6.出撃、だけど徒歩で
召喚されたばかりのイエローサブマリンは、格納庫の中でもひときわ目立っていた。
周囲には他のプレイヤーたちが召喚したばかりの機体も並んでいて、それぞれ思い思いのポーズを取らせたり、装甲の色を確認したりしている。誰もが自分の相棒を眺める、似たような時間を過ごしているんだろう。
丸くて黄色い巨体が、他の機体の間からぬっと顔を出している様子は、なんだか少し滑稽でもある。周囲に並ぶ機体の多くは、鋭角的でスマートな造形をしているものばかりで、その中にぽつんと佇む丸っこいシルエットは、明らかに浮いていた。それでも、俺にとってはそれが妙に愛おしく感じられる。誰かに笑われるかもしれない、なんて心配は、なぜか一度も頭をよぎらなかった。
「やっぱ、かわいいな……」
満足げにその周りをぐるりと一周してみる。近くで見ると、装甲の継ぎ目や、腕部に埋め込まれた杭機構の輪郭まで、細かい部分がしっかり作り込まれてるのがわかった。パーツ選びは完全に見た目基準だったけど、こうして完成形を眺めてると、我ながら悪くない組み合わせだったように思えてくる。
色は、単純な黄色っていうより、古い金貨とか真鍮みたいな、渋い金色に近い。ところどころにびっしり打たれたリベットが鈍く光ってて、胴体には潜水艦の窓っぽい丸いパネルが並んでる。その真ん中に、控えめだけど確かに錨のマークが刻まれてて、「あ、これ海のメーカーだったな」って今更思い出した。
肘のところにそのまま杭が仕込まれてる腕は、他の部分よりひと回り太くて、いかにも頑丈そうだ。脚も同じくらいがっしりしてて、全体的に丸っこくて寸胴で、お世辞にもスマートとは言えない。周りに並ぶ他の機体が、みんな鋭角的でかっこいい系ばかりだから、この不格好さは余計に浮いて見える。
それでも、こうして眺めてれば眺めてるほど、この浮きっぷりが逆に愛おしく思えてくる。
こうして自分の相棒をまじまじと眺める時間が、なんだか妙に落ち着く。誰かに評価されるわけでも、比べられるわけでもない。ただ「俺が選んだから、これでいい」って言い切れるものが、人生の中でどれだけあっただろう。進路も、日々の過ごし方も、いつも周りの目を気にして選んできた気がする。この黄色い機体だけは、俺が俺のためだけに選んだものだった。
視界の端に、機体の全長を示す数値が表示されてるのに気づいた。表示された桁数の多さに、思わず二度見してしまう。
「うわ、こんなに大きかったんだ……数字で見ると改めてびっくりするな」
自分がこれほどまでに巨大な機体を選んでたことに、今さらながら実感が湧いてくる。周りの機体と並べてみると、その差は一目瞭然だった。他の機体が乗用車くらいの感覚だとすれば、俺の機体はさながらビルのような存在感だ。
【コメント】改めて見るとやばいサイズ感
【コメント】この図体で徒歩とか、もう見世物レベル
【コメント】逆に唯一無二感あって好き
格納庫の中は、想像していたよりもずっと賑やかだった。あちこちで整備員らしきNPCが機体の点検をしていたり、プレイヤー同士が武器の相談をしていたり、パーツを売買しているらしき露店のようなブースも見える。まるで、出撃前の基地そのものといった雰囲気だった。
露店のひとつには、色とりどりの装飾パーツが並んでいて、機体の見た目をさらにカスタムできるらしい。角のような飾りをつけた機体や、派手なペイントを施した機体とすれ違うたびに、俺は「あれもかっこいいな」「今度あれも試してみたいな」と、目移りしてしまう。店番をしているNPCが、通りかかるプレイヤーに向けて型通りのセールストークを繰り返しているのも、なんだか妙に微笑ましかった。
【コメント】もう次の課金候補探してて草
