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ZERO-DAY ONLINE ~チュートリアルを飛ばしたら不人気機体で世界最強になってました~  作者: 白い鴉


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72. 海洋マップ実装、決定

「るかちゃんねる、緊急速報です! なんと、あの海洋マップの実装日が、ついに正式に発表されました!」


 配信開始と同時に、俺は興奮を隠しきれないまま、そう叫んでいた。声が上ずっているのが自分でもわかったけれど、今日ばかりは、それを取り繕う余裕もなかった。


【コメント】キタ――!!!

【コメント】ついに来たか!

【コメント】不沈艦、ついに海へ!


 視聴者たちのコメント欄も、瞬く間に、一気に沸き立っていた。俺自身、この瞬間をどれだけ待ちわびていたか、自分でもよくわかっていなかった。それでも、こみ上げてくるこの高揚感だけは、確かに本物だった。


 画面に表示された公式サイトには、大きく、はっきりとした文字で、確かにそう記されていた。


『次回大型アップデート「オーシャン・フロンティア」実装決定』


「オーシャン・フロンティア……なんか、かっこいい名前ですね」


 思わず、そう嬉しそうに零す。長らく待ち望まれてきたこのアップデートに、開発陣がどれだけの気合を込めたのか、その名前からも伝わってくるようだった。何度も口の中で、その響きを転がしてみる。噛み締めるたびに、実感が、少しずつ、しかし確かなものになっていった。


 発表ページを、俺は上から下まで、一文字も見逃さないように、じっくりと丁寧に読み込んでいった。実装される海洋エリアの規模、新しい敵ユニットの存在、そして何より、NEREID MARINE製フレームの本来の性能が解放されるという一文。どの情報も、俺にとっては、これ以上ないほどの朗報だった。何度読み返しても、その度に、確かな新しい興奮が湧いてくるようだった。


【コメント】新エリアの規模、めちゃくちゃ広そう

【コメント】新しい敵も出るのか

【コメント】これは配信映える予感しかない


 視聴者たちのコメント欄にも、期待の声が次々と流れていった。俺自身、これから先の展開を想像するだけで、自然と胸が高鳴ってしまう。


 発表ページには、実装予定日と共に、簡単な紹介動画も添えられていた。俺は、逸る気持ちを抑えながら、その動画を再生した。


 画面いっぱいに映し出されたのは、これまで一度も見たことのない、青く輝く広大な海の景色だった。陽光が水面から差し込み、無数の光の筋が、深い青の中を揺らめいている。画面の向こうに、確かな奥行きを感じさせる、その圧倒的なスケール感に、俺はしばらく、言葉を失っていた。


「うわぁ……」


 思わず、そんな声が漏れる。画面越しにも、その息を呑むほどの美しさは、はっきりと伝わってきた。


【コメント】綺麗すぎる

【コメント】これはワクワクする

【コメント】るかさんの機体、ついに本領発揮か


 動画には、他にも様々な水中エリアの映像が、間断なく、次々と映し出されていた。深海の暗い谷底、色鮮やかな珊瑚の群生地、そして海底に沈む、古びた遺跡らしき構造物。どの光景も、これまでの陸上マップとは、まったく違う、確かな魅力に満ちていた。開発陣の並々ならぬこだわりが、その一つ一つの光景から、はっきりと伝わってくるようだった。


「うわぁ、こんな場所もあるんだ……」


 思わず、そんな声が漏れる。探索できる場所が増えるということは、それだけ配信のネタも増えるということだった。今から、どんな冒険が待っているのか、想像するだけで、胸が高鳴った。あの遺跡らしき構造物には、一体どんな秘密が眠っているのだろうか。考えれば考えるほど、期待は膨らむばかりだった。


 動画の後半では、水中を目にも留まらぬ高速で移動する、いくつもの潜水艦型フレームの姿が映し出されていた。それを見た瞬間、俺は思わず、画面に食い入るように、身を乗り出した。


「これ……これ、もしかして、私の機体の同型機ですよね!?」


 興奮のあまり、声が上ずってしまう。あの見慣れた、丸みを帯びたシルエット。ずっと陸の上でしか見たことのなかったその機体が、水中を悠々と泳ぎ回っている光景に、俺は言葉を失っていた。あの重々しかった動きが、水の中では、まるで別の生き物のように軽やかだった。


 これは、あくまで実装告知用に添えられた、簡単な紹介映像に過ぎないようだった。俺自身が出演する、あの本格的なPVは、また別に、後日改めて撮影される予定になっている。それでも、こうして自分の機体と同じ型のフレームが、実際に泳ぎ回る映像を、こんなにも早く見られただけで、十分すぎるほどの興奮だった。


【コメント】ついに水中での姿が!

