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ZERO-DAY ONLINE ~チュートリアルを飛ばしたら不人気機体で世界最強になってました~  作者: 白い鴉


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【最終話】73.今日も配信?

 その日の朝、俺は、いつもより早くから、身支度を整えていた。慣れないシャツに袖を通し、鏡の前で、何度も自分の格好を確認する。それでも、鏡に映る自分の表情は、誰の目にも明らかなくらい、こわばっていた。


「楓、そろそろ時間だけど、大丈夫?」


 母さんの、そんな声が、階下から聞こえてきた。俺は、大きく深呼吸を繰り返しながら、「うん、大丈夫」と、そう答えた。それでも、その声は、自分でもわかるくらい、はっきりと震えていた。


 約束の時間ちょうどに、家の前に、一台の車が、静かに停まった。カーテンの隙間から、その様子を確認した瞬間、俺は、思わず、大きく息を呑んだ。


「楓、車、来たみたいだよ」


 母さんの声に、俺は、震える手で、玄関へと向かった。靴を履く。バッグを持つ。深呼吸を、何度も、何度も繰り返す。それでも、玄関のドアの前に立った瞬間、体が、まったく動かなくなった。


 ドアの向こう。その先には、見慣れない景色と、見知らぬ運転手と、これから向かう、まったく知らない場所が待っている。頭では、大丈夫だと、何度も自分に言い聞かせた。それでも、体は、まるで石になったかのように、微動だにしなかった。


「楓? どうしたの?」


 母さんの、心配そうな声が、すぐ近くから聞こえてくる。それでも、返事をする余裕すら、その時の俺にはなかった。呼吸が、どんどん浅く、速くなっていく。視界の端が、ぐにゃりと歪んで見えた。


 バッグの中で、スマホが、震え続けていた。運転手からの、確認の連絡だった。それでも、電話に出ることさえ、その時の俺にはできなかった。


 結局、俺は、玄関にへたり込んだまま、どれくらいの時間、そうしていただろうか。母さんが、そっと隣に座り込み、何も言わずに、ただ黙って背中をさすり続けてくれていた。


 しばらくして、ようやく呼吸が落ち着きを取り戻した頃には、約束の時間は、とっくに過ぎていた。


 母さんが、代わりに、運営へと連絡を入れてくれた。電話越しに聞こえてきたのは、朝霧さんの、驚くほど穏やかな声だった。「大丈夫ですよ、こちらこそ、急かしてしまって、すみませんでした。また今度、無理のない時に」――そう、静かに言ってくれたらしい。


 その優しさが、かえって、俺の胸に、重くのしかかった。がっかりされる方が、まだ楽だったのかもしれない。それだけ、自分自身への不甲斐なさが、拭いようもなく募っていった。


 あの日から、一夜が明けていた。


 その夜、俺は、ほとんど眠れなかった。布団の中で、何度も、あの瞬間を思い返してしまう。迎えの車が、確かに家の前まで来てくれていたのに。玄関のドアに手をかけただけで、体が、まったく動かなくなってしまった、あの感覚。情けなさと、悔しさと、それから、うまく言葉にできない焦りのようなものが、夜通し、頭の中をぐるぐると回り続けていた。


 それに、と俺は、暗い天井を見つめながら思う。あのPVは、前倒しになった実装スケジュールに合わせて、急いで準備されているものだった。朝霧さんは、いつも通り「無理のない範囲で」と言ってくれていた。それでも、運営側には、悠長に待っていられるだけの時間なんて、本当は残されていないはずだった。自分の弱さのせいで、あの人たちの努力を、これ以上無駄にするわけにはいかない。そんな責任感にも似た焦りが、単なる自己嫌悪と絡み合いながら、胸の奥で、確かに膨れ上がっていった。


 このままじゃ、駄目だ。


 いつからか、その一言だけが、頭の中に、繰り返し繰り返し、こだまするようになっていた。変わらなきゃいけない。今すぐ、何かを変えなきゃいけない。そんな、焦燥にも似た衝動が、気づけば、抑えようもないほど大きく膨らんでいた。


