14.初めてできた友達
ログインした瞬間、視界に広がっていたのは、いつもの荒野ではなかった。
轟音と閃光、入り乱れる怒号――気づけば、俺はすでに戦闘の真っ只中に放り出されていた。
「え、ちょ、待って、状況が飲み込めない!」
【コメント】いきなり戦場で草
【コメント】今日は徒歩ないのか
【コメント】珍しいパターンきた
慌てて周囲を見渡す。どうやら、ログインするタイミングが、たまたま近くで発生していた小規模な迎撃クエストと重なったらしい。運営からの通知には「臨時掃討任務:付近のプレイヤーは応援を推奨」とだけ、簡素な説明が表示されている。
いつもなら、ログインしてから戦場に着くまでの間に、あの長い長い徒歩移動が挟まる。今日はそれがすっぽり抜け落ちて、いきなり本編から始まった格好だ。心の準備というものが、まるでできていない。
「なるほど、今回はいきなり本番からってことですね! 珍しい!」
両腕を構え、飛びかかってきたINVADERの一撃を受け止める。いつも通りの重い衝撃が腕に伝わるが、もう驚きはしない。ガキンッという金属音とともに、俺は素早く踏み込み、拳を叩き込んだ。
「インパクトスマッシャー!」
叫ぶと同時に、肘の杭が飛び出し、敵の装甲を貫いていく。手応えとともに、敵の姿が崩れ落ちた。
【コメント】もう様になってるな
【コメント】叫ぶタイミングも慣れてきてる
【コメント】新規さんこれ見たらビビるだろうな
立て続けに現れる二体目、三体目にも、同じ要領で対処していく。ガードして、踏み込んで、殴る。何度繰り返しても、この単調な動作に飽きが来ないのが、自分でも不思議だった。
ふと、これまでの防衛戦を思い返す。いつも一人で戦場に向かい、一人で敵と対峙し、一人で拠点に戻る。周りにプレイヤーがいても、それぞれが自分の戦いに必死で、誰かと言葉を交わす余裕なんて、ほとんどなかった。それが当たり前だと思っていたから、特に寂しいとも感じていなかった。
周囲を見渡すと、同じ任務に参加しているらしい別のプレイヤーの姿が目に入った。派手さはないが、軽快な身のこなしで敵をいなしている。距離が近づくにつれ、相手がこちらに気づいたのか、ひょいと手を振ってきた。
「おーっす! そっちも参加組? よろしくー!」
やけに屈託のない声に、俺は一瞬戸惑いながらも、軽く手を振り返した。
「あ、はい、よろしくお願いします!」
相手の機体は、これといって特徴のない、平凡な人型フレームだった。装備も控えめで、強さを誇示するような雰囲気は一切ない。それでいて、動きにはどこか余裕があった。
「一緒に暴れよっか! この数、一人だとちょっと厳しいし!」
誘われるまま、俺たちは自然と連携を組み始めた。とはいえ、体格差がありすぎて、並んで戦うというより、俺の足元をハチが機敏に動き回り、隙を見て敵の注意を引きつける、という形に自然と落ち着いていく。互いの死角を補い合うような立ち回りが、なんとなく成立していく。特に打ち合わせたわけでもないのに、息が合っている感覚があった。
考えてみれば、誰かとこうして協力してプレイすること自体、これが初めてだった。防衛戦ではいつも、周囲のプレイヤーと同じ場所で戦ってはいても、それぞれが自分の敵と向き合っているだけで、明確に「一緒に戦っている」という実感はあまりなかった。今日のこれは、それとは少し違う空気がある。
【コメント】急に連携取れてて草
【コメント】初対面でこの呼吸なのすごい
【コメント】相方さん誰?
「あの、お名前聞いてもいいですか? すみません、いきなり」
「ん? 俺? ハチだよ、ハチ! よろしくー!」
軽い自己紹介と共に、ハチと名乗るその人は、迫る敵に軽快な蹴りを繰り出した。華麗というわけではないが、無駄のない、それでいて楽しそうな動きだった。強さを見せつけようという気負いがまるで感じられない、自然体の戦い方だった。
「るかちゃん、めちゃくちゃ強いね! この機体、見た目のわりにゴリゴリじゃん!」
「あ、ありがとうございます……でも、そんな強くないと思うんですけど、この機体、足も遅いし」
「いやいや、謙遜しすぎでしょ! さっきの一撃、めちゃくちゃ効いてたじゃん!」
屈託のない称賛に、俺はどう反応していいかわからず、曖昧に笑うしかなかった。誰かに真正面から褒められることには、まだ慣れない。学校でも、褒められるような場面自体がほとんどなかった気がする。褒められたときにどんな顔をすればいいのか、いまだによくわからないままだった。
【コメント】ハチさん良い人そう
【コメント】この温度感好き
【コメント】疑うことを知らないタイプだ
戦闘は、思いのほかスムーズに進んでいった。ハチは器用に敵の注意を引きつけ、俺はその隙にガード&パンチで確実に一体ずつ沈めていく。特別な作戦があったわけでもないのに、まるで最初からコンビを組んでいたかのような自然な連携だった。互いの動きを見て、次にどう動けばいいかが、なんとなく伝わってくる。言葉を交わさなくても成立するやり取りが、こんなに心地いいものだとは知らなかった。
「よっしゃ、いい感じ! この調子でいこう!」
「あ、はい! ……インパクトスマッシャー!」
立て続けに何体か仕留めると、ひとまず周囲の敵の勢いが収まった。少しの間、束の間の小休止が訪れる。
「お疲れー、るかちゃん! いい動きしてるね!」
軽い調子でそう言うと、ハチは小さな機体のまま、こちらに向けて景気よく手を挙げてきた。おそらく、ハイタッチのつもりなのだろう。
ただ、当然というべきか、俺の機体とハチの機体では、大きさがまるで違う。まともに手を合わせようとすれば、ハチの機体ごと吹き飛ばしかねない。
「あ、ちょっと待って、これ普通にやったら危ないやつじゃないですか!?」
慌てて、俺は指を一本だけ、そっと突き出す形に切り替えた。パイルバンカー内蔵の巨大な拳をそのまま持っていくわけにはいかない。指先の一点に狙いを絞って、あとはハチ側に合わせてもらうしかなかった。
「お、これはこれで新しい形! いくぞー!」
ハチが小気味よくブースターを吹かし、俺の突き出した指先に、こつん、と機体の腕をぶつけてくる。控えめな接触音が響いた。
【コメント】サイズ差えぐくて草
【コメント】指先タッチ、新しい様式美
【コメント】ハチさん機体ごと消し飛ばなくてよかった
少し息をつく間もなく、俺はふとハチの機体を眺めた。特別強そうには見えