2.男だけど女キャラでやります
フルダイブの感覚は、想像していたものと少し違った。
視界が切り替わる瞬間、体がふわりと浮くような浮遊感があって、次の瞬間には、もう「そこ」に立っていた。自分の手を見下ろすと、ちゃんと動く。握って、開いて、指を一本ずつ折ってみる。現実の体の感覚と、ゲームの中の体の感覚が、違和感なく重なっている。
「うわ、すご……これがフルダイブ……」
安物のヘッドセットでこれなら、高級機はどれだけすごいんだろう。ちょっとだけ課金欲が芽生えたけど、財布の中身を思い出して、慌てて頭から追い出した。
ログイン画面の次に現れたのは、キャラクリエイト画面だった。
真っ白な空間に、等身大の人型シルエットがひとつ浮かんでいる。髪型、顔立ち、体型、声のトーン――ありとあらゆる項目が、恐ろしく細かく調整できるようになっていた。項目の数を見ただけで、正直げんなりする。
(うわ、項目多っ……)
説明を読む気は、最初から一ミリもなかった。画面の隅で「詳細ガイドはこちら」という案内が小さく点滅しているのにも気づいてたけど、見なかったことにした。上から順に読み込む根気なんて、俺には備わってない。目についた項目を、片っ端から適当にいじり始める。あとで振り返れば、この時点でもう、俺の「説明を読まない」性分はしっかり発揮されていたことになる。
まずは性別選択。
男性のシルエットと、女性のシルエット。試しに男性の方をタップしてみると、目の前に、自分とそう変わらない地味な印象の人型が浮かび上がった。髪型を変えても、体型をいじっても、どこか現実の俺の延長線上にしか見えない。
(うーん、まあ、こんな感じだよな)
面白みを感じないまま、今度は女性のシルエットをタップしてみる。同じ骨格のはずなのに、輪郭の丸みやシルエットが変わるだけで、印象がまるで違って見えた。何度か男女を切り替えて見比べているうちに、俺の中で答えはほとんど決まっていた。
(……女の子の方が、かわいいしな)
それだけだった。深い葛藤も、長い逡巡もない。「かわいいから」。あまりにもシンプルな理由で、俺は迷わず女性を選んだ。もし誰かに「なんで?」と聞かれても、それ以上の答えは出てこなかったと思う。どうせ操作するなら、画面に映って気分がいい方がいいに決まってる。それだけの話だ。
髪色のスライダーを動かすと、黒、茶、赤、緑と、目まぐるしく色が切り替わっていく。ひと通り試して、指が止まったのは金色のあたりだった。
(あ、これいいな)
長さを伸ばして、後ろでまとめてポニーテールにする。前髪を重くしてみたり、逆にすっきりさせてみたり、何度か組み合わせを変えたけど、結局は最初にしっくりきた形に落ち着いた。瞳の色は青。肌は少し焼けた感じに調整。現実の俺とは、何もかもが正反対だった。色白で、黒髪で、猫背の俺とは。
顔のパーツも、目の大きさから口角の角度まで細かく動かせるようになっていたが、そこまでのこだわりは持てなかった。デフォルトから少しだけ目を大きくして、笑ったときに八重歯が見えるように調整したところで満足してしまう。試しに真剣な表情のプレビューも見てみたけど、なんだか似合わない気がして、すぐ笑顔の設定に戻した。こいつは、笑ってる方がいい。
体型のスライダーもいくつか試す。すらりとした細身から、がっしりした体格まで、幅は広い。あれこれ動かしているうちに、平均よりやや小柄な、動きやすそうな体型に落ち着いた。身長の数値は、現実の俺より一回り小さい。「まあ、かわいい方がいいし」――今日何度目かわからない基準で、これも即決した。
服装のカテゴリを見て回る。ストリート系のラフなコーディネートが目に留まった。肩の出るトップスに、少し着崩したジャケット。清楚系のワンピースも、フォーマルなスーツも試してみたけど、どうにもしっくりこない。派手すぎず、地味でもない、ちょうどいい塩梅の主張を持つラフな格好が、一番自然に感じられた。
「これもいいな……」
