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ZERO-DAY ONLINE ~チュートリアルを飛ばしたら不人気機体で世界最強になってました~  作者: 白い鴉


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34.捏造

 朝、いつも通り目を覚まし、階下に降りる。母さんはキッチンで朝食の準備をしていた。


「おはよう、楓」


「おはよう」


 あっさりとした挨拶を交わしながら、朝食を済ませる。予選も、いよいよ最終盤に差し掛かっている。窓の外はよく晴れていて、特に変わり映えのしない、いつも通りの朝のはずだった。


 朝食を済ませ、自室に戻る。ヘッドセットを手に取りながら、俺はいつものように通知欄を確認した。それなのに、画面に表示された通知の数を見て、俺は思わず息を呑んだ。


 通知の数が、これまでとは桁違いだった。嫌な予感を覚えながら、俺は恐る恐る内容を確認していった。


「え……なんですか、これ」


 動悸が速くなるのを感じながら、俺はその表示を、もう一度確認した。見間違いであってほしいという願いも虚しく、通知の数字は変わらないままだった。


 そこに表示されていたのは、一本の動画へのリンクだった。タイトルには「【決定的証拠】るかのチート行為、ついに判明」という、これまでにないほど扇動的な文言が並んでいる。


 思わず再生してみると、そこには、俺自身の過去の戦闘映像が映し出されていた。見覚えのある防衛戦のシーン、見覚えのある機体の動き。それでも、どこか違和感がある。編集で不自然に繋ぎ合わされたような、ぎこちない映像だった。


 画面が切り替わるたびに、微妙な違和感が積み重なっていく。動きの繋がりが不自然に飛んでいたり、効果音のタイミングがずれていたり。素人目にも、何かがおかしいという感覚だけは、はっきりと伝わってきた。それでも、この違和感だけで、周りを納得させられるかどうかは、正直不安だった。


「これ……なんか、変な感じがします」


 戸惑いを隠せないまま、俺は画面をもう一度巻き戻して確認した。何度見返しても、その違和感は消えなかった。


 よく見ると、映像のあちこちに、不自然な繋ぎ目のようなものが見受けられた。まるで、都合の良い部分だけを切り取り、意図的に繋ぎ合わせたような編集だった。


 配信を開始すると、コメント欄には、既にこの話題で埋め尽くされていた。


【コメント】あれ、なんか見たことあるやついるな

【コメント】これ捏造じゃない?

【コメント】明らかに編集おかしいだろこれ


 視聴者たちの反応は、俺が抱いた違和感と、ほとんど同じものだった。長く配信を見てくれている人たちほど、この動画の不自然さに、すぐに気づいてくれているようだった。それでも、コメント欄の一部には、この動画を鵜呑みにしたらしい、攻撃的な言葉も混じり始めていた。


【コメント】やっぱりチートだったんだな

【コメント】今まで擁護してた奴ら息してる?

【コメント】がっかりだわ


 画面を埋め尽くしていく攻撃的な言葉の数々に、俺は思わず言葉に詰まった。


「あの……この動画、正直かなり不自然に見えるんですけど、私自身にも、身に覚えのない場面がいくつかあって……」


 言葉を選びながら、俺は必死に状況を説明しようとした。それでも、こういう時に限って、うまく言葉が出てこない。焦れば焦るほど、頭の中が真っ白になっていくのがわかった。誰かに何かを伝えるということが、こんなにも難しいことだったのかと、今更ながら痛感させられた。


 声が、自分でも驚くくらい震えていた。これまで何度も炎上を経験してきたはずなのに、今回のこの感覚は、明らかに以前とは種類が違っていた。


 以前の炎上は、少なくとも自分自身の行動――対戦の結果や、態度そのものに向けられたものだった。それでも今回は、まったく身に覚えのない、作られた映像に対する非難だった。自分が何をしても、どう説明しても、この「証拠」という体裁を取った捏造の前では、無力に感じられる。事実無根の攻撃を受けているという感覚は、これまでのどんな批判よりも、ずっと重く胸にのしかかってきた。


 混乱の中、配信の合間を縫って、朝霧さんから緊急の通話が入った。


「るかさん、大丈夫ですか? 今、こちらでもあの動画を確認しています」


「あ、朝霧さん……なんか、私にも身に覚えのない場面が映ってて、正直パニックになりそうです」


 電話越しに、俺は必死に状況を説明しようとした。うまく言葉が繋がらないもどかしさに、自分でも苛立ちを覚えていた。


「落ち着いてください。あの映像は、明らかに不自然な編集が施されています。運営としても、既にこの件を重く見て、調査を始めています」


 その言葉に、俺は少しだけ息を整えることができた。誰かがこうして冷静に状況を整理し、対応してくれている。その事実だけで、渦巻いていた不安が、少しずつ形を持って落ち着いていく気がした。


「あの、この動画、誰が作ったものなんですか?」


「まだ特定には至っていません。それでも、これまでの経緯から見て、一部の過激なファン層が関与している可能性が高いと見ています」


「そんな……なんでそこまでして」


 誰かのために、と信じてやまない行動が、こんな形で誰かを傷つける凶器に変わってしまう。この現実に、俺はやりきれない気持ちを抱かずにはいられなかった。悪意そのものより、その歪んだ善意の方が、時としてずっと恐ろしいのかもしれない。


「残念ながら、応援という気持ちが、時として歪んだ形で暴走してしまうことがあります。今回のケースも、その典型的な例かもしれません」


 朝霧さんの淡々とした説明に、俺は複雑な気持ちを抱えずにはいられなかった。誰かを想う気持ちが、こんな形で自分に牙を剥いてくるとは、想像もしていなかった。応援というのは、本来もっと温かいものだったはずだ。それが、こんなにも歪んだ形に変わってしまうことがあるという事実に、俺は改めて世界の複雑さを思い知らされていた。


「これから、どうなるんでしょうか……」


 不安げな声で、俺はそう尋ねずにはいられなかった。先の見えない状況というのは、いつでも、こんなにも心をすり減らすものなんだと、改めて思い知らされる。


「運営側でも、この件を重く受け止めています。詳細はまだお伝えできませんが、近いうちに、何らかの対応が取られる可能性があります。今は、るかさんはいつも通り、堂々としていてください」


「わかりました……なんか、朝霧さんと話してると、少しずつ落ち着いてきます」


「それが私の役目ですから。何かあれば、いつでも連絡してください」


 通話を終えて、俺は改めて深く息を吐いた。一人で抱え込まなくていい。その事実だけで、これほどまでに救われるとは、自分でも意外だった。


 その言葉に、俺はふと、レンのことを思い出した。あの人自身は、こんなことを望んでいないはずだ。それでも、こうして自分のファンの一部が暴走してしまっている現実に、レンもまた、苦しんでいるのではないだろうか。


 あの完敗の後、レンさんは以前とは明らかに違う態度を見せてくれていた。冷静で、筋の通った考察。あの人が、こんな卑劣な行為を望むはずがない。それだけは、なぜか確信できる気がした。それでも、応援してくれる存在の暴走を、当人が止めきれないこともある。そのもどかしさを思うと、俺は複雑な気持ちにならずにはいられなかった。


 防衛戦の通知が届いたが、俺はしばらく、その場から動けずにいた。いつも通りの日常が、こんな形で急に遠くなってしまう瞬間があるとは、これまで何度も経験してきたはずなのに、なかなか慣れることができない。


 深呼吸を一つして、俺はなんとか気持ちを立て直そうとした。それでも、心の重さは、そう簡単には消えてくれなかった。それでも、立ち止まっているわけにもいかない。俺はゆっくりと歩き出した。


 配信を終え、いつものように現実へと戻る。夕食の席で、母さんが尋ねてきた。


「楓、なんだか顔色が悪いけど、大丈夫?」


「うん……なんか、身に覚えのないことで、また攻撃されてて」


 言葉にしてみると、改めてその理不尽さが胸に迫ってきた。何もしていないのに、これほどまでに追い詰められる。この感覚を、どう受け止めればいいのか、俺自身、まだ整理がついていなかった。


 声が、思っていたより小さく震えていた。母さんは、しばらく何も言わず、ただ俺の隣に座った。


「大丈夫、楓は何も悪いことしてないんだから」


 シンプルな一言だったけれど、その言葉には、確かな重みがあった。事実かどうかも定かでない攻撃に晒されているとき、こうして無条件に信じてくれる存在がいるというだけで、随分と救われる気がした。


