↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ZERO-DAY ONLINE ~チュートリアルを飛ばしたら不人気機体で世界最強になってました~  作者: 白い鴉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
69/73

69.公式謝罪配信

 あのミラーイベントから、数日が経っていた。あの日の興奮と混乱も、ようやく少しずつ落ち着きを取り戻しつつあった。


「今日、確か、運営から何か発表があるんだよね?」


 朝食の席で、母さんが、そう尋ねてきた。


「うん、俺もそう聞いてる。内容は、正直、まだよくわかってないんだけど」


「もしかして、この間話してた、PV撮影の件と関係あったりするのかな?」


「うーん、それはちょっとわからないかな。全然別件かもしれないし」


 箸を止めながら、俺はそう答えた。それでも、内心では、少しだけ、そわそわした気持ちも抱えていた。母さんは、興味深そうに、それでも深くは踏み込まず、静かに頷いていた。この絶妙な距離感が、俺にとっては、いつも心地よかった。


「そうなんだ。楓が頑張ってるゲームのことだもんね。頑張ってね」


 いつも通りの、あっさりとした反応だった。それでも、その一言には、確かな温かさが込められているように感じられた。以前は、俺のゲームのことなんて、あまり気にも留めていない様子だったのに、最近では、こうして自然に、応援の言葉をかけてくれるようになっていた。


「るかちゃんねる、今日はちょっと特別な配信です! 実は今から、運営さんの謝罪配信があるんだって!」


 開始早々、そう告げると、視聴者たちの反応も、いつも以上に活発で、慌ただしいものだった。


 いつも通りのテンションでそう告げながら、俺は画面の隅に、公式の告知バナーを、大きく表示させた。


【コメント】ついに来たか

【コメント】敵運用チームのやつだよね

【コメント】どんな謝罪するのか楽しみすぎる

【コメント】そわそわする


 視聴者たちのコメント欄にも、期待と好奇心が入り混じった空気が漂っていた。俺自身、正直、少しだけそわそわしていた。何が語られるのか、皆目見当もつかなかった。あの日の記憶は、まだ確かに、体のあちこちに染み付いたままだった。あの両腕インパクトスマッシャーの反動も、思い出すたびに、なんとなく手のひらが、じんわりと痺れるような気がした。


 やがて、画面の向こうに、見覚えのある運営のロゴと共に、真剣な表情をした担当者たちが映し出された。普段の配信では見かけない、あの緊張感のある空気に、俺も思わず、姿勢を正した。画面越しにも、確かに伝わってくる、独特の空気があった。


「このたびは、ミラーイベントにおける敵ユニットの調整不備により、参加プレイヤーの皆様、ならびに視聴者の皆様に、多大なるご迷惑とご心配をおかけしましたこと、心より深くお詫び申し上げます」


 画面の向こうで、担当者たちが、揃って深々と頭を下げる。その一糸乱れぬ姿勢からも、この件を、どれほど真剣に受け止めているかが、はっきりと伝わってきた。あの日、確かに大変な思いをしたはずなのに、不思議と、怒りのような感情は湧いてこなかった。むしろ、こうしてきちんと向き合ってくれる姿勢に、確かな好感すら覚えていた。


「原因は、敵運用チーム内での確認不足により、本来予定されていた強度調整が、一部未実施のまま実装されてしまったことにあります。今後は、こうした事態が二度と起こらぬよう、確認体制を大幅に強化してまいります」


 淡々とした口調ながらも、その言葉一つ一つには、確かな重みが込められているように感じられた。企業として、きちんと非を認め、対策まで明言する。その真摯な姿勢に、俺は少しだけ、意外な感想を抱いていた。


「具体的には、開発チームと敵運用チームの間で、これまで最低限に留められていた情報共有の仕組みを見直し、重要な調整項目については、複数部署での相互確認を義務付けることといたしました」


 思っていた以上に、具体的な対策まで踏み込んだ説明だった。単なる建前のお詫びではなく、本当に再発防止に向き合おうとしているのだと、その言葉の端々から伝わってくる。こういう真摯な姿勢は、ゲームへの信頼感にも、確かに繋がっていくものなのだろう。