【コメント】めちゃくちゃ様になってる

【コメント】あの巨体が全然重く見えない


 俺は、動画を何度も巻き戻しては、その光景を、繰り返し目に焼き付けた。あの重厚な図体が、水の抵抗をものともせず、実に滑らかに、そして力強く旋回していく。陸上では決して見られなかった、あの美しい機動だった。


「なんか……格好いいな、私の機体……」


 思わず、そんな独り言が漏れる。これまで、ずっと「弱い機体」だと思い込んで使い続けてきた、あの相棒。それが、こんなにも凛々しい姿を見せてくれるとは、正直、想像もしていなかった。


 誰にも選ばれず、ずっと不人気機体と呼ばれ続けてきた、あの黄色い潜水艦。それでも、俺は、この機体と共に、これまで数え切れないほどの戦いを乗り越えてきた。その積み重ねの先に、ようやく、こんな景色が待っていたのだと思うと、胸の奥から、確かな熱いものが、静かに込み上げてきた。


「みなさん、聞いてください。私、正直、この機体のこと、ずっと大好きだったんです」


 思わず、そんな本音がこぼれる。恥ずかしさもあったけれど、この機会に、きちんと自分の言葉にしておきたかった。


【コメント】急に真面目な話するの草

【コメント】でもわかるよ、その気持ち

【コメント】不沈艦、愛されてるな


「海洋マップの実装に伴い、NEREID MARINE製フレームの本来の性能が、初めて正式に解放されます」


 公式サイトの説明文を、俺は震える指先で、一文字ずつ丁寧に読み進めていった。長い文章を読むのは、正直あまり得意ではなかったけれど、この文章だけは、最後まで、しっかりと読み切りたいと思った。ずっと避けてきた長文も、今日ばかりは、不思議と、まったく苦にならなかった。


「マジか……マジで、あの機能をちゃんと使える日が来るのか……」


 思わず、そんな独り言が漏れる。これまでずっと、そして今もなお、陸の上を歩くしかない日々が続いている。移動手段なんて、他にありはしなかった。徒歩移動しかできなかった、あの積み重ねの記憶が、次から次へと、鮮明に蘇ってきた。まさか、この当たり前の日常に、終わりが来る日が来るとは、正直、想像すらしていなかった。


【コメント】ついにこの徒歩生活も終わるのか

【コメント】あの独特な移動スタイルも見納めか

【コメント】長い道のりだった……


 視聴者たちのコメントにも、同じような感慨が滲んでいるようだった。あの頃から見守り続けてくれた人たちがいるからこそ、今、こうして一緒に喜びを分かち合えているのだと思うと、胸の奥が、じんと熱くなった。一人だったら、きっと味わえなかった感情だった。


 その時、通信画面に、新しい通知が届いた。


「あ、レンさんからメッセージだ」


『るかさん、おめでとうございます。あなたの機体が、ようやく本来の舞台に立てる日が来ましたね。楽しみにしています』


 短いその一文に、俺は思わず、自然と笑みがこぼれた。あの人らしい、飾らない祝福の言葉だった。あの決勝の日から、こうして気軽にメッセージを送り合える関係になれたことが、今更ながら、なんだか、確かに不思議だった。