「証拠がどうとか、そういう小難しいことは母さんにはよくわからないけど。楓のことは、誰よりも見てきたつもりだから」


 箸を置いて、母さんは真剣な眼差しで俺を見つめていた。その視線の強さに、俺は思わず息を呑んだ。


 母さんの言葉に、俺は思わず涙腺が緩みそうになった。理屈でも、証拠でもない。ただ、これまで一緒に過ごしてきた時間の積み重ねだけが、こうして揺るぎない信頼として、俺を支えてくれている。


 どんなに巧妙な捏造も、この長年の積み重ねだけは、決して覆すことができない。そのことに、俺は改めて安堵していた。


「うん……ありがとう」


 それだけ返すのが、今の俺には精一杯だった。母さんの温もりに包まれながら、俺はしばらく、言葉を発することができなかった。それでも、この静かな時間が、何よりの癒しになっていた。


 食後、部屋に戻ってから、俺はもう一度、あの動画のコメント欄を見返してみた。攻撃的な言葉の合間に、擁護してくれる声も、確かに存在していた。「明らかに編集おかしい」「るかがそんなことする人には見えない」――そんな言葉の数々に、俺は少しずつ、心を落ち着けていった。


 これまでの経験を振り返れば、こうした嵐のような騒動も、いつかは必ず過ぎ去っていった。それでも、今回ばかりは、これまでとは違う不安が拭えなかった。証拠として捏造された映像がある以上、この騒動が、これまでのように自然に収束してくれるかどうか、正直確信が持てなかった。


 ベッドに横になり、天井を見上げる。この捏造騒動が、この先どんな展開を迎えるのか、今はまだ何もわからない。それでも、これまでの騒動と同じように、いつか必ず収束する日が来ると、俺は自分に言い聞かせていた。


 朝霧さんの言葉、母さんの言葉。どちらも、俺を支えてくれる確かな拠り所だった。それでも、心の奥底には、まだ拭いきれない不安が居座り続けていた。この不安の正体が何なのか、今の俺には、まだうまく言葉にすることができなかった。





【ARES Entertainment 不正監視班 白峰遼(28歳)視点】


 あの動画の存在を知ったのは、SNS上での急激な拡散を検知したモニタリングシステムのアラートからだった。深夜のオフィスで、けたたましく鳴り響いたアラート音に、私は思わず身構えた。これまでにない緊急度を示す表示に、ただ事ではないと直感した。


 早速、動画の内容を確認してみる。画面に映し出された「るか」の戦闘映像は、一見すると本物のように見えた。編集技術も、それなりに手の込んだものだった。素人がぱっと見ただけでは、簡単には見破れないだろう。それでも、長年この仕事に携わってきた目で見れば、不自然な点はすぐに見つかった。この手の作業には、正直、慣れすぎるほど慣れてしまっている自分がいた。


 フレームレートの微妙な乱れ、音声と映像のわずかなズレ、そして何より、被弾判定の表示タイミングと、実際の攻撃モーションとの不整合。これらはすべて、複数の映像を繋ぎ合わせた際に生じる、典型的な編集の痕跡だった。


 一つ一つのフレームを丁寧に解析していくと、明らかに異なる時間帯に撮影された映像が、巧妙に組み合わされていることが判明した。おそらく、複数の実際の戦闘シーンから、都合の良い部分だけを抜き出し、それらしく再構成したのだろう。手間のかかる作業だったに違いない。それだけの労力を、こんな悪意ある目的のために費やす人間がいるという事実に、私は改めて重い気持ちになった。


 これほどの技術と時間を、誰かを傷つけるためだけに注ぎ込む。その執念にも似た悪意の質量に、私はしばらく言葉を失っていた。この歪んだ情熱を、もっと建設的な方向に向けられなかったものかと、私は無意識に考えてしまっていた。


「これは、間違いなく捏造だな」


 誰にともなく呟きながら、私は詳細な解析作業に取り掛かった。動画の各シーンを、実際のサーバーログと照合していく。この作業は、深夜まで及ぶ根気のいる作業だった。それでも、真実を明らかにするためには、避けて通れない工程だった。


 案の定、動画内で「不正の証拠」として提示されていた場面の多くは、実際のログには存在しない、架空の場面だった。存在しない戦闘記録、改変されたタイムスタンプ。悪意を持って作り込まれたその痕跡の数々に、私は静かな怒りを覚えずにはいられなかった。これほど手の込んだ嘘を、平然と作り上げる神経に、私は言いようのない不気味さすら感じていた。