「なお、るかさんのミラーユニットについては、優勝者という立場上、出現自体は既定路線でした。それでも、正直に申し上げますと――」


 担当者が、そこで一瞬、言葉に詰まった。心なしか、表情にも、ばつの悪さが滲んでいるように見えた。


「本来組み込まれているはずのない、あの特殊な挙動を抜きにした、純粋なイエローサブマリンの性能で、るかさんと戦ってみたい。そういう、開発陣の個人的な拘りが、今回、強度調整に必要以上に時間をかけてしまう一因にもなりました」


【コメント】え、それただの趣味じゃんw

【コメント】運営、るかさんのこと好きすぎでは

【コメント】愛が重すぎる


「い、いや、その気持ちはわかるっちゃわかるんですけど!」


 思わず、そう突っ込んでしまう。それでも、悪い気は、まったくしなかった。むしろ、あの黄色い機体を、そこまで真剣に見てくれていたのだという事実に、俺は、なんだか照れくさい気持ちになっていた。


「重ねてお詫び申し上げます。それでも、あの調整には、確かな自信を持っております」


 担当者の、少し照れたような一言に、俺は思わず、小さく笑ってしまった。


【コメント】めちゃくちゃ良いエンジニア根性で草

【コメント】結果的にとんでもない死闘になったからな

【コメント】愛されてるな、不沈艦


【コメント】ちゃんと説明してくれてる

【コメント】まあ結果的にみんな成長できたからよかったけど

【コメント】るかさん自分の一撃で吹っ飛んでたの草だった

【コメント】皇帝牙さんも今頃どこかで見てるのかな

【コメント】アイギスさんのギルドも今回大活躍だったよね


 視聴者たちのコメントにも、責める空気よりも、どこか温かい反応の方が目立っていた。あの日の混乱を、今ではもう、笑い話として受け止められているらしい。人間、なんだかんだで、大変だった出来事ほど、後から思い返すと、確かに良い思い出になっているものなのかもしれなかった。


 レンさんは、今頃どんな顔でこの配信を見ているのだろうか。皇帝牙さんは、相変わらず無言のまま、それでも確かに目を通しているのかもしれない。そんなことを考えながら、俺は、あの三人での再会の瞬間を、懐かしく思い出していた。


 あの瓦礫の残る戦場で、それぞれが確かな傷を負いながらも、笑い合えたあの時間。振り返れば振り返るほど、あれは、俺にとって、かけがえのない記憶になっていた。


 ソロだと言い張り続けてきた俺が、あんなにも自然に、誰かとの繋がりを喜べる日が来るとは、正直、思ってもみなかった。あの一連の出来事を通して、俺自身の中の何かが、確かに変わり始めているのかもしれなかった。


「なお、今回の一連のイベントを通じて得られたデータは、今後のコンテンツ開発にも活用させていただく予定です。特に――」


 ここまで淡々と進んでいた説明の空気が、そこで一瞬、確かに変わった。画面の向こうの担当者も、心なしか、姿勢を正したように見えた。


「担当者の方、心なしか嬉しそうな顔してるな」


 思わず、そんな独り言が漏れる。悪い話ではなさそうだ、という直感が、俺の中に確かに芽生えていた。


【コメント】次何言うんだろ

【コメント】期待していいやつ?


 視聴者たちのコメントにも、同じような期待感が、じわじわと広がっているのが見えた。


 担当者の声が、そこで一段と明るくなった。それまでの謝罪の空気とは、確かに違う、期待感を含んだ響きだった。


「INVADER上陸座標の解析データが、想定を上回るペースで蓄積されました。海洋マップの実装に向けた準備が、着実に進んでおります」


「実を申しますと、INVADERの発生座標そのものは、開発当初から、システム内部では固定的に設定されているものです。それでも、社内的な運用方針として、あえて、その座標情報を、現場のプレイヤーサポートチームには開示せず、水中での移動・配備・上陸に至るまでの実際のデータから、逆算的に解析させるという形を取ってまいりました」


 担当者の説明に、俺は思わず、身を乗り出した。


「言ってしまえば、社内向けの、一種の謎解きのようなものです。発生座標そのものを、現場の解析によって突き止めることができれば、その座標を直接踏まえた形での、海洋マップ実装に踏み切れる。そういう設計を、あらかじめ組んでおりました」