 朝、ほとんど眠れないまま迎えた食卓で、俺は、椅子から勢いよく立ち上がっていた。


「今日、外に出る」


 自分でも、驚くほど強い声だった。母さんは、箸を止め、明らかに戸惑った様子で、俺の顔を見上げた。


「え、楓、急にどうしたの。昨日、あんなことがあったばかりなのに」


「今日じゃないと、駄目なんだ」


 思わず、そう繰り返す。うまく説明できる自信なんて、まったくなかった。それでも、今この瞬間を逃したら、二度と踏み出せなくなる。そんな確信だけが、はっきりとあった。


「ちょっと待って。せめて、今日じゃなくても……」


「駄目なんだ、今日じゃないと」


 母さんの言葉を遮るようにして、俺は、そう繰り返してしまった。母さんの顔に、はっきりとした心配の色が浮かぶ。


「楓、無理しないで。そんなに焦らなくたって……」


「焦ってなんかない」


 思わず、語気が強くなる。それが、嘘であることは、自分が一番よくわかっていた。それでも、止まれなかった。


「ごめん、行ってくる」


 最後まで聞かず、俺は、そのまま玄関へと向かった。背後から、母さんが、何か言いかけている声が聞こえた。それでも、振り返る余裕はなかった。今、立ち止まってしまえば、二度と動けなくなる。そんな予感だけが、確かにあった。


 玄関で靴を履く手は、正直、震えていた。それでも、止まらなかった。心臓が、うるさいくらいに早鐘を打っている。手のひらにも、じんわりと汗が滲んできた。それでも、玄関のドアに手をかける手だけは、不思議と、止まらなかった。


 その記憶が、鮮明に蘇った途端、胸の奥が、きゅっと締め付けられるような感覚があった。息が、一瞬、うまく吸えなくなる。それでも、今日のそれは、あの時ほど激しくはなかった。数回、意識してゆっくりと呼吸を繰り返すうちに、その小さな波は、少しずつ、しかし確かに収まっていった。


「大丈夫……今日は、いける」


 誰に聞かせるでもなく、そう小さく呟く。確信なんて、正直、どこにもなかった。それでも、ここで止まってしまえば、きっと二度と動けなくなる。ただ、その一心だけが、今の俺を、かろうじて前へと押し出していた。


 外の空気は、思っていたよりもずっと、澄んでいた。陽の光が、まぶしいくらいに、地面を照らしている。しばらく外を歩いていなかったせいか、その眩しさに、俺は思わず、目を細めた。風の匂いすら、なんだか、いつもより濃く感じられるような気がした。


 特に目的があったわけではない。ただ、近所を、少しだけ歩いてみようと思っていた。一歩、また一歩と、足を進めるたびに、緊張が、体の奥から込み上げてくる。それでも、その緊張の中に、どこか、小さな高揚感も混じっているような気がした。すれ違う人たちの何気ない視線一つにも、思わず身構えてしまう。それでも、足を止めることだけは、しなかった。


 道端の塀の上で、一匹の猫が、こちらをじっと見つめていた。近づいても、逃げる素振りすら見せない。そののんびりとした様子に、俺は思わず、小さく笑ってしまった。配信の画面越しでばかり見てきた猫動画とは、また違う、確かな存在感があった。


 しばらく歩いていると、前方から、見覚えのある人影が近づいてくるのが見えた。俺は、思わず、足を止めた。


 あの背格好、あの歩き方。忘れるはずもない、あの顔。高校時代、教室でよく言葉を交わした、数少ない相手の一人だった。


「……楓?」


 その人影が、俺を見て、はっきりと足を止めた。


 相沢、陽斗だった。


 高校時代、数少ない友人の一人だった、あの相沢だった。


 まさか、こんな場所で、こんな形で、再会することになるとは、正直、まったく想像すらしていなかった。もう何年も、まともに顔を合わせることのなかった相手が、突然、目の前に現れた。その事実だけで、頭の中が、一瞬、真っ白になった。


「あ……」


 思わず、声にならない声が漏れる。頭の中が、一気に、確かに真っ白になった。


「久しぶりだな。やっぱり、楓だよな」


 相沢が、そう言いながら、少しずつ、こちらへと近づいてくる。その声には、確かな懐かしさと、それでいて、どこか気遣うような響きが滲んでいた。あの頃と、まったく変わらない、懐かしい声だった。


 それでも、俺の頭の中には、その声が、うまく届いてこなかった。心臓が、さっきよりもずっと速く、激しく脈打っている。息を吸おうとしても、うまく肺に空気が入ってこない。喉の奥が、きゅっと締め付けられるような感覚があった。手の先が、じんわりと痺れていくのがわかる。周りの音が、まるで水の中にいるみたいに、遠くくぐもって聞こえた。