 続けて、皇帝牙さんからも、短いメッセージが届いていた。


『良かったな』


 たった五文字だった。それでも、その短い言葉には、確かで深い温かさが込められているように感じられた。多くを語らないあの人らしい、実に飾らない祝福の言葉だった。


「みなさん、ありがとうございます……!」


 誰に届くかもわからない、その言葉を、俺はそっと、はっきりと呟いた。それでも、この気持ちだけは、きちんと伝えておきたかった。


 それにしても、こうして次々と祝福のメッセージが届く度に、これまでの一人ぼっちだった頃の自分が、少しだけ、確かに懐かしく思い出された。あの頃は、まさかこんなにも多くの人と、確かな繋がりを持てる日が来るとは、想像もしていなかった。


 さらに、アイギスさんからも、メッセージが届いていた。


『おめでとうございます! これでますます、うちに欲しくなっちゃいましたね!』


 いつも通りの、あの勧誘混じりの祝福に、俺は思わず、思わず苦笑いを浮かべてしまった。それでも、こうして真っ先に祝福してくれる、その気持ちの温かさだけは、素直に嬉しかった。


 最後に、ハチさんからも、短いメッセージが届いた。


『るかさん、良かったね! 一緒に海、潜りに行こうよ!』


 あの明るい笑顔が、文字越しにも、はっきりと伝わってくるような、そんなメッセージだった。思わず、俺の頬も、自然と緩んでしまう。今度一緒に潜れる日が来ることを、俺も、心から楽しみにしていた。


【コメント】みんな祝福してて草

【コメント】仲間って感じでいいな

【コメント】次の実装、絶対見るわ


 視聴者たちの温かいコメントに、俺は小さく笑いながら、配信を締めくくった。


「実装日まで、あともう少しです! それまで、また普段通りの配信、頑張っていきますので、よろしくお願いします!」


 いつも通りの締めの挨拶と共に、俺は、配信を終えようとした。それでも、最後に、もう一つだけ、伝えておきたいことがあった。


「あ、そうだ。実装日、当然、初日から配信します! みなさん、絶対見に来てくださいね!」


 思わず、そう付け加える。


「あと、実装日は、公式サイトのカレンダーでも確認できるので、忘れないようにしてくださいね!」


 自分自身、忘れないように、何度もカレンダーに印をつけておくつもりだった。


【コメント】絶対見る

【コメント】初日から張り付く

【コメント】不沈艦、真の初出撃だな


 視聴者たちの温かい反応に、俺は改めて、実装日への期待を、より一層確かに膨らませていた。


 配信を切った後、いつものように現実へと戻る。まだ興奮の余韻が、体のあちこちに残っているような感覚だった。夕食の席で、母さんが尋ねてきた。


「楓、なんだか今日、すごく嬉しそうだね」


「うん! ずっとずっと待ってたアップデートが、やっと来るんだ」


 箸を止めながら、俺は、どうしても隠しきれない笑顔のまま、そう答えた。母さんは、興味深そうに、それでも深くは踏み込まず、いつも通り静かに微笑んでいた。


「そうなんだ。楽しみだね」


 その短い一言に、俺はいつも通り、素直に頷いた。母さんのこの何気ない、絶妙な距離感が、俺にとっては、いつだって心地よかった。


「あのね、俺の機体、ずっと出番がなかったんだけど、それが、やっと本領発揮できるんだ」


 少しだけ興奮気味に、俺はそのまま続けた。母さんは、深くは理解していないだろうことを承知の上で、それでも、優しく相槌を打ってくれた。


「そうなんだ。楓の機体、頑張ってたもんね」


 その一言に、俺は思わず、胸の奥が温かくなるのを感じた。ゲームの詳しいことはわからなくても、俺自身の頑張りだけは、ちゃんと見ていてくれている。それだけで、十分すぎるほど、嬉しかった。


「じゃあ、実装される日は、また、いつもと違う特別な配信になるのかな」


 母さんが、そう続けて尋ねてきた。俺は、確かに大きく頷いた。


「うん、絶対に見逃せない日になると思う」


 自然と、声にも確かな力がこもった。母さんは、そんな俺の様子を見て、優しく、それでいて温かく笑ってくれた。


 食事の途中、ふと、スマホの画面が光った。朝霧さんからの、新しいメッセージだった。「先日お話ししたPV撮影の件ですが、日程が決まりました。来週の水曜日になります。詳細は、また追ってご連絡しますね」という一文だった。