【コメント】まずは無事に生き延びてからだよ
【コメント】気が早いw
「いやいや、まだ課金とかしてないですよ! 見てるだけ見てるだけ!」
慌てて弁解しながらも、視線はしばらく露店の方に吸い寄せられていた。値札らしき数字を横目で確認してみると、思っていたよりも手が届きそうな金額のものも多い。配信の収益化がまだ先の話だってことも忘れて、一瞬、財布の中身を計算しかけてしまう。
「今度、お小遣い貯まったら、あの角のパーツとか付けてみたいなぁ」
【コメント】気が早すぎるw
【コメント】まだ収益化すらしてないのにw
【コメント】夢を見るのは自由だからいいんじゃない
「そうそう、夢は見るだけならタダですから!」
出口に近づくと、他のプレイヤーたちが次々と自分の機体に乗り込んでいくのが見えた。誰もが慣れた様子で何かのボタンを操作すると、人型だった機体が、まばゆい光とともに滑らかな形状へと変形していく。地を這うように低く構えたシルエットのまま、まるで車のような速さで、あっという間に視界の外へと消えていった。
「うわ、なんかみんな速くない!? どうやってんの、あれ」
颯爽と走り去っていく機体を、俺は羨ましそうに見送った。あんなふうに颯爽と移動できたら、この後の苦労もだいぶ違っただろうに――そんなことを思いながらも、今さらどうにもならないことは、なんとなくわかっていた。
【コメント】あれが変形ってやつだよ
【コメント】ビークルモードだね
【コメント】チュートリアルでやるやつなんだけどな
「へー、そういうのがあるんだ。ふーん」
興味はあるものの、それがまさか自分の機体にも搭載されている機能だとは、俺は考えもしなかった。せっかく手に入れた巨大な相棒を、自分もあんなふうに颯爽と走らせてみたい――そんな気持ちはあったけど、「まあ、私にはできないやつなんだろうな」と、なぜか勝手に納得してしまう。
試しに、視界の中に浮かぶ操作パネルらしきものをいくつか触ってみることにした。武器の切り替え、装備の確認、通信設定――どれも今すぐ必要そうなものではない。そのうちのひとつ、「機体制御」って項目を開いてみると、細かい設定項目がずらりと並んでいた。
「うーん、なんか難しそうな単語ばっかり……」
目についた設定を適当にいじってみると、機体の右腕がびくんと跳ね上がった。慌てて元に戻す。どうやら関節の可動域を調整する項目だったらしい。
【コメント】危ないw
【コメント】変な設定いじらない方がいいと思う
【コメント】そっちじゃない、変形はもっと別のところにあるはず
「あ、これ違うやつだ。えーと、じゃあこっちは……」
別の項目を開いてみると、今度は機体全体の色調を変える設定だった。試しに彩度を上げてみると、黄色い装甲がやけに眩しい蛍光色に変化する。
「うわ、目がチカチカする! 元に戻そ」
いくつかのメニューを行ったり来たりしてみたものの、目当てのものにはたどり着けないまま、俺はあっさりと諦めてしまった。粘り強く探し続けるって選択肢は、俺の中に最初からあまり存在していない。
「まあ、いっか! 見つからないなら仕方ないし!」
あっけらかんとそう言い切ると、メニューを閉じた。
実を言うと、これで完全に諦めたわけじゃなかった。少し休憩を挟んでから、俺はもう一度メニューを開き直す。今度は表示された項目をひとつずつ、順番に眺めていくって、珍しく几帳面なやり方を試してみた。
「装備、ステータス、機体制御、通信……あ、これなんだろ、『フォームチェンジ』って」
見慣れない単語に指先が止まる。これかもしれない、と思った瞬間、俺は迷わずタップしていた。
```
警告:フォームチェンジには専用の操作訓練が必要です。
簡易ガイドを表示しますか?