「あ……え、えっと……」


 言葉が、うまく出てこない。呼吸が、どんどん浅く、速くなっていく。目の前の景色が、ぐにゃりと歪んで見えた。足元が、まるで地面から浮いているような、そんな奇妙な感覚さえあった。


「楓、本当に大丈夫か?」


 相沢の声に、確かな心配の色が滲んだ。それでも、俺は、うまく答えることができなかった。ただ、必死に、酸素を求めて、喘ぐように呼吸を繰り返すことしかできなかった。頭の片隅では、こんな姿を見られたくない、という思いもあった。それでも、体の反応は、そんな理性を、まるで置き去りにしていた。


 どうして、今更、こんな。あれだけ配信の中では、堂々と振る舞えていたはずなのに。現実の、しかも、過去を知る相手を前にした途端、体が、勝手に、悲鳴を上げ始めていた。画面の向こうでなら、いくらでも強くいられた。それなのに、生身の自分は、まだこんなにも弱いままなのだと、思い知らされているようだった。


「楓、聞こえるか。とりあえず、あそこに座ろう」


 相沢が、静かな、それでいて確かな声で、そう促してくれた。俺は、言われるがまま、すぐ近くのガードレールに、崩れ落ちるように腰を下ろした。


「大丈夫、大丈夫だから。焦らず、ゆっくりでいい」


 相沢は、俺の隣に、少しだけ距離を置いて腰を下ろすと、それ以上、無理に近づいてくることはしなかった。ただ、静かに、そこにいてくれた。その絶妙な距離感が、今の俺には、何よりもありがたかった。


「ゆっくり、吐く方を意識して。吸う方は、勝手に入ってくるから」


 その言葉に、俺は、必死にすがりつくようにして、意識を呼吸に向けた。吸う、吐く。吸う、吐く。それでも、なかなか、うまくいかなかった。


「焦らなくていい。俺は、ずっとどこにも行かないから」


 その一言に、俺は、少しだけ、体の力がふっと抜けるのを感じた。息が、少しずつ、確かに、ゆっくりと落ち着いたものに変わっていく。


 どれくらいの時間が経っただろうか。ようやく、呼吸が、少しずつ、落ち着きを取り戻し始めた。それでも、まだ、手の震えは、完全には収まっていなかった。視界だけは、少しずつ、はっきりと元通りになっていくのがわかった。


「ごめん……急に、こんな……」


 思わず、そう呟く。声は、まだ少しかすれていた。相沢は、静かに、しかしはっきりと首を振った。


「謝らなくていい。むしろ、俺の方こそ、急に声かけて悪かった」


 その言葉に、俺は、ゆっくりと顔を上げた。相沢の表情には、責める色は、どこにもなかった。ただ、心配と、それから、確かな懐かしさだけが、そこにはあった。


「実は……」


 相沢が、少しだけ、言葉を選ぶように、そう切り出した。その表情には、確かな迷いのようなものも、微かに見て取れた。


「前から、気づいてたんだ。あの『るかちゃんねる』の、るかって配信者。あれ、楓だろって」


 その言葉に、俺は、思わず、体を強張らせた。心臓が、また少し、確かに速くなり始めるのを感じる。それでも、相沢は、そのまま、静かに続けた。


「別に、責めてるわけじゃない。ただ、時々、配信を見てたんだ。楽しそうに笑ってる、あの声を聞いてると、なんか、こっちまで嬉しくなって」


 その一言に、俺は、思わず、目頭が確かに熱くなるのを感じた。


「誰にも言うつもりはない。今日、声をかけたのも、本当に、ただの偶然だったんだ。それでも、こうして直接会えたのは、ちょっと、嬉しかった」


 相沢の、その飾らない、それでいて確かな言葉に、俺は、ようやく、素直に頷くことができた。


「ありがとう……相沢」


 思わず、そう零す。声は、まだ少し震えていた。それでも、この気持ちだけは、きちんと伝えたかった。


「なんか、本当に情けないところ、見せちゃったな」


 思わず、そう続けてしまう。相沢は、静かに首を振った。


「そんなことない。誰にだって、うまく言葉にできないことの一つや二つくらい、あるだろ」


 その一言に、俺は、思わず、目を伏せた。高校時代、うまく喋れずに、教室の隅で、いつも縮こまっていた、あの頃の自分。それでも、相沢は、あの頃から、変わらず、こうして優しく接してくれていたのだと、改めて思い出された。