 思えば、あの謝罪配信で語られていた、前倒しになった実装スケジュール。その事実を、俺は、今更ながら、改めて思い出していた。海洋マップの実装自体が、当初の予定よりも早まっているのだとしたら、それを盛り上げるためのPVにも、当然、限られた時間しか残されていないはずだった。朝霧さんは、いつも通り「無理のない範囲で」と言ってくれていた。それでも、その優しい言葉の裏には、運営側の、確かな時間との戦いが隠れているのかもしれない。そう思うと、単純な緊張とは、また違う種類の焦りが、胸の奥に、静かに広がっていった。


「あ……そうだ、その話、あったんだった」


 思わず、そう呟く。海洋マップの実装という、あまりにも嬉しいニュースに気を取られていたせいか、正直、少しだけ意識の外に追いやってしまっていた。それでも、その一文を目にした瞬間、胸の奥に、確かな緊張が、静かに、しかし着実に戻ってきた。


「どうしたの、楓?」


「あ、ううん、なんでもない。ちょっと、来週、外に出る用事ができただけ」


 俺は、そう答えながら、努めて、いつも通りの声を保とうとした。それでも、内心では、あの日の不安が、じわじわと、確かに顔を覗かせ始めていた。


 食事を終え、自室に戻る。ベッドにゆっくりと横になりながら、俺はもう一度、今日という日のことを振り返ってみた。誰にも選ばれなかった、あの黄色い機体。それが今、まさにようやく、本来の確かな姿を取り戻そうとしている。


 あの整備拠点で、誰にも見向きもされなかった、あの日の光景。それでも、俺は迷わず、確かにあの機体を選んだ。深く考えたわけでもない、ただの気まぐれだった。それが今、こんなにも大きな意味を持つ選択だったのだと、改めて実感させられる。あの日の自分に、心からの感謝の言葉をかけてやりたいくらいだった。


 実装まで、あと少し。その日を、俺は心の底から、ずっと確かに待ち望んでいた。


 あの海の中を、自分の機体で自由に泳ぎ回る。想像するだけで、自然と胸が高鳴る。これまでの徒歩移動の日々も、今となっては、すべてがこの日のための、大切な布石だったのかもしれない。そう思うと、あの長い道のりさえも、確かに愛おしく感じられた。





【桜庭真琴視点】


「実装日、ついに正式に確定しました」


 開発チームのチャットに、そう静かに書き込んだ瞬間、私は、深く、そして長い息を吐いた。これまでの膨大な作業の日々が、走馬灯のように、次々と、脳裏を駆け巡っていった。


「桜庭さん、本当にお疲れ様です。ついに、ここまで来ましたね」


 すぐ隣の席から、同僚のそんな声が聞こえてきた。私は、モニターから目を離さないまま、小さく、それでいて確かに頷いた。


「長かった……本当に、長かったよ」


 思わず、そんな本音が漏れる。それでも、感慨に浸っている暇は、正直、あまり残されていなかった。


「それで、PV撮影とキャンペーン施策の進行、今どんな感じ?」


「かなり、キツキツです。前倒しになった分、スケジュール全体が、軒並み後ろにずれ込めなくなっていて」


 同僚の、その疲れの滲んだ返答に、私は思わず、苦笑いを浮かべた。


「敵運用チームには、もう少し、しっかり反省してもらわないとね。今回の調整不備がなければ、こんなに慌ただしくなることもなかったわけだし」


「本当ですよ。あちらの担当者、平謝りしてましたけど……こっちは、その分のしわ寄せを、もろに受けてるわけですから」


 そんな話をしていると、内線が鳴った。受付からの取次だった。LiveGate側の担当者が、打ち合わせのために来社しているという。


「あ、朝霧さんかもしれません」


 私は、すぐさま席を立ち、来客用のスペースへと向かった。案の定、そこに立っていたのは、クリエイターサポート担当の、朝霧さんだった。


「桜庭さん、お忙しいところ、わざわざお時間いただいてすみません。PVの技術的な仕様について、確認したいことがあって」


「あ、いえ、大丈夫ですよ」


 朝霧さんは、疲れた様子を見せながらも、それでも、いつも通りの丁寧な物腰を崩さなかった。今日だけで、何社もの関係先を回っているのだろう。その顔には、隠しきれない忙しさが滲んでいた。


