↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ZERO-DAY ONLINE ~チュートリアルを飛ばしたら不人気機体で世界最強になってました~  作者: 白い鴉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
35/73

35.社内ツアー生放送

 朝、いつも通り目を覚まし、階下に降りる。母さんはキッチンで朝食の準備をしていた。


「おはよう、楓」


「おはよう」


 あっさりとした挨拶を交わしながら、朝食を済ませる。捏造動画の騒動から数日が経った。俺は相変わらず不安を抱えながらも、いつも通り配信を続けていた。


 朝食を済ませ、自室に戻る。ヘッドセットを手に取りながら、俺は小さく伸びをした。今日もまた、いつも通りの一日になるはずだった。それでも、この日が、これまでの騒動に一つの区切りをつける日になるとは、まだ知る由もなかった。


「みなさん、おはようございます」


 配信を開始すると、コメント欄には、いつも通りの温かい挨拶が並んだ。それでも、その空気には、まだ完全には晴れきらない緊張感が残っていた。捏造動画の一件は、まだ完全には収束していない。視聴者たちも、俺と同じように、どこか落ち着かない気持ちを抱えているのが伝わってきた。


 そんな中、運営の公式アカウントから、一つの告知が届いた。


```

ARES Entertainment公式生放送のお知らせ

「社内オフィスツアー~開発の裏側、大公開~」

本日18時より配信予定

```


「あ、これ……見てもいいのかな」


 告知を目にして、俺は思わず声を上げた。運営の公式生配信という響きだけで、心臓が早鐘を打ち始める。何か大きなことが起きる予感が、否応なく胸に押し寄せてきた。


【コメント】これ絶対見た方がいい

【コメント】このタイミングでオフィスツアーって、意味深すぎる

【コメント】もしかして、今回の件への対応かも?

【コメント】タイミング的に、そうとしか思えないよな


 視聴者たちの予想を眺めながら、俺も同じことを考えていた。それでも、確信は持てないまま、俺はその配信の時間を待つことにした。


 残りの配信時間、防衛戦をこなしながらも、頭の片隅ではずっと、あの告知のことを考えていた。期待と不安が入り混じった、なんとも落ち着かない気持ちのまま、時間だけが過ぎていく。


【コメント】今日はなんか集中力散漫だなw

【コメント】まあ気になるよな、あの告知

【コメント】無理せず、いつも通りでいいよ


 視聴者たちの気遣いに、俺は思わず苦笑した。それでも、こうして気にかけてくれる存在がいるというだけで、少しずつ、落ち着きを取り戻していける気がした。


 18時になり、俺は自分の配信画面の隅に、運営の公式配信を表示させながら、視聴者と一緒に見守ることにした。


 画面には、案内役らしき女性の声とともに、ARES Entertainmentのオフィス内が映し出されていく。広々とした開発フロア、整然と並んだデスク、そして真剣な表情でモニターに向かう社員たち。普段は決して見ることのできない光景に、俺は思わず引き込まれていた。あの巨大な機体も、賑やかな配信も、こうした地道な仕事の積み重ねの上に成り立っているのだと、改めて実感させられる。


 カメラはさらに奥へと進んでいく。会議室、そして――「不正監視室」と書かれた、これまで一度も公開されたことのない部屋。扉の前で、案内役が一瞬、意味ありげに間を置いた。


「本日は、普段あまり皆様にお見せする機会のない、社内の様子をご案内いたします。特に、最近話題になっている不正監視システムについて、詳しくご説明できればと思います」


 落ち着いた声のナレーションとともに、カメラが不正監視室の中へと進んでいく。これまで数え切れないほどの視聴者が、その存在を噂しながらも、決して覗くことのできなかった場所。その扉が、今まさに開かれようとしていた。


「みなさん、あの部屋……」


 俺は思わず息を呑んだ。


【コメント】うわ、本当にツアーやってる

【コメント】これは大盤振る舞いだな

【コメント】期待していいのかも


 画面には、大量のモニターが並んだ室内が映し出されていた。壁一面を埋め尽くすディスプレイには、無数のグラフや数値が、絶え間なく流れ続けている。まるでSF映画の一場面のような光景に、俺は思わず息を呑んだ。