「しかしながら、今回のミラーイベントにおける敵運用チームの調整不備により、意図せず、想定よりも多くの解析データが、一挙に蓄積されてしまう結果となりました。本来であれば、まだ解析が完了する段階には至っていなかったものが、こうして急遽、準備を前倒しすることになった次第です」


【コメント】まさかの怪我の功名

【コメント】あのミスがこんな形で活きるとは

【コメント】不幸中の幸いすぎる


 視聴者たちのコメント欄にも、驚きと納得が入り混じった反応が広がっていた。あの一連の騒動が、まさかこんな形で繋がってくるとは、俺自身、思ってもみなかった。


 担当者のその一言に、俺は思わず、画面に釘付けになった。ずっと待ち焦がれていた言葉が、ようやく、公式の口から語られたのだ。心臓が、確かに大きく高鳴るのを感じる。


【コメント】キタ!!!

【コメント】海洋マップ!?

【コメント】るかさんの機体、ついに本領発揮か!?


「え、待って、本当ですか!?」


 思わず、大きな声が出た。誰にも選ばれなかった、あの黄色い機体。ずっと出番を待ち続けていた、あの潜水艦形態が、ついに――。あの整備拠点で、誰にも見向きもされずに佇んでいた、あの日の光景が、脳裏に鮮明に蘇ってきた。


【コメント】待って泣きそう

【コメント】不沈艦がついに海を泳ぐのか

【コメント】長かった…本当に長かった…


 視聴者たちのコメント欄も、俺と同じように、感慨深い空気に包まれているようだった。あの人気最下位だった機体が、こうしてたくさんの人に応援されている。改めて考えると、なんとも不思議な巡り合わせだった。


 あの日、他の誰も見向きもしなかった機体を、なんとなく選んだ。それが今、こんなにも多くの人に見守られている。数奇な運命というのは、こういうことを言うのかもしれなかった。あの日、たった一人で選んだはずの決断が、今ではこんなにも多くの人と繋がっている。


「詳細な実装時期については、追ってお知らせいたします。今しばらくお待ちください」


 具体的な日付は、まだ明かされなかった。それでも、確かな一歩が踏み出されたのだという事実だけで、俺にとっては十分すぎるほどだった。この日を、俺はきっと、これから何度も思い出すことになるのだろう。


 その一言で、公式の映像は締めくくられた。


 放送が終わってしばらくすると、朝霧さんから、メッセージが一件届いた。「配信、拝見していました。大変な思いをされましたね」という、いつも通りの気遣いの言葉から始まっていた。それに続けて、もう一文だけ、珍しく、言葉を選ぶような間を置いて綴られていた。


「正直に言うと、るかさんのこと、ずっと少しだけ、不思議に思っていた部分があったんです。それでも、今日の発表を聞いて、なんだか、腑に落ちた気がします」


「え、そうなんですか?」


 思わず、そう聞き返してしまう。


「深い理由は、私にもよくわかりません。それでも、るかさんが、るかさんらしく、まっすぐに頑張ってきたことだけは、ずっと近くで見てきたので。それだけで、十分だなって、改めて思えました」


 その言葉に、俺は、なんだかむず痒いような、それでいて確かに温かい気持ちになった。


「朝霧さん、いつもありがとうございます」


「こちらこそ、いつも本当にお疲れ様です」


 それでも、この短い言葉だけで、俺の胸の中には、確かな期待が膨らみ始めていた。あの巨大な図体を活かしきれる日が、本当に来るのだろうか。想像するだけで、胸の奥が、そわそわと落ち着かなくなってくる。潜水艦としての本来の性能を、この目で確かめられる日を、俺は今、心の底から待ち望んでいた。


「や、やば……なんか、実感湧いてきた……」


 思わず、そんな独り言が漏れる。整備拠点で、「なんかこれでいいや」と、ろくに考えもせずに選んだあの機体。今もなお徒歩移動しかできていない、その積み重ねを思うと、ここまで長い道のりだったのだと、改めて実感させられた。


 まさか、この当たり前の日常の先に、こんな未来が待っているとは、想像すらしていなかった。それでも、あの適当な選択が、こうして今、確かな形で報われようとしている。何が幸いするかなんて、本当にわからないものだと、俺は改めて、しみじみと思う。


 あの日、隣のスキップボタンを間違って押したことも、説明書を一切読まなかったことも、今思えば、全部この機体に出会うための道筋だったのかもしれない。そう考えると、なんだか不思議な気持ちになった。


【コメント】るかさん語彙力w

【コメント】でもわかる、この感覚

【コメント】不沈艦、ついに海へ

【コメント】ここまで応援してきてよかった


 視聴者たちの温かいコメントに、俺は小さく笑いながら、配信を締めくくった。今日という日が、これからの新しい一歩に繋がる予感がして、俺は静かに、その余韻を噛み締めていた。


 配信を終えた後も、しばらくの間、俺は部屋のベッドに寝転がりながら、今日聞いた言葉を、何度も頭の中で反芻していた。海洋マップ。あの潜水艦形態。ずっと憧れながらも、どこか諦めていたはずのものが、少しずつ、確かな現実味を帯びて近づいてきている。


 天井を見上げながら、俺は、これからの配信のことを、あれこれと想像してみた。海の中を自在に泳ぎ回る、あの黄色い機体。想像するだけで、自然と頬が緩んでしまう。あの日、視聴者たちに教えられて挑戦した変形も、今度こそ、確かな意味を持って蘇るのかもしれない。


「不沈艦、ついに海へ、か……」


 誰に聞かせるでもなく、そう呟いてみる。口に出してみると、なおさら実感が湧いてくるようだった。


 あの日、朝食の席で母さんに言われた、あの何気ない一言も、ふと思い出された。頑張ってね。その短い言葉が、今は、いつも以上に、心に染みるような気がした。


 これまで、ずっと陸の上だけで戦い続けてきた。海が舞台になったら、一体どんな戦い方ができるのだろう。想像だけが、次から次へと膨らんでいく。あの巨体で、水中を自在に泳ぎ回る姿を思い浮かべると、それだけで、胸が高鳴った。あの重々しい図体が、水の中では、案外身軽に動けるのかもしれない。そんな想像も、俺の心を、ますます弾ませていった。誰よりも早く、その瞬間を体験してみたい。そんな逸る気持ちを、俺は抑えきれずにいた。


 視聴者たちも、きっと同じように、あの日を心待ちにしているはずだ。そう思うと、自然と、次の配信への意欲が湧いてくる。実装がいつになるのかは、まだわからない。それでも、俺は、その日が来ることを、確かな希望として、胸の中に留めておくことにした。


 これまで積み重ねてきた道のりの先に、確かな未来が見えてきている。そんな実感を胸に抱きながら、俺は、静かに目を閉じた。





【一ノ瀬誠視点】


「よし、収録終わりだ。お疲れ様」


 スタジオの照明が落ちるのを見届けながら、私は、大きく、そして深く息を吐いた。これまでの緊張が、一気に体から抜けていくのを感じる。


「一ノ瀬さん、原稿通りにしっかり読んでいただいて、ありがとうございました」


 スタッフの労いの言葉に、私は苦笑いを返した。あれだけ念入りにリハーサルを重ねたのだから、当然といえば当然だったが、それでも、無事に終えられたことには、確かな安堵があった。生放送特有の緊張感は、何度経験しても、慣れるものではなかった。


「いや、正直、頭を下げる部分は、何度練習しても慣れないものだな」


 軽口を叩きながらも、内心では、確かな安堵を感じていた。あれだけの騒動を起こしてしまった以上、きちんと筋を通して謝罪することは、絶対に必要なことだった。企業として、逃げずに向き合う姿勢を見せる。それこそが、これから先の信頼関係を守るために、何よりも大切なことだと、私は考えていた。


「敵運用チームの方は、その後どうなったんですか」


 スタッフの一人が、そう尋ねてくる。


「確認体制の見直しと、当面のマッチング調整権限の一部制限だな。処罰というよりは、再発防止のための措置だ」


 一方的に責めるだけでは、根本的な解決には繋がらない。仕組みそのものを見直すことこそが、私たちの本当の仕事だった。感情論に流されず、冷静に、確かな対策を積み重ねていく。それが、この業界で長く続けていくための、確かな心構えだった。


 私はそう答えながら、あの一連の騒動を、改めて思い返していた。想定外の事態ではあったものの、結果として、三人のプレイヤーそれぞれが、確かな成長を遂げる機会にもなっていた。皮肉な話だが、あの調整ミスがなければ、あそこまでの化学反応は、生まれていなかったのかもしれない。


「それにしても、るかさんの反応、可愛かったですね。海洋マップの話で、めちゃくちゃ食いついてました」


 スタッフの一人が、思わずそう零す。私も、モニターに映る先ほどの配信の様子を思い出しながら、小さく頷いた。あの純粋な喜びようを見ていると、こちらまで、自然と頬が緩んでしまう。


「あの子には、ずっと苦労をかけてきたからな。ようやく報われる日が来る」


 あの徒歩移動の日々を思い返すと、感慨深いものがあった。人気最下位だったこの機体を、それでも文句一つ言わず使い続けてきた、あの姿勢には、素直に頭が下がる思いだった。


 海洋マップの実装は、これまでずっと、開発の優先度リストの中で、後回しにされ続けてきた案件だった。それが、この一連の騒動をきっかけに、ようやく本格的に動き出そうとしている。これも、あの子たちの奮闘があったからこそ、辿り着けた結果なのだろう。


「そういえば、今回のミラーイベントの戦闘データ、詳しく解析しましたか」


 別のスタッフが、そう切り出してきた。真剣な表情から、何か気になる発見でもあったのだろうかと、私も思わず、興味を惹かれた。


「ああ、一通りは目を通した。それがどうかしたか」


 そう問い返しながら、私は、あの日の戦況記録を、頭の中で再び思い浮かべていた。三者三様の戦いぶりは、何度見返しても、確かな見応えがあった。あの映像を見るたびに、私は、確かな胸の高鳴りを覚えずにはいられなかった。


「るかさんの動きなんですが、あの両腕でのインパクトスマッシャー、正直、想定外の発想でした。誰かに教わったわけでもなく、あの場の思いつきで実行しているのが、データからも見て取れます」


 スタッフの説明に、私は思わず、興味深く耳を傾けていた。事前の戦術会議でも、そんな案は、一切出ていなかったはずだった。


 その報告に、私は思わず、小さく笑ってしまった。


「あの子らしいな。深く考えず、なんとなく良さそうだと思ったことを、そのままやってしまう」


「それでいて、あの威力ですからね。バグの後押しがなくても、あの子自身の判断力や発想力は、確かに育ってきているように見えます」


「それは、そうなんだが……」


 私は、少し複雑な表情を浮かべた。


「あの一撃、異常操作ペナルティが発動していたのを、把握しているか」


「はい、確認しています。それだけの負荷が、機体にかかっていたということですね」


「感心してばかりもいられない。あれは、決して褒められた行動じゃない。本人の安全を考えれば、正直、ヒヤヒヤする一幕だった。今後、こうした無茶な発想が、頻発しないよう、何らかの形で注意喚起する必要があるかもしれないな」


「承知しました。検討しておきます」


 スタッフの返答に、私は、小さく頷いた。それでも、心配ばかりが先に立つわけでもなかった。


 バグの力を借りていた頃とは、また違う種類の強さを、あの子は確かに手に入れつつあるのかもしれない。私は、そんな予感を、静かに胸の内に留めておいた。


 シャドーダイビングの異常が、いつか本当に修正される日が来るのかどうか、それは、今の私にもわからない。それでも、あの子自身の在り方は、あのバグとは、まったく関係のないところで、はっきりと成長を続けている。それだけは、確かに言い切れる気がした。あの機体を選んだ日から今日まで、あの子は、一歩ずつ、着実に前へと進み続けてきたのだから。


「さて、次は海洋マップの開発進捗会議だ。こっちも気を抜けないぞ」


「了解しました!」


 スタッフたちの元気な返事を背に、私は、次の仕事へと向かって歩き出した。まだまだ、やるべきことは、山ほど残っている。それでも、この仕事には、確かなやりがいがあった。


 廊下の窓から、青空が見えた。あの子の機体が、この空の下、ようやく本来の舞台で泳ぎ回る日を想像すると、私は、自然と口元が緩むのを感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。