現実の俺の服装は、パーカーとジャージの二択、色は黒かグレー。目立たないこと最優先の、限りなく無難な装いだ。だからこそ、こういう「見てくれ」と言わんばかりの派手な格好に、妙に惹かれるのかもしれない。自分では絶対に着られない服を、この子なら堂々と着こなせる。
靴やアクセサリーの組み合わせも、何パターンか試す。ハイカットのスニーカーに、じゃらじゃらしたブレスレット。まとまりがあるようなないような、それでいて不思議と嫌な感じのしない、賑やかな見た目に仕上がっていく。
着せ替え自体は、思っていたよりずっと楽しかった。ゲームの中身に触れる前から、こんなに時間を使うとは思わなかったけど、気づけば時計は三十分近く進んでいた。
「早くしないと、配信始める前に日が変わっちゃう」
独り言を呟きながら、慌てて次の項目へ進む。
声の設定。ピッチを上げ下げするスライダーがあった。いくつか試して――結局、デフォルトの設定に戻した。つまり、俺の地声にほぼ近いトーンだ。
昔から、声が高いことは自覚してた。電話に出ると、ほぼ確実に「お母さんいますか?」と聞かれる。中学の頃、変声期が来るのを密かに待ってたけど、結局、俺の声はほとんど変わらなかった。学校では、たまにからかいのネタにされたこともある。悪意のあるからかいじゃなかったと思う。でも、「女子かと思った」と笑われるたびに、俺は少しずつ、人前で声を出すこと自体が億劫になっていった。授業で当てられても、できるだけ短く、小さく答える。あの発表の日に喉が固まったのだって、突き詰めれば、この声を大勢に聞かれるのが怖かったからかもしれない。正直、この声は俺のコンプレックスの、かなり深い部分にある。
なのに今、女性キャラクターの声として聞くと、特に加工しなくても十分に成立してしまう。むしろ、変にボイスチェンジャーを噛ませた方が不自然に聞こえるくらいだった。
(あ、これそのままでいけるじゃん)
少しだけ、拍子抜けした。ずっと嫌だったこの声が、こんな形で「武器」になるなんて、考えたこともなかった。人生、何がどこで役に立つかわからないもんだ。
気づけば、できあがったアバターは、元気そうな笑顔が印象的な、いかにもギャルといった雰囲気の女の子になっていた。八重歯が覗く口元、少し崩したラフな服装。確認画面に映るその姿を見て、俺は素直に「かわいいな」と思った。
じっと眺めていると、不思議な感覚が湧いてくる。これから俺は、この子として喋って、この子として動く。俺とは似ても似つかない、明るくて、屈託がなくて、誰とでも仲良くなれそうな見た目のこの子として。
――俺がなれなかった何か、みたいだな。
ふとそんなことを思って、慌てて打ち消した。深く考えるのはやめよう。かわいいから選んだ。それでいい。俺の悪い癖は、なんでもかんでも意味を探して勝手に落ち込むことだ。今日はそういう日じゃない。
名前欄に、決めていた「るか」と入力する。
```
キャラクター作成完了
ようこそ、るかさん。
```
その文字を見た瞬間、心臓が小さく跳ねた。これでもう、後戻りはできない。
続けざまに、画面の隅にもうひとつ、聞き慣れない通知がぽんと浮かんだ。
```
初期スキルを付与しました。
```
文字の下に、短い一覧のようなものがずらずらと流れていく。目を凝らす間もなく、ウィンドウは律儀に数秒だけ表示されると、あっさり自動で閉じてしまった。
「あ、なんか出た。……スキル? まあ、後で見ればいっか」
今ちゃんと読んでおけば、と思う理性より、早く配信を始めたいという逸る気持ちの方が、いつだって少しだけ強い。俺はそのまま、指先を次の画面へと向けた。
結局、その一覧の中に「シャドーダイビング」という五文字が紛れ込んでいたことにも、この時の俺は、まったく気づいていなかった。誰にも見られていない、配信開始前のほんの数秒間の出来事だった。
配信ソフトの起動ボタンが、目の前に表示される。
指を伸ばしかけて、引っ込める。また伸ばして、引っ込める。そんなことを三度は繰り返した。配信の映像出力設定は本当にこれで合っているか。音量レベルはおかしくないか。確認する必要のない項目まで、念のためもう一度チェックした。
深呼吸を繰り返しながら、自分に言い聞かせる。
(大丈夫、誰も顔知らないし。失敗しても、誰にもバレない)
何度も心の中で唱えているうちに、指の震えが少しずつ収まっていく。
それでも、いざ始めるとなると、別の恐怖が顔を出した。もし誰も見に来なかったら? 逆に、大勢集まって、うまく喋れずに終わったら? 相反する不安が交互に押し寄せてきて、俺はしばらくその場で固まっていた。
……でも、いつまでもこうしてるわけにはいかない。今日、この瞬間を逃したら、また明日も同じように先延ばしにする。俺のことだ、間違いなくそうなる。
「……い、いくぞ」
誰も見てないのに、声に出していた。震える指で、ついにボタンをタップする。
配信開始のカウントダウン。3、2、1――。
「あ、えっと……」
配信開始直後の数十秒間、視聴者数はゼロのままだった。
誰もいない画面に向かって喋りかけるのは、想像以上に心細い。教室で発表するのとは真逆の恐怖だった。あのときは視線が多すぎて固まった。今は視線がなさすぎて、声の行き場がない。
「え、えっと、はじめまして……誰もいない、か。そりゃそうだよね、始めたばっかりだし……」
独り言が、静かな画面に吸い込まれていく。このまま誰も来ないんじゃないか、という不安が胸の奥でじわじわ膨らんでいった。三十秒が、いやに長い。
でも――通知欄に、ぽつりと反応が現れた。視聴者数の欄に、小さく「1」の数字。
たったそれだけで、心臓が大きく跳ねた。誰かが、来た。名前も顔も知らない誰かが、今、この画面の向こうにいる。
頭の中が真っ白になる。何を話せばいいんだっけ。メモに書いた三行、なんだったっけ。恐る恐るコメント欄を確認すると、数人が入ってきているのがわかった。たった数人。なのにその視線だけで、掌にじわりと汗がにじむ。
深呼吸をひとつ。二つ。三つ目で、ようやく口が動いた。
「え、えーっと……はじめまして! 『るか』って言います! 今日から、ZERO-DAYの配信、始めますっ」
声が上ずってるのが自分でもわかる。でも――不思議なことに、その声は画面の向こうで、ちゃんと「女の子の声」として届いているらしかった。ボイスチェンジャーなんて一切通してない、正真正銘の地声なのに。
【コメント】声かわいい
【コメント】新人さん?
【コメント】ZERO-DAYで新規勢いいね
温かいコメントがぽつぽつ流れてくるのを見て、肩の力が少しだけ抜けた。指先の震えも、さっきよりは収まっている。
「えっと、自己紹介もしなきゃですよね。ZERO-DAY、今日初めてやります! 実は、このゲーム、ロボット好きとかそういうわけじゃなくて……なんかヘッドセットが届いた日と発売日がたまたま同じで、それで始めることにしました!」
正直に話すと、意外にも好意的な反応が返ってきた。
【コメント】理由が雑で好き
【コメント】逆に信用できる
【コメント】そのノリ嫌いじゃない
【コメント】好きなゲームとかある?
【コメント】ロボット系初めてなの?
「あ、質問ありがとうございます! えっと、普段はRPGとかファンタジー系が好きで、ロボットとか戦闘系はほとんどやったことないんですよね……なので、今日から手探りって感じになると思います!」
【コメント】まさかのファンタジー派
【コメント】ロボゲー初心者なのか
【コメント】逆に新鮮でいいかも
「るか、っていう名前なんですけど……特に深い意味はなくて。えっと、まあ、なんとなくです!」
半分は本当で、半分は照れ隠しだった。苗字の最後と名前の最初をくっつけただけ――そんな種明かしまでは、さすがにまだ話す勇気が出ない。
視聴者数の表示が、少しずつ増えていく。五人、八人、十二人。数字が動くたびに、心臓がどきりと跳ねた。増えるたびに嬉しいような、怖いような、不思議な感覚だ。
【コメント】年齢とか言える範囲で聞いていい?