「久しぶりに、ちゃんと話せて、良かった」


 相沢が、そう言いながら、優しく、それでいて確かに笑った。その笑顔に、俺は、あの高校時代の記憶が、確かに、鮮明に蘇ってくるのを感じた。


 しばらく、他愛のない会話を交わした後、相沢とは、また今度、改めてゆっくり話そうと約束をして、別れた。振り返ると、相沢が、小さく手を振ってくれているのが見えた。俺も、それに、静かに、それでも確かに手を振り返した。


 家に戻る道すがら、俺は、何度も、今日の出来事を、頭の中で丁寧に反芻していた。あれだけ怖かったはずなのに、今は、不思議と、確かな清々しさだけが、胸の中に静かに残っていた。


 家に着くと、母さんが、心配そうな面持ちのまま、玄関先で待っていてくれた。


「おかえり……! 大丈夫だった?」


 その声には、隠しきれない安堵が、はっきりと滲んでいた。俺は、思わず、深く頭を下げた。


「ごめん、朝、強引に出てっちゃって。すごく心配かけたよね」


「ううん、いいの。無事に帰ってきてくれたなら、それだけで、十分だから」


 母さんは、そう言いながら、俺の顔を、まじまじと確認するように見つめた。それから、ほっとしたように、小さく息を吐いた。


「おかえり。どうだった?」


「うん……なんか、本当にいろいろ、あった」


 それだけしか、言えなかった。うまく言葉にまとめる余裕は、まだなかった。それでも、母さんは、それ以上、深くは聞いてこなかった。


「そう。じゃあ、今日はゆっくりと休みなさい」


 いつも通りの、あの何気ない一言。それが、今は、なんだか、とても温かく感じられた。母さんの、この踏み込みすぎない優しさに、俺は、これまで何度も、確かに救われてきたのだと思う。


 部屋着に着替えながら、俺は、もう一度、今日一日の出来事を、頭の中でゆっくりと辿ってみた。あの緊張、あの恐怖、そして、あの温かさ。どれ一つとして、確かに、俺自身の経験だった。逃げずに向き合えたことが、今は、何よりの誇りだった。


 自室に戻り、俺は、ベッドにゆっくりと横になった。今日という日に起きた出来事を、もう一度、丁寧に振り返ってみる。あの過呼吸の恐怖も、相沢との再会の温かさも、全部、確かに、俺自身の、大切な経験だった。逃げ出したいくらい怖かった瞬間も、今こうして振り返ると、不思議と、悪いものだったとは思えなかった。それどころか、確かな一歩を踏み出せた証のようにさえ、感じられた。


 夕食の席で、母さんが、いつものように、ふと、何気なくそう尋ねてきた。


「楓、今日も配信?」


「……うん」


 俺は、迷いのない、はっきりとした笑顔で、そう答えた。


 あの頃、月に数万円くらい稼げたらいいな、という軽い気持ちで始めた配信。それが今、こんなにも多くの人と繋がる、かけがえのない場所になっている。誰にも選ばれなかった、あの黄色い機体と共に、これからも、俺は、この場所で、確かに、着実に前へと進み続けていくのだろう。徒歩でしか進めない、あの一歩一歩も、今となっては、確かにかけがえのない時間だと思える。


 海の向こうには、まだ見ぬ景色が、確かに待っている。それを、これから先も、ずっと楽しみながら、俺は、今日も、いつも通り、ヘッドセットを手に取った。画面の向こうにも、こちら側にも、大切な人たちが、確かに、それぞれいる。その両方を、これからも、大切にしていきたいと思った。





【相沢陽斗視点】


 楓と別れた後、俺は、しばらくの間、その場に立ち尽くしていた。まさか、こんな形で、実際に顔を合わせることになるとは、正直、想像もしていなかった。胸の奥には、まだ確かな余韻が、じんわりと残り続けていた。


 あの日、るかちゃんねるのアーカイブを見ながら、静かに心に決めたはずだった。名乗り出る必要も、正体を暴く必要もない。ただ、静かに見守り続けていたい、と。あの決意は、確かに、今も変わらず、俺の中にあったはずだった。それでも、体は、頭で考えるよりも、正直だった。