「それにしても、朝霧さんも、本当にお疲れ様です。あちこち駆け回ってるみたいで」


「ふふ、まあ、これも仕事のうちですから。それに、あの子が、頑張って挑戦してくれるって聞いて、こっちまで、力が入っちゃって」


 朝霧さんの、その言葉に、私は、思わず、頬が緩んだ。会社は違えど、同じ相手を、それぞれの立場から支えている。そう思うと、なんだか、確かな連帯感のようなものを感じずにはいられなかった。


 技術的な確認事項を一通り終えると、朝霧さんは、次の訪問先へと向かうべく、丁寧にお辞儀をして、フロアを後にしていった。あの人も、今日一日で、一体どれだけの場所を駆け回っているのだろう。その後ろ姿を見送りながら、私は、そんなことを、ふと思った。


 フロア全体を見渡すと、あちこちで、慌ただしく電話をかけたり、資料を確認したりする社員たちの姿が目に入った。実装決定という、確かな喜びの裏側で、こうして目まぐるしい忙しさが、今も、着実に積み重なり続けている。


 それでも、これまでの道のりを思うと、感慨深いものがあった。何度も高い壁にぶつかっては、そのたびに、チーム全員で知恵を出し合ってきた。その一つ一つの記憶が、今、確かな重みを持って蘇ってくる。あの子のスキルが、誤ってプールに紛れ込んでしまった、あの日から。ずっと、この海洋マップの実装は、私にとって、特別な意味を持つ目標だった。あの日の動揺と焦りを、私は今でも、はっきりと、鮮明に覚えている。まさか、あの一つのミスが、これほど大きな物語へと発展していくとは、当時の私には、想像すらできなかった。


 シャドーダイビングというスキルを、潜水判定システムを流用する形で実装したのは、他でもない、私自身だった。まさかあんな使われ方をするとは、当時の私には、想像すらできなかった。それでも、あの誤算が、こうして巡り巡って、正式な海洋コンテンツの実装へと繋がっていく。技術者として、なんとも不思議な巡り合わせだった。運命という言葉を、私は普段あまり信じない性質だったが、この一件だけは、そう呼びたくなる気持ちも、正直、少しだけ理解できるような気がした。


「本来なら、あのスキルは、初期の付与プールには、含まれていないはずだったんです」


 私は、そう零しながら、当時の記憶を、改めて辿った。


「開発初期の頃は、海洋マップが最初から実装される前提で、動いていました。あのスキルも、そういう構想のもとで設計された、水中関連スキルの一つだったんです。それが、開発の途中で、海洋マップの実装自体が見送られることになって」


「それで、除外設定にした、と」


 同僚の合いの手に、私は、小さく頷いた。


「はい。それなのに、サービス開始の直前になって、なぜか、あのスキルだけが、こっそり復活して、初期プールに紛れ込んでしまっていたんです」


「なぜ、そんなことに?」


「正直、当時の記憶も、あまりはっきりとは残っていなくて……。それでも、今にして思えば、途中から海洋マップを追加するとなると、あの手のスキルの特性上、新規登録者にしか配布できなくなってしまうんですよね。既存プレイヤーには、もう行き渡らない。実質、無駄になってしまう開発スキルだった。それを、なんとなく、諦めきれなかったのかもしれません。気がついたら、なぜか、最初のプールの方に、残ってしまっていて」