【コメント】プロフィールとか気になる
「あ、えっと……年齢は、まあ二十歳くらいってことにしといてください! それ以上は秘密です!」
半分冗談めかして誤魔化す。現実の年齢とアバターの設定がずれてることに、後ろめたさが一瞬よぎったけど、気にし出したらキリがない。るかは、演じるためのキャラクターなんだ。そう自分に言い聞かせた。
【コメント】秘密主義で草
【コメント】まあそれもキャラだよね
【コメント】無理に聞かなくていいよ
そこでふと、大事なことを思い出した。言っておかなきゃいけないことが、ひとつある。
黙っておく、という選択肢も、実はあった。声はこのまま通用する。誰にもバレないかもしれない。ずっと「女の子のるか」として振る舞い続ければ、それはそれで一つの正解なのかもしれない。
でも――もし後からバレたら? 「騙してたのか」って言われたら? 積み上げてきたものが、一瞬で崩れる未来が容易に想像できた。何より、隠し事を抱えたまま笑い続けるのは、たぶん俺には無理だ。ただでさえ演技で背伸びしてるのに、その上に嘘まで乗せたら、いつか折れる。
言うなら、今だ。まだ視聴者が十数人しかいない、失うものがほとんどない、今しかない。
これも深く考え抜いた判断じゃない。「先延ばしにすると余計怖くなるから、今言っちゃえ」っていう、いつもの見切り発車だ。でも、俺の人生で数少ない誇れることがあるとすれば、こういう時の思い切りの良さだけだと思う。
どうせなら、最初に全部言っちまえ。
「あ、そうだ。言っとかなきゃ」
俺は画面に向かって、精一杯いたずらっぽく笑ってみせた。演技のつもりだったけど、うまくできてるかは自分でもわからない。掌には、まだうっすら汗が滲んでる。
「わたし――じゃなくて、俺、男です! 男だけど、女キャラでやりまーす! かわいい方がよくないですか!?」
言い切った瞬間、心臓が痛いくらいに跳ねた。引かれるかもしれない。呆れられるかもしれない。
コメント欄の流れが、一瞬、止まった。数秒の静寂。その数秒が、俺にはひどく長く感じられた。
(あ、やっぱ引かれた……?)
不安が胃の奥からせり上がってきた、その直後だった。
【コメント】正直で草
【コメント】知ってた
【コメント】声のクオリティ高すぎん?
【コメント】好き
【コメント】むしろ最初に言うの偉い
【コメント】潔さで好感度上がった
【コメント】声だけだと絶対わからんかった
コメント欄が、笑いと好意の絵文字で一気に埋まっていく。
【コメント】声、本当に加工なし?
【コメント】それ気になる
「あ、声のことも聞かれてますね。これ、加工とか一切してないんですよ。地声です!」
【コメント】え、うそでしょ
【コメント】天性の詐欺声で草
【コメント】それは需要あるw
「だから、その、これからも地声のまま配信するんで……女の子だと思って油断してたら中身は男でした、みたいなのが嫌な人は、先に言っときました! ごめんなさい!」
勢いのまま頭を下げると、コメント欄がまた笑いに包まれた。
【コメント】謝ることじゃないw
【コメント】むしろ最初に開示するの誠実すぎる
【コメント】この誠実さは推せる
まさかここまで受け入れてもらえるとは思わなかった。呆気にとられながら、口元が緩むのを止められない。もちろん、中には「え、ちょっと無理かも」「普通に女の子でいてほしかった」なんて声も混じってた。でもその数はごくわずかで、好意的な反応の波に、すぐ埋もれていった。去っていく人がいるのは、仕方ない。それでも残ってくれる人がいる。それだけで、十分すぎるくらいだった。
(あ……なんか、大丈夫そうだ)
肩に入っていた力が、少しずつ抜けていく。緊張はまだ消えない。でも、さっきまでとは質の違う緊張になっていた。ずっとコンプレックスだったこの声を、初めて「いいね」と言ってもらえた。たったそれだけのことが、思っていたよりずっと、胸に効いた。
「よーし、じゃあ改めて……ZERO-DAY、始めていきまーす!」
声のトーンを、意識して少し高くする。テンションを百二十パーセントまで引き上げる。現実の俺とは正反対の、明るくて騒がしい「るか」というキャラクターを、ここから演じていく。そう、静かに覚悟を決めた。