 案内役の説明が続く。


「こちらでは、全プレイヤーの戦闘データが、リアルタイムで収集・分析されています。ダメージ判定の異常、不自然なスコアの推移。こうしたデータは、すべて自動的に検知される仕組みになっています」


 カメラが、モニターに表示されたグラフのようなものを映し出す。折れ線グラフ、散布図、そして色分けされたヒートマップ。専門知識のない俺には、その詳細までは読み取れなかったが、膨大な情報が可視化されていることだけは、はっきりと伝わってきた。


「もし不正が検知された場合、該当アカウントは一時凍結され、詳細な調査が行われます。バグを意図的に利用した悪質なケースについては、警告処分の対象となります」


 案内役の説明は、淡々としていながらも、要点を的確に押さえていた。専門用語を避け、誰にでもわかりやすい言葉を選んでくれている配慮が、画面越しにも伝わってくる。


 説明を聞きながら、俺は思わず身を乗り出していた。この部屋の存在自体、これまでまったく想像したこともなかった。それなのに、こうして日々、膨大なデータが分析され続けているのだと知ると、なんとも不思議な気持ちになる。


 自分の何気ない一挙一動が、こうして常に見守られている。少し落ち着かない気持ちもありつつ、それ以上に、公平性を守るための努力が、こんな形でしっかりと行われているのだという安心感の方が、今は勝っていた。


【コメント】こんなシステムがあるとは知らなかった

【コメント】想像以上にちゃんとしてるんだな

【コメント】これは信頼度上がるわ


 コメント欄の反応も、概ね好意的なものに変わってきていた。これまでの疑心暗鬼が、少しずつ、健全な理解へと置き換わっていく様子を、俺は静かに見守っていた。


「これ、もしかして……」


 画面に映し出された内容を見つめながら、俺は言葉を継ぐことができずにいた。これまで漠然と抱えてきた不安が、少しずつ、確かな安堵へと変わっていく感覚があった。


【コメント】これ暗にるかは無実だって言ってない?

【コメント】凍結も警告もされてないってことは

【コメント】システム上、るかは潔白ってことだよな


 視聴者たちの反応に、俺は少しずつ、胸の中に温かいものが広がっていくのを感じていた。誰かが直接「あなたは無実だ」と言ってくれるわけではない。それでも、こうして客観的な仕組みが説明されることで、多くの人が、自然と納得してくれている。この間接的な形の後押しが、何よりもありがたかった。


 配信はさらに続き、案内役は、今回話題になっているスキルシステムについても、詳しく説明を始めた。


「プレイヤーに付与されるスキルについて、実は多くの方が誤解されている点があります。スキルは、単純にランダムで付与されるものではありません。アカウント登録時、脳波から深層心理をスキャンし、『こうなりたい』という無意識の願望を読み取った上で、それに基づいたスキルが付与される仕組みになっています」


「え……そうだったんですか?」


 俺は思わず声を上げた。これまで、キャラクリエイトの時に「なんとなく」付与されたものだと思い込んでいたスキルが、まさかそんな仕組みで決まっていたとは、想像もしていなかった。


 脳波から深層心理を読み取る――そんな技術が、こんな身近なところで使われていたとは、俄かには信じがたい話だった。それでも、案内役の口調には、冗談めかした様子は一切ない。これは、紛れもない事実として語られていた。


 コメント欄も、これまでにない静けさに包まれていた。誰もが、この予想外の情報に、言葉を失っているようだった。


【コメント】深層心理て

【コメント】るかのスキル、隠れる系だったよな……

【コメント】なんか妙に納得感あるな


 最後のコメントに、俺は思わずどきりとした。隠れたい、気配を消したい。そんな願望に、心当たりがないと言えば、嘘になる。


 外に出ることさえ怖かったあの日々。誰にも見られたくない、誰の目にも触れたくない。そんな気持ちを、これまでずっと胸の奥に抱えてきた。もしそれが、こんな形でスキルに反映されていたのだとしたら――そう考えると、なんとも言えない気恥ずかしさと、そして妙な納得感が、同時に込み上げてきた。


 自分でも気づかないうちに抱えていた願望が、こんな思いがけない形で、ゲームの中に表れていた。そのことに、俺はただただ、驚くしかなかった。


「なお、深層心理に基づく願望は、大きく変化しにくい性質のものですが、本人の心の成長によって、変化する可能性も示唆されています」


 その一言に、俺はしばらく、言葉を失っていた。変化する可能性がある――その言葉の余韻だけが、頭の中で静かに反響し続けていた。


 配信の合間、朝霧さんから短いメッセージが届いた。「今回の生配信、いかがでしたか? 運営として、できる範囲での透明性を示す試みだったようです」という一文だった。


「あ、朝霧さんも見てたんですね……なんか、すごく安心しました」


 俺は思わず安堵の息を漏らした。


「るかさんの件についても、間接的にではありますが、状況が伝わったのではないかと思います。今回の一件が、良い方向への転機になればいいのですが」


「本当に、ありがとうございます。朝霧さんが、これまでずっと支えてくれてたおかげだと思います」


「いえ、これは運営全体の判断です。それでも、そう言っていただけると嬉しいです」


 その言葉に、俺は素直に頷いた。一人ではなく、多くの人が、それぞれの立場で自分を支えてくれている。その実感が、今日という日を、いつも以上に温かいものにしてくれていた。


 配信を終え、いつものように現実へと戻る。夕食の席で、母さんが尋ねてきた。


「楓、今日はなんだか晴れやかな顔してるね」


「うん、なんか、運営の人たちが色々説明してくれて、少し安心できた」


「そう、よかったわね」


「うん。なんか、色々説明してもらえて、少し前を向けそうな気がする」


「楓は、いつも前を向いてると思うけどね」


 母さんの何気ない一言に、俺は思わず苦笑した。自分ではそんな自覚、あまりなかった。それでも、そう言ってもらえるだけで、なんだか誇らしい気持ちになる。


 いつも通りの、あっさりとした反応。それでも、その温かさに、俺は今日もまた救われていた。


 食後、部屋に戻ってから、俺はもう一度、今日の配信内容を振り返ってみた。不正監視システムの仕組み、そしてスキル付与の真相。どちらも、これまで漠然としていた自分の状況に、少しずつ輪郭を与えてくれるものだった。これまで積み重ねてきた疑問の数々に、一つずつ答えが与えられていく感覚は、不思議と心地よいものだった。


 深層心理という言葉が、頭の中で何度も反芻された。もし本当に、自分の願望がスキルに反映されているのだとしたら、シャドーダイビングという名前の意味するところに、心当たりがないと言えば、嘘になる。それでも、その考えを深く掘り下げることは、今の俺には、まだ少し怖いことのように感じられた。


 自分の中に、これほどまでに「隠れたい」という願望が根付いていたのだと知ることは、なんだか自分の弱さを直視させられるようで、正直気が進まなかった。それでも、目を逸らし続けるよりは、いつか向き合わなければいけない日が来るのかもしれない。そんな予感だけは、確かに感じ取っていた。


 それでも今は、まだその時ではない気がした。少しずつ、自分のペースで、向き合っていけばいい。そう自分に言い聞かせながら、俺は静かに目を閉じることにした。


 ベッドに横になり、天井を見上げる。今日という日を境に、これまでの疑惑の空気が、少しずつ晴れていくような予感がしていた。それでも、まだすべてが解決したわけではない。それでも、こうして一歩ずつ、前に進んでいけている実感だけは、確かなものとして胸に残っていた。


 世界大会本戦も、少しずつ近づいてきている。これまで積み重ねてきたすべての出来事が、これから待ち受ける大きな舞台への、確かな糧になっているはずだ。そう自分に言い聞かせながら、俺は静かに目を閉じた。





【ZERO-DAY開発責任者 一ノ瀬誠(42歳)視点】


 あの生配信の企画を決断したのは、白峰くんと桜庭くんからの、それぞれ独立した提案がきっかけだった。


 二人からの報告書が、ほぼ同時期に私のデスクに届いたときのことを、私は今でも鮮明に覚えている。桜庭くんからは、シャドーダイビングの実装経緯と、技術的な原因についての詳細な分析。白峰くんからは、捏造事件の調査結果と、これまでの疑惑対応の総括。


 二人とも、まったく別の現場から、同じ結論に辿り着いていた。「そろそろ、透明性のある対応を検討すべきではないか」。技術部門と監視部門、双方からの提言が、これほど綺麗に一致することは、そう滅多にあることではない。この偶然にも似た一致に、私は運命的なものすら感じていた。


 正直、社内では慎重論も根強かった。下手に情報を公開すれば、かえって騒動を煽ることになりかねない。そんな懸念の声も、少なからずあった。広報部門からは、「藪をつついて蛇を出すようなものだ」という、率直な反対意見も出された。


 それぞれの懸念には、もっともな理由があった。それでも、私はこれまでの経緯を振り返りながら、慎重に検討を重ねていった。


 それでも、私は最終的に、このオフィスツアー企画にゴーサインを出すことを決めた。理由はシンプルだった。このまま沈黙を貫いていれば、いずれ今回のような悪意ある捏造事件が、また繰り返されるかもしれない。それならば、ある程度の透明性を持って、システムの仕組みを説明する方が、長期的には健全な選択だと判断した。


 何より、あの配信者――るかが、これ以上理不尽な攻撃に晒され続けることを、私自身、見過ごすことができなかった。開発責任者として、そして一人の視聴者として、彼女の配信を陰ながら応援してきた身としては、なおさらだった。


 もちろん、すべてを明かしたわけではない。シャドーダイビングという具体的なスキル名も、その正確な効果も、今回は一切触れていない。あくまで、不正監視システムの一般的な仕組みと、スキル付与の背景にある設計思想を、大枠で説明したに過ぎない。


 どこまで踏み込み、どこで線を引くか。この匙加減には、随分と頭を悩ませた。踏み込みすぎれば、彼女個人のプライバシーに関わる情報まで公にしてしまうことになる。それでいて、踏み込みが浅すぎれば、今回の目的である「疑惑の払拭」には至らない。そのぎりぎりの均衡点を探る作業は、想像以上に骨の折れるものだった。


 それでも、この情報だけでも、視聴者たちには十分に伝わるものがあったようだ。配信後のSNSの反応を見る限り、疑惑の空気は、確実に和らいでいるように見える。「システム上、警告も凍結もされていないなら、少なくとも意図的な不正ではないんだろう」――そんな、冷静で建設的な意見が、目に見えて増えていた。


 あの配信者――るかについては、私自身、これまでずっと注目してきた。規約違反の証拠は見つからない。それでいて、明らかに規格外の結果を残し続けている。その矛盾を抱えながらも、彼女自身は、変わらず誠実に、真摯に配信を続けている。その姿勢には、正直、開発者として、そして一人の人間として、密かな敬意を抱いていた。


 思えば、彼女がチュートリアルを飛ばしたあの初日から、私はずっと、彼女の配信を見守り続けてきた。誰も選ばない機体を選び、誰も気づかなかった仕様に、無自覚のまま辿り着く。その一連の軌跡は、まるで一本の物語を見ているような、そんな不思議な魅力に満ちていた。


 今回の一件が、彼女にとって、少しでも救いになったのなら、企画した甲斐があったというものだ。窓の外を眺めながら、私はそんなことを思っていた。


 開発者という立場上、直接プレイヤーに語りかける機会は、そう多くない。それでも、こうして間接的にでも、誰かの支えになれることがあるのだと知ると、この仕事を続けてきてよかったと、改めて実感させられる。


 それにしても、と私は思う。桜庭くんと白峰くん、それぞれの現場から上がってきた提言。この二つが重なったことで、ようやく社内の空気が動いた。現場の声を、きちんと拾い上げる。それもまた、開発責任者としての、大切な仕事の一つなのだろう。


 組織というものは、時として、一人の判断だけでは動かせない大きな慣性を持っている。それでも、現場の一人一人が、それぞれの持ち場で誠実に向き合い続けていれば、いつか必ず、その声は然るべき場所に届く。今回の一件は、そのことを、私自身に改めて教えてくれた気がした。


 これから先、この件がどんな展開を迎えるのか、まだ誰にも分からない。それでも、今日という日が、一つの転換点になったことだけは、確かだった。


 世界大会本戦の開幕も、着実に近づいている。あの規格外の配信者が、その大舞台でどんな戦いを見せてくれるのか。開発責任者としてではなく、一人の視聴者として、私はその瞬間を、密かに心待ちにしていた。


 デスクの明かりを落としながら、私はもう一度、今日のオフィスツアーの反響を確認した。概ね好意的な反応で埋め尽くされたコメント欄を眺めながら、私は小さく、しかし確かな達成感を噛み締めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。