「あの頃、あのスキルは、海洋マップ実装時に追加予定のレアスキルだって、説明してましたよね」


 同僚のその言葉に、私は、思わず、言葉に詰まった。


「あー……えっと、実はあれ、除外設定にした後も、なんとなく手元に残しておいて、たまに一人で、こっそり動作確認だけ続けてたやつなんですよね……」


 思わず、口を滑らせてしまった。しまった、と思った時には、既に遅かった。


「……は? ちょっと待ってください、除外設定にした後も、勝手に個人で動作確認を続けてたってことですか?」


 プロジェクトリーダーの声が、一気に低くなった。周囲の空気も、一瞬にして、ぴりっと張り詰めたものに変わる。


「い、いや、その、正式に除外した後だったので、業務時間外に、こっそり自分の検証環境だけで……」


 しどろもどろになりながら、私は、必死に言い訳を並べ立てた。それでも、リーダーの視線は、まったく緩む気配を見せなかった。


「桜庭さん、それ、今初めて聞きましたよ」


 同僚からも、呆れたような声が飛んでくる。あの日の失態が、今更ながら、こんな形で蒸し返されるとは、正直、まったく想定していなかった。


「す、すみません……」


 思わず、深々と頭を下げる。それでも、心のどこかで、ようやく肩の荷が下りたような、そんな気持ちもあった。ずっと胸の奥に、後ろめたさとして残っていた、あの秘密。それを、こうして正直に打ち明けられたことに、私は、確かな安堵を覚えていた。


「それでいうと、一ノ瀬さんだって、似たようなものじゃないですか」


 思わず、そんな一言が、口をついて出た。


「え、どういうことですか」


「イエローサブマリンの同型機、あれ、随分前から『性能調整中』のステータスにされてるの、知ってます? カタログ上には、ベースモデルとして、ちゃんと残ってるから見ることはできるんですけど、実際には、ずっと選択できない状態になってて」


 同僚たちが、一斉に、驚いた表情を浮かべた。


「一ノ瀬さん、それ、本当ですか」


 ちょうど通りかかった一ノ瀬さんに、誰かが、そう問いかけた。


「ん? ああ、それか」


 一ノ瀬さんは、悪びれる様子もなく、あっさりとそう認めた。


「どうせ、あの機体、誰も選んでなかったわけだからな。それなら、実質、あの子の専用機みたいなものにしておいても、別に困る人間もいないだろう」


 その、あまりにも堂々とした開き直りに、私は、思わず、言葉を失った。


「一ノ瀬さんも、大概ですね……」


「お互い様だろう」


 一ノ瀬さんは、そう言うと、悪戯っぽく笑いながら、去っていった。フロア全体に、なんとも言えない、温かい笑いが広がっていった。


「そういえば、最近、クレームも結構増えてるんですよね」


 同僚の一人が、ふと、そう切り出した。


「クレーム、ですか」


「はい。『自分もるかさんみたいに無敵プレイがしたい』とか、『インパクトスマッシャーを撃ちたいんだ』とか、そういう類の要望が、最近、地味に多くて」


「まあ、あの無敵は、シャドーダイビングっていう特殊スキル由来だからな。真似したくても、そもそも入手経路自体、もう存在しない。無視でいいだろう」


「インパクトスマッシャーの方はどうなんですか。あっちは、別にスキルってわけじゃないですよね」


「ああ、パイルバンカー自体は、機構としては誰でも装備できる。それでも、あの威力や迫力は、正直、あの子の機体の規格外のサイズがあってこそだからな」


「確かに、普通サイズの機体でパイルバンカーを撃っても、あそこまでの豪快さは出ないですもんね」


「そういうことだ。真似しようにも、そもそも土俵が違う」


 その説明に、同僚たちも、揃って納得したように頷いた。


「こういう、特殊な例外要素の管理といえば」


 一人が、ふと、思い出したように、そう切り出した。


「あの一件がきっかけで、今の確認体制が整備されたんですよね」


 同僚のその言葉に、私は、静かに、しかし確かに頷いた。あの日以来、除外リストの反映漏れを防ぐための、二重三重の確認フローが、新たに整備された。皮肉なことに、あの小さなミス一つが、今の私たちの仕事の在り方そのものを、確かに変えてくれたのだった。


