォくんタバコ持ってない?」
「少しは禁煙しろよなオッサン、ほらよ。カートリッジ」
オッツォがデンドロンに隠し持った電子タバコのニコチンカートリッジを投げ渡すと、デンドロンは礼を言いつつそれを受け取った。
コウキは大豆食品のペーストをパッキーにつけると軽快な音を立てて齧り折る。
パッキーは動物性蛋白質を得る為の宇宙食の一つで原材料は昆虫等が使われている。
宇宙での家畜の成育は難しい、その為の代用食である。
「なんか良い儲け話はねぇのかよ」
「呆れた奴だ。叛乱軍から相応の報酬を得ていただろう?」
「そんなもん、仲間の見舞金に使っちまったよ。
コウキ、お前コスモポリタンの社員なんだろ? 何かねぇのそういう話?」
オッツォの会話に呆れた様子でサリンジャーが反応すると、コウキは両腕を上げて肩を竦めた。
それを見たオッツォは軽く唸り声を上げると忌々しげにパッキーを見詰め口に運ぶ、そこで突然後方から声がかかった。
「ありますよ。儲け話」
「お前は確か……メレフで見た顔だな」
振り返る先にはミスパルの一人フィロソファーが、黙々と食事をしながらこちらの様子を窺っていた。
サリンジャーはメレフでの記憶を思い起こし、威圧的に鼻息を吹くと視線を逸らす。彼は回復後に軍隊で命令違反を起こし、この惑星に収監されていた。
そんな様子を気にする素振りも見せず、フィロソファーはコウキ達に対して淡々と言葉を放つ。
「“ゴールドマイン”という小惑星を御存知ですか?」
「あぁ、聞いた話だな」
「いいね、いいねぇ……カネの匂いがぷんぷんするぜ」
“ゴールドマイン”とは地球圏は言うに及ばず、月・火星からの資金も集まると目される租税回避惑星である。
そもそも米国の宇宙開発等も宇宙に資金を移動する事で、合法的な脱税を行なおうと考えた者も多く。
アステロイドベルトに存在するといわれている“ゴールドマイン”には世界中から集められた非合法なマネーが眠っているのだ。
すっかり乗り気になったオッツォを尻目にコウキはフィロソファーに反論する。
「ゴールドマインに存在するのは登記上の数字だけだ。
盗むにしたって多くは書面やスタンドアローンPCの中だぜ?」
「そうとも言えませんよ。今頃“ゴールドマイン”には、地球から大量の資金が送金されているでしょうから」
「何だと? どういう事だ?」
聞き耳を立てていたサリンジャーがフィロソファーの言葉に反応する。
その話の概要はこうであった。地球は第一次宇宙戦争で敗北を喫して、戦争に加担した企業連合は賠償金を請求される事となった。
それを回避する為に地球から“ゴールドマイン”へと資本逃避させ、賠償から逃れようという物である。
話を聞いたサリンジャーは激しく激昂するとテーブルを壊れんばかりに叩き、突如立ち上がった。
「ふざけるな! 現在、地球各国では戦費補填の為に多くの国民に増税が課せられているんだぞ!
戦争に主体的に取り組んだ企業だけが課税逃れだと!?」
「落ち着いてサリンジャーさん」
「しかしコウキ君、これは到底許される話ではない!」
サリンジャーの怒りも尤もなものであったが、この場で怒鳴り散らしたとしても何かが変わる訳ではない。
オッツォは席を持ってフィロソファーの元へと置き、腰を下ろすと更に小声で話を続ける。
「それでよぉ、そのカネはどうやって手に入れるんだ?」
「金ですよ……租税回避惑星に持ち込まれる時。
彼等は不安定な通貨ではなく“金塊”にして、そこへと持ち込むというのが私の見立てです」
「そんなことが本当に可能なのかい?」
「有り得ない話ではないですよ。デンドロンさん。
金は伝導体ですから、ロケットの電子部品の一部という名目で宇宙へ密輸する方法がある」
現実味を帯びてきた男達の間で議論や計画の概要がひっそり行なわれると、脱走計画だと勘違いした看守が怒鳴り声を上げた。
「こらぁ、貴様等何やっとるか! 食い終わったらさっさと持ち場に着け!」
「うへ、おっかねぇ!」
懲りない五人の男達は蜘蛛の子散らすように食堂から走り去るとEVU格納庫へとすごすごと逃げ出した。