```
「あ、なんか出た! これこれ!」
ガイドを表示するボタンを押すと、文字がびっしりと並んだ説明画面が現れる。手順は一から十まで丁寧に書かれていたが、その量を見た瞬間、目からハイライトが消えた。
「うわ、これ全部読むの……無理かも」
それでも、あまりの不甲斐なさに、最初の数行だけは目を通してみることにした。
『フォームチェンジは、対象となる機体の左肩部にある操作パネルを長押しすることで起動します。起動後、機体は自動的に――』
「あ、肩のところ……えっと、こう?」
説明の通り、左肩のあたりに指を伸ばしてみる。けど、実際のパネルらしき部分がどこにあるのか、俺にはさっぱり見当がつかなかった。触ってみても、特に何の反応も返ってこない。
「あれ、なんも起きない。場所間違えてるのかな」
もう少し粘れば見つかったのかもしれない。けど、二行読んだだけで既に集中力が底を尽きかけていた。
【コメント】せっかくたどり着いたのにw
【コメント】あと一歩だったのに
【コメント】読めば変形できたかもしれないのに
「いや、だってこれ、文字だらけなんですよ! 見てくださいこの量!」
言い訳のように画面を指差しながら、俺はあっさりとガイドを閉じてしまった。あと少しのところまで近づいていたことにも気づかないまま、俺は再びメニューを彷徨い始める。
「もう! わかんない! いいもん、歩けば着くし!」
開き直りの早さだけは、相変わらず一級品だった。数分にも満たない試行錯誤の末、俺はあっさりと変形の習得を諦めてしまう。もっとも、これが「習得できなかった」というより「別に必要ないからやめた」くらいの感覚でいるらしかった。
出口へ向かう途中、すれ違ったプレイヤーの一人が、俺の機体をまじまじと見つめてから、ぽつりと呟いた。
「その機体、まさか歩いていくつもりか?」
「あ、はい! そうですけど、なにか?」
「……いや、なんでもない。頑張れよ」
その一言に、なぜか含みのようなものを感じたが、俺は深く気にせず笑顔で会釈だけ返しておいた。すれ違ったプレイヤーは、何か言いたげな顔をしながらも、結局それ以上は何も言わずに立ち去っていく。周囲の他のプレイヤーたちも、ちらちらとこちらを見ては、何か言いたそうにしながらも黙って通り過ぎていった。
【コメント】今の反応、絶対心配されてたよね
【コメント】察してるのにスルーするの逆に強い
【コメント】メンタル最強かもしれない
念のため、近くにいた整備員らしきNPCにも話しかけてみた。
「あの、すみません。担当のコアって、どうやって確認すればいいんですか?」
「出口付近のマップをご確認ください。ご武運を」
定型文であることは明らかだったが、それでも先ほどの案内係よりは、いくらか有益な情報がもらえた気がする。言われた通り出口付近まで進むと、大きなマップらしきものが壁面に表示されていた。近づいてよく見ると、島全体を示す図の上に、いくつかの光点が浮かんでいる。中央にひときわ大きな点――今いる整備拠点らしい――があり、そこから放射状に、五つの光点が均等な間隔で並んでいた。まるで星を描くように、綺麗な五角形を成している。
「これ、なんだろ。星型っぽい配置してるけど」
【コメント】五角形っぽいね
【コメント】たぶん防衛拠点的なやつじゃない?
【コメント】どれか一個が自分の担当なのかな
【コメント】前に考察勢が言ってたけど、この五角形配置って結構意味あるらしいよ
【コメント】INVADERが同時多発的に上陸してくるからこの形になってるとか
【コメント】どこか一箇所に親玉が出るって噂もある
「え、親玉? そんなのもいるんですか?」
思わず聞き返してしまう。コメント欄の情報は玉石混交で、どこまで信じていいのかわからなかったが、それでも少しだけ緊張感が増した気がした。
親玉、か。なんとなく想像してみる。今のところ、俺はまだ普通のINVADERすら間近で見たことがない。いきなり親玉と対峙する未来を想像するのは、さすがに気が早すぎる気がしたけど、頭の片隅にその可能性を置いておくくらいはしておこうと思った。
マップの隅には、小さく点滅する矢印が表示されていた。試しにそれをタップしてみると、五つの光点のうちのひとつが強く光り、経路らしき線が浮かび上がる。地面に伸びていたあの発光ラインと同じ仕組みらしい。整備拠点を出てからも、進むべき方向はちゃんと示されるようだった。
「よし、これで行き先はわかった! じゃあ、行きますか!」
覚悟を決めるように、俺は一度だけ大きく頷いた。誰かに背中を押されたわけじゃない。それでも、この一歩を踏み出す理由なら、ちゃんとあった。頼りになるかどうかもわからない自分が、それでも誰かの役に立てるかもしれない――そう思うだけで、足が自然と前に出た。
格納庫を出ると、外の空気は先ほどまでとはまるで違う緊張感を帯びていた。遠くの空には黒煙が幾筋も立ち上り、地響きのような音が絶え間なく聞こえてくる。
「うわ、外、やっぱりやばい雰囲気……」
周囲を見渡すと、他のプレイヤーたちのビークルモードが、砂煙を巻き上げながら次々と走り去っていくのが見える。その速さを目で追うだけでも、自分がこれからどれだけの距離を、どれだけの時間をかけて歩くことになるのか、なんとなく想像がついてしまった。
「まあ、考えても仕方ないか。歩くって決めたんだし」
巨大な図体が、のっしのっしと大地を踏みしめながら、担当のコアへ向けて歩き出す。
【コメント】変形しろwww
【コメント】なんで歩くんだよw
【コメント】その図体で徒歩は草
【コメント】次からこれ定番ネタになりそう
【コメント】もはや様式美すら感じる
「え、なになに、そんなにおかしい? 私、間違ったことしてる?」
コメントの意味がまるでわからなかった。ただ純粋に、自分にできる方法で前に進んでるだけのつもりだった。この日から、「変形しろ」ってコメントが、俺の配信につきまとう定番のツッコミになっていくことを、当の本人はまだ知らない。
格納庫の外に出ると、周囲を見渡す。他のプレイヤーたちのビークルモードが、砂煙を巻き上げながら次々と走り去っていく光景を、もう何度目になるかわからないくらい見送った。羨ましいと思う気持ちは、正直まだ少し残ってる。でも、それ以上に「まあ、これはこれで俺のスタイルだし」っていう開き直りの方が、今はずっと強かった。
「よし、行くぞ、イエローサブマリン!」
自分に言い聞かせるように、もう一度だけ相棒の名前を呼んでから、俺は一歩を踏み出した。振り返ることなく、俺は格納庫を後にした。
【ARES Entertainment 社内廊下】
「あ、ちょうどよかった。ちょっといいですか」
敵運用チームの担当者が、給湯室から出てきたところを、プレイヤーサポート班の担当者に呼び止められた。
「なんですか、改まって」
「今週の防衛戦、平均クリアタイムが軒並み伸びてるんですけど。そちらの編成、また強気にしてません?」
「いや、通常のローテーション通りですよ。むしろ今週はやや抑えめだったはずです」
「本当ですかぁ? こっちのサポートチケット、苦情めちゃくちゃ増えてるんですけど」
二人はしばらく、廊下の隅で言葉の応酬を続けた。険悪というほどではないが、それなりに気安くない空気が漂っている。
「そもそも、そっちのフロアから編成データ、こっちにほとんど回ってこないじゃないですか。何が来るか知らされてない中で対応しろって言われても」
「それはお互い様でしょう。情報共有しすぎたら、緊張感のあるバトルにならないってことで、最初からそういう取り決めのはずですけど」
「わかってますけどね。わかってますけど、こっちも板挟みなんですよ」
互いに一歩も譲らないまま、二人はそれぞれの持ち場へと戻っていった。この手のやり取りは、社内では割とよくある光景らしい。フロアが分かれているぶん、顔を合わせる機会も限られていて、こういう廊下でのちょっとした立ち話が、結果的に貴重な情報交換の場になっていることも多かった。
もっとも、この日の言い合いの原因が、実際には編成の強気弱気ではなく、ある一人のプレイヤーの規格外な戦い方にあるとは、この時点では誰も気づいていなかった。