「そういえば、白峰さんは、この発表、どんな反応だったんですか?」


 同僚のふとした問いに、私は、小さく笑った。


「実は、さっき、廊下でばったり会ってね」


 そう言いながら、私は、つい先ほどの光景を、改めて思い出していた。


 廊下の向こうから歩いてきた白峰さんは、私の姿を見つけると、珍しく、自分から声をかけてきた。


「桜庭さん、少し、いいですか」


「あ、はい、なんでしょう」


「今回の発表、拝見しました。結局、不正でもなんでもなかったわけですね」


 その声には、これまで見たことのない、確かな穏やかさが滲んでいた。


「毎日『また異常なし』と、上に報告を上げ続けてきた日々が、正直、ずっと苦しかったんです。それでも、こうしてはっきりとした形で決着がついて……なんだか、心の底から、ほっとしました」


 白峰さんの、その素直な言葉に、私は、思わず、胸が熱くなった。


「あの、調整不備を作ってしまったのは、私なので……ずっと、申し訳ない気持ちもあったんです」


「いえ、桜庭さんが謝ることじゃありません。むしろ、あなたの技術のおかげで、こうして海洋マップという、確かな形にまで繋がったわけですから」


 白峰さんは、そう言うと、珍しく、はっきりとした笑顔を見せてくれた。


「これからも、お互い、頑張りましょう」


 短いその一言を残して、白峰さんは、廊下の向こうへと歩き去っていった。その後ろ姿を見送りながら、私は、なんだか、これまでとは違う、確かな絆のようなものを感じていた。


「――っていう感じでね。なんだかすごく、ほっとした顔をしてたよ」


 思えば、白峰さんは、ずっと「また異常なし……」と呟きながら、来る日も来る日も、調査を続けてきた人だった。海洋マップが実装されれば、あの潜水絡みの挙動も、この世界の中で、ようやく正式な居場所を持つことになる。ただ少し特殊な、一つのスキルの効果として。不正の証拠を探し続けてきたあの日々が、最初から、存在しない証拠を追いかけていただけだったのだと、今なら、誰の目にもはっきりとわかる。


「あの人も、ようやく、肩の荷が下りたんじゃないですか」


 同僚のその言葉に、私は、静かに頷いた。あれだけ胃を痛め続けてきた日々に、こんな形で、確かな意味が生まれる。それもまた、この巡り合わせの、小さな贈り物の一つなのかもしれなかった。


「NEREID MARINE製フレームの調整、最終確認は終わりましたか」


 プロジェクトリーダーの声に、私は、手元の資料を丁寧に確認しながら答えた。


「はい。水中での挙動、推進力、旋回性能、それらすべてが、想定通りの数値が出ています。特に、あの子の機体――イエローサブマリンについては、他のどの機体よりも入念に、重点的な検証を重ねました」


「あの子の機体、か」


 プロジェクトリーダーが、思わず、そう零しながら、小さく、それでいて確かに笑った。


「開発陣の中でも、あの機体への注目度は、正直、他のフレームとは比べ物にならないほどでしたね」


 プロジェクトリーダーが、そう言いながら、懐かしそうに、それでいて確かに目を細めた。


「思えば、あの機体のためだけに、私たちも本当に随分と、特別な調整を重ねてきましたね」


「本当ですね。普段の業務とは、まったく違った、独特の緊張感がありました」


 私がそう答えると、周囲からも、共感するような笑い声が漏れた。あの機体一つのために、これほどまでにチーム全体が心血を注いだことは、正直、これまでになかったかもしれない。それでも、その苦労を、誰一人として、後悔している様子はなかった。


「それだけ、みんな期待しているということですよ」


 私は、そう答えながら、内心では、確かで大きな誇らしさを感じていた。あの頃、人気投票では最下位に沈んでいたはずの機体が、今や、開発陣全員が心待ちにする、特別な存在になっている。あの頃の自分に、この光景を見せてやりたいくらいだった。


 思えば、この仕事に就いたばかりの頃、私は、こんなにも大きな責任を背負うことになるとは、想像もしていなかった。それでも、今、こうして振り返ってみると、あの誤算すらも、確かな成長の糧になっていたのだと思う。