演じる、と言っても、完全な別人を作り込む器用さは俺にはない。せいぜい、「もし俺が明るかったら」を全力でやるくらいだ。素の口調がぽろっと漏れることもあるだろう。でも、それでいい気がした。無理して作り込んだキャラは、どうせどこかで剥がれる。地声で通してるのと同じで、七割くらい本当の自分でいた方が、長続きするはずだ。
途中、うっかり素の口調に戻りかけて、「あ、いや、えっと……」と慌てて言い直す場面もあった。そのたびにコメント欄が小さくざわつく。
【コメント】今素が出かけてたw
【コメント】演じてる感じ良いな
【コメント】無理してなくて見やすい
演技が完璧かと言われれば、まったくそんなことはない。声の張り方も、テンションの上げ下げも、まだぎこちない。でも、視聴者はそのぎこちなさごと、なんとなく受け入れてくれているようだった。
現実の俺なら、こんなふうに大声で笑ったり、テンション高く喋ったりすることは絶対にない。学校でも家でも、常に声のボリュームを抑えて、目立たないように生きてきた。なのに、「るか」を演じている間だけは、不思議とその抑えが外れる。
たぶん、反動は来る。テンションを上げた分だけ、配信を切った後にどっと疲れが出るんだろう。それくらいの予感はあった。でも今は、その予感よりも、コメント欄の温かさの方が勝っていた。
【コメント】キャラ作り上手いと思う
【コメント】声のトーン変わると印象違うな
【コメント】応援したくなる
配信を始める前は、こんなに長く喋り続けられる自信なんてまるでなかった。なのに、いざ始まってみると、コメントに反応してるだけで時間はあっという間に過ぎていく。誰かと直接顔を合わせて話すのとは、まるで違う感覚だった。画面越しだからこそ、言葉が出てくる。そのことに、俺は少しずつ気づき始めていた。
教室では、視線が怖かった。値踏みされてる気がして、間違えたら終わりだと思ってた。でも、ここの視線は違う。コメント欄の向こうにいる人たちは、俺が間違えることすら、笑って楽しんでくれる。「素が出てるぞ」ってツッコまれても、そこに刺々しさはない。同じ「見られる」なのに、こんなに違うものなのか。
もちろん、これから先もずっとこの温かさが続く保証なんてない。人が増えれば、嫌なコメントだって来るんだろう。でも、それは来たときに考えればいい。今この瞬間、俺は確かに、誰かと繋がって笑ってる。一年間、部屋の中で止まってた時間が、ようやく少しだけ動き出した気がした。
うまく演じられる自信は、まだどこにもない。それでも、画面の向こうにいる十数人が、今このやり取りを楽しんでくれている。それだけで、もう少し続けてみようという気になれた。
思えば、今日という日は、これまでの一年間で一番たくさん喋った日かもしれない。声が枯れかけてるのに、不思議と疲れは感じなかった。むしろ、もっと喋っていたいくらいだった。
画面の中央に、大きくゲームタイトルが表示される。
```
ZERO-DAY
チュートリアルを開始しますか?
```
選択肢の上に、カーソルが浮かんでいる。
【視聴者「まったり見る専」(るかちゃんねる、初見)視点】
急上昇ランキングの隅に、見慣れない配信が引っかかった。
登録者数はまだ二桁。サムネイルもない。普段の俺なら、まず開かないタイプの配信だ。それでも、なんとなくクリックしたのは、タイトルに書かれた一言のせいだった。「今日からZERO-DAY始めます、多分下手です」。
開いてみると、聞こえてきたのは、やたら元気な女の子の声。喋りは正直、まだ全然こなれてない。テンポも危ういし、噛みそうになる場面も何度かあった。
なのに、途中で挟まれた「男だけど女キャラでやります」って告白のタイミングと言い方が、妙に印象に残った。誤魔化さずに、恥ずかしがりながらも、ちゃんと自分から言い切る。そういう素朴な誠実さは、慣れた配信者にはなかなか出せない味だと思う。
俺は特にコメントもせず、ただ静かにその配信を眺め続けた。上手いとか下手とか、そういう評価軸とは別のところで、この配信者は何かを持ってる気がした。それが何かは、まだうまく言葉にできなかったけれど。