 これまで、るかを巡る一連の騒動を、私は静かに見守ってきた。証拠のない疑惑、感情的な炎上、そして少しずつ真相に近づいていく考察者たち。それでも、こうして明確な「捏造」という形の悪意が現れたことに、私は強い憤りを覚えずにはいられなかった。


 これまでの疑惑は、あくまで状況証拠に基づいた、当事者たちなりの真剣な考察だった。それが今回は、明らかに一線を越えている。証拠の捏造という行為は、単なる疑惑や批判とは、根本的に質が違う。誰かを陥れるために、意図的に嘘を作り上げる。この一線だけは、絶対に見過ごすわけにはいかなかった。


 調査を進めるうちに、この動画の投稿者に関する情報も、少しずつ明らかになっていった。特定の個人を断定するには至らなかったが、複数の匿名アカウントが連携して動いている痕跡が見つかった。投稿タイミングの一致、使用されている編集ソフトの共通点、そして拡散のパターン。これらの状況証拠から、組織的な関与が強く疑われた。単独犯というより、複数人が役割を分担して動いていた可能性が高い。


 おそらくは、神代レンさんの熱心な支持者の一部が、独断でこの行為に及んだのだろう。彼らなりの「正義」を振りかざした結果が、こうして誰かを傷つける凶器に変わってしまっている。この構図には、なんとも言えないやるせなさを感じずにはいられなかった。


 誰かを応援する気持ちそのものは、決して悪いものではない。それが行き過ぎた瞬間、途端に凶器へと姿を変えてしまう。この危うい境界線を、私は改めて思い知らされていた。この線引きの難しさこそが、こうした問題の根深さなのだろう。


 レンさん自身は、これまでの言動を見る限り、こうした過激な行為を望んでいるようには見えない。むしろ、あの完敗以降、彼自身の態度は、明らかに落ち着きを見せていた。冷静な分析、そして自らの過ちを認める姿勢。一人の選手として、以前よりもずっと成熟してきているように、私の目には映っていた。


 それだけに、自分のファンが暴走してしまっているという構図は、なんとも皮肉なものだった。応援する側の熱意が、応援される側の望まない方向へと、勝手に暴走していく。この歪みを、当のレンさん自身は、一体どんな気持ちで見ているのだろうか。


 報告書をまとめながら、私はふと、これまで積み重ねてきた「異常なし」の日々を思い返していた。証拠のない疑惑には、慎重に対応してきたつもりだった。それが今、初めて「明確な悪意ある捏造」という、これまでとは違う種類の問題に直面している。


 これまでの調査は、常に「証拠が見つからない」という、ある種のもどかしさとの戦いだった。それが今回は、逆に「証拠が捏造されている」という、まったく別種の戦いを強いられている。皮肉なことに、この二つの問題は、根っこの部分で繋がっているのかもしれない。真相が明らかにされないまま放置されることが、こうした悪意ある行動の温床になっているのだとしたら――そう考えると、これまでの自分の対応にも、改善すべき点があったのではないかと、私は自問せずにはいられなかった。


 沈黙という選択が、必ずしも正しいとは限らない。時には、然るべき情報を然るべき形で公開することが、こうした悪意の芽を摘む、最善の手段になり得るのかもしれない。この気づきは、私にとって、これまでの仕事のやり方を見直す、大きな転機になりそうだった。


「これは、然るべき対応を取らないといけないな」


 誰にともなく呟いて、私は一ノ瀬さんへの報告書を書き始めた。桜庭からもたらされた技術的な手がかりと、今回の捏造事件。これらを合わせて、そろそろ運営として、何らかの形で透明性のある対応を検討すべき時期に来ているのかもしれない。そんな考えが、私の中で少しずつ固まりつつあった。


 これまで、運営として「静観」という姿勢を貫いてきた。証拠が見つからない以上、迂闊な対応は、かえって誤解を招きかねない。そう考えていたからだ。それでも、今回のような明確な悪意による事件が起きた以上、その姿勢を見直す時期に来ているのかもしれない。


 報告書の最後に、私は桜庭の提案と同じ趣旨の一文を書き添えることにした。「透明性のある対応を、そろそろ検討すべきではないか」。図らずも、技術部門と監視部門、それぞれの現場から、同じ結論に辿り着いたことになる。この一致もまた、何かの巡り合わせなのかもしれないと、私は密かに思った。

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