「それにしても、あの子は、本当にすごいですね」


 同僚の一人が、少し離れた席から、ふと、そう呟いた。


「バグに頼らずとも、あそこまで多くの人を惹きつける。あの子自身の在り方が、ちゃんと魅力になっているんだと思います」


 その言葉に、私は、静かに、しかし確かに頷いた。


「それにしても、結局、あのバグ、直せないまま海洋マップの実装まで来ちゃいましたね」


 同僚が、ふと、そんなことを漏らす。私も、思わず、苦笑いを浮かべた。


「本当にね。あれだけ検討を重ねても、結局、手が出せなかった」


「でも、これだけ環境が大きく変わるなら、もしかしたら……あの子のスキル自体も、少しずつ変質していくかもしれませんよね」


 同僚のその言葉に、私は、思わず、手を止めた。


「深層心理に基づく願望の話か」


「はい。そもそも、あの初期付与自体、深層心理だけで一つに完全に決まり切るわけじゃないはずです。願望の大まかな方向性――いわばベースが、まず深層心理から選ばれて、そこから、個人の願望の細かな幅に応じて、微量にスキルの内容が変質した状態で、実際には付与されるんですよね」


 同僚のその指摘に、私は、静かに頷いた。


「そう。しかも、それで終わりじゃない。付与された後も、本人の深層心理が成長を続ける限り、そのスキル自体が、微量ずつ、変化し続けているんじゃないか、という説もある」


「なるほど……それなら、少しは希望が持てるかもしれませんね」


「はい。海洋マップの実装で、あの子の生活も、配信も、きっと大きく変わっていくはずです。それだけの変化があれば、もしかしたら、あの子自身の深層心理にも、何か変化が起きているかもしれません。そうなれば、あのスキルも……」


 同僚の声には、確かな期待が滲んでいた。それが叶えば、あの厄介なバグに、私たちが頭を悩ませ続ける必要もなくなるかもしれない。そんな淡い希望を、私も、正直、少しだけ抱いてしまった。


 それでも――


「いや、逆に、もっとヤバい方向に転ぶ可能性もあるんじゃないか」


 プロジェクトリーダーが、そう静かに、それでいて確かに水を差した。


「深層心理の変化というのは、必ずしも、こちらにとって都合の良い方向に働くとは限らない。むしろ、今よりもっと強く、もっと制御が難しい方向に進む可能性だって、十分にあり得る」


 その一言に、部屋の空気が、一瞬、静かに引き締まった。確かに、その通りだった。あの子自身の心の在り方次第で、あのスキルが、どちらの方向にも転びうる。それは、期待であると同時に、確かな不安要素でもあった。


「まあ、今はまだ、あくまで仮説の話だ。実際にどうなるかは、誰にもわからない」


 プロジェクトリーダーの、その締めくくりの言葉に、私は、静かに頷いた。それでも、あの子自身の中で、何かが確かに動き始めているのかもしれない。そんな予感だけは、なぜか、拭いきれずにいた。


 あのバグが、いつか本当に修正される日が来るのかどうか、それは、今の私にもわからない。それでも、あの子自身の歩みは、あのバグとは、まったく関係のないところで、確かに輝きを放ち続けている。


「さて、実装まで、もうあと少しだ。最後の詰めを、気を抜かずにやっていこう」


 プロジェクトリーダーの、その力強い言葉に、チーム全員が、力強く頷いた。この部屋に満ちる、あの確かな士気の高さを、私は、肌でしっかりと感じ取っていた。私も、改めて気を引き締めながら、目の前のモニターへと向き直った。


 窓の外は、既にすっかり夜の色に染まっていた。それでも、今夜だけは、不思議と、疲れをまったく感じなかった。長い長い道のりの先に、ようやく見えてきた、確かなゴール。それを、あの子と一緒に、この目で見届けられる日が、もうすぐそこまで来ていた。あの日、誤って混入させてしまったスキルが、こんな未来へと繋がっていくとは、当時の私には、想像すらできなかった。それでも、今なら、はっきりと言い切れる。この巡り合わせに、確かな、そして深い感謝の気持ちを抱いていると。


 実装の日、あの子は、一体どんな表情で、あの広大な海を見つめるのだろうか。想像するだけで、私の胸にも、確かな高揚感が、静かに込み上げてきた。この仕事に携われたことを、私は今、心の底から、深く誇りに思っていた。

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