第43話
月の公転軌道上に散開したデブリの掃宙作業が連日のように続けられている、戦いの遺した爪痕は多大な物となった。
叛乱軍の全滅を以って遂には人類初の宇宙戦争の幕を閉じ、その戦乱の最中で失われた命はもう二度とは戻ってはこない。
マイケルの妻ジャスミンは息子のデビットを伴って、夫の遺体を埋葬する為に火星へと帰還した。
131人に及ぶ行方不明者の約半数である79人は無事な姿で発見されたが、多くはコンテナ内で遺体となって発見され。
宇宙空間に放置されたミンストレルの機体には、その全てに自爆装置が仕掛けられていた。
突如セイヴ・ザ・アースが撃沈した事については、内部での蜂起があったのではないかと連合軍は推測した。
流石に転移した質量が戦艦を打ち抜いた等と推測出来る者は連合軍内部でも存在しなかったようだ。
かくしてレクイエムの存在は知られる事無く戦争は本格的な解決を見せた。
しかし地球は火星独立戦争での企業の懲罰的賠償金を、国民からの増税で凌ごうと画策し更なる暴動の過熱化に発展しつつある。
「お早う御座います」
「あぁ、お早うさん」
コウキはベッドの上からけだるげに立ち上がると、天窓から覗く歪んだ火星の空を見上げた。
ここ数日は火星裁判所に通い詰めハルやコスモポリタンの所得していた交戦記録から審議が行われていた。
火星では死刑が存在しない為に場合によっては60万年近い刑期が言い渡される事となるが、今の所不利な結果にはならずに済んでいる。
とは言え、現時点でも移動の制限が着き、GPSによって居場所を常に監視されている等余り自由な身分に有るとは言い難い。
「コスモポリタンに行くぞ」
「それではレールカーを手配します」
コウキが家を出ると丁度ルーツクレーターの天蓋が開放され熱放射が行われている時間帯だったようだ。
静かに音を立てて吹き上げる火星の風が青年の頬を撫でていった。
レールカーがコスモポリタン社屋の外れに停車すると、格納庫では何時もと替わる事無く、EVCの整備が続けられている。
「あら、コウキもう大丈夫なの?」
「あぁ、何とかね。メナエム艦長は居るかい?」
「えぇ、ツィゴイネルワイゼンの整備を終えて、社屋の方へ向かったわ」
コスモポリタンの正社員となったイーリアはコウキにそう告げると、何かを言おうと口篭ったがそのまま口を閉ざした。
地球の公転軌道上に駐留していた火星軍は今年中には撤退する運びとなるが、未だに予断を許さない状態が続いている。
第一次世界大戦時にも見られた“背後の一突き論”が盛んに叫ばれるようになり、再び抗戦機運が高まってきたのだ。
それは講和条件に軍備の制限をしながら、火星軍がEVCを多数所有する事態に猜疑の目が集まった結果でもある。
コウキがその場にハルを待機させ社屋のエレベーターに乗り込むと一人でメナエムの執務室へと向かった。
「メナエム艦長」
「ん、何だいコウキ君、裁判の結果は出たのかな?」
「俺を有罪にしてください」
室内でデスクの上でペンを走らせていたメナエムの手が止まると、そのままペンを取り落とし青年の目を見詰めた。
コウキの裁判に関してコスモポリタン側からの執り成しが無かったとは言い難いだろう。
だが、戦争中に起きた行動に関しての裁判その物は軍関係者も一通り受け終わり、既に終わらせている事だった。
メナエムはその端正な顔の眉間に皺を寄せ、しばし考え込んでいたが思わず失笑する。
「君は本当に……リュウイチに似ている」
「艦長」
「君が好き好んで前線で敵に銃を向ける子ではない事は分かっている。
“自分一人が罪を被ればいい”と思っている事もね」
「それは、買い被りですよ」
コウキはメナエムの言葉に目を背けると窓越しに見える火星の景色に目を移した。
その様子を見ていたメナエムも内心では葛藤している様子だった、少なくとも刑務所に入っていれば命を失わずに済む。
そうすればこれから起こるであろう更なる波乱からコウキだけでも救えるかもしれない。
組織として壊滅した筈のフッリーヤ、火星近辺で度々見られるようになった宇宙海賊、破産したアレス.Indの技術者を取り込み暗躍するパトリア.Ind。
そして可能性として燻り続ける第二次宇宙戦争の火種が戦力としてのコウキの残留を求めていた。
「私は父親には向いていないのかも知れないな」
「……」
「コウキ、悪人を一人倒した程度で世界は平和にならない事は知っているだろう。
我々が常々戦ってきたのは人々の“悪意”その物なのだ」
「それは、軍の仕事では? 少なくとも俺達がやる事じゃない」
民間企業コスモポリタンが前大戦で大戦果を上げた結果、軍の影響力の拡大は抑止出来たと言っても良い。
火星の所有する事を提言する軍内部の将校達もレベリオの睨みが効いている内は迂闊な行動は取れないのだ。
更にはEVCの有用性が証明され機動性を確保する為に足並みの揃わない艦隊が最適化され軍の規模は逆に縮小していた。
人々から革命の力を奪う行為その物が、地球の政体の過ちであった事は明白。
火星の直接民主制の制度を維持する為には、民衆が銃を手に取り自衛する義務を履行する事が最低条件となる。
「国家に悪意が無いと誰が証明できるのか?
私達は権利を守る為に戦わなくてはならない。
それは国の為でも星の為でもない、人間が人間らしく生きる為に……」
「それだと、ハルの奴が拗ねそうです」
メナエムはその言葉を聞いて丸い目を見開き驚いた様子を見せると、少年に向かって笑いかけた。
「心を休める時間も必要だろう。
ここから先は君の自由意志に任せる」
「それって、半ば強制ですよね?」
「そうだな、そうなったらしめた物だ。
だが忘れないでいておいてくれコウキ、君は僕とリュウイチ……。
僕らの大切な子供なんだからね」
メナエムはコウキに対してそう告げるとデスクから立ち上がり、照れ臭そうに頬を掻くコウキの肩を優しく抱いた。
人工遺伝子合成によって人類に作られた天才である
メナエム、かつて人類への復讐に駆り立てたその憎悪は親が子に持つ愛情へと変わっていた。