 それでも、今日、偶然、道端で楓の姿を見かけた瞬間、俺の口は、頭で考えるよりも先に、勝手に、あいつの名前を呼んでいた。あの瞬間だけは、自分でも、まったく制御が利かなかった。長年の友情というのは、案外、そういうものなのかもしれなかった。


 あんなにも取り乱した楓の姿を見るのは、初めてだった。あの必死な呼吸、震える手。何をどうしてやればいいのか、正直、俺にも、はっきりとした確信があったわけではなかった。それでも、あのまま放っておくことだけは、絶対にできなかった。少しずつ落ち着きを取り戻していく様子を、俺は、隣で、ただ静かに見守り続けていた。


 高校時代、楓は、いつも人混みを避けるようにして、教室の隅で、静かに過ごしていた。あの頃から、変わらず抱え続けていたのだろう、あの生きづらさ。それを、今日、改めて、目の当たりにした気がした。あの頃、もっと積極的に声をかけてやれていたら、何か違ったのだろうか。そんな益体もない考えが、ふと頭をよぎった。それでも、過去は変えられない。今、こうして再び繋がれたことの方が、よほど大切なのだと、俺は自分に言い聞かせた。


 それでも――


 落ち着きを取り戻した後の、あの笑顔。あの照れくさそうな、それでいて確かな温かさを持った表情。あれは、俺の記憶の中にある、あの頃の楓とは、また違う、新しい一面だった。あの頃は、決して見せてくれなかった表情だった。


 思えば、高校時代の楓は、いつも誰かの顔色を窺うようにして、控えめに笑っていた。それが、今日見せてくれた笑顔には、確かな芯のようなものが、はっきりと感じられた。あいつは、あいつなりに、確かに、着実に強くなっているのだと、俺は、素直にそう思えた。


 配信の中で見せていた、あの明るさ。それは、決して作り物ではなく、確かに、楓自身の一部になっているのだと、今日、はっきりと実感できた。画面の中と、現実の中。二つの自分を、あいつなりに、確かに、少しずつ繋げ始めているのかもしれない。


 あいつが、こうして少しずつ、自分の殻を破ろうとしている。その事実だけで、俺の胸の中にも、確かな温かいものが込み上げてきた。焦らなくていい。それでも、確かに、前へと進み続けている。それだけで、十分だった。


 俺自身も、あいつの姿を見て、少しだけ、考えさせられることがあった。誰かの背中を追いかけるだけでなく、自分自身も、確かに前へと進んでいかなければならない。そんな、当たり前だけど、忘れがちなことを、今日、改めて思い知らされた気がした。


 スマホを取り出し、俺は、るかちゃんねるのページを、そっと開いてみた。まだ、今日の配信は始まっていないようだった。それでも、今日という日を経て、あいつが、これからどんな配信を見せてくれるのか、俺は、確かに楽しみになっていた。


 これから先も、俺は、きっと、何も言わないままでいるだろう。それでも、こうして時々、あいつの活躍を、画面越しに見守り続けることは、これからも、ずっと続けていきたいと思った。今日のような偶然の再会が、またいつか、あるかもしれない。次に会う時は、きっと、もっと自然な笑顔で、言葉を交わせるはずだった。誰にも言うつもりはない。ただ、こうして繋がりを持てたことだけは、確かな事実として、俺の中に残り続けるだろう。


 夕暮れの空を見上げながら、俺は、静かに、そんなことを考えていた。楓が、これから先も、あの場所で、笑顔でい続けられますように。柄にもなく、俺は、そんな願いを、そっと心の中で呟いていた。


 空は、少しずつ、オレンジ色から、深い紫へと色を変えていく。その移り変わりを、俺は、しばらくの間、ただ静かに眺め続けていた。今日という日が、俺にとっても、確かに、忘れられない一日になったことだけは、間違いなかった。


 ポケットの中のスマホが、微かに震えた。画面を見ると、楓から、短いメッセージが届いていた。


『今日は、本当にありがとう。また、話そう』


 その短い一文に、俺は、思わず、口元が緩むのを感じた。


『こちらこそ、ありがとう。無理せず、ゆっくりでいいから』


 そう返信を打ちながら、俺は、確かで深い温かさを、胸の奥に感じていた。あいつが、これから先も、確かに、自分らしく前へと進んでいけますように。俺は、そんな願いを、改めて、静かに、それでいて強く思った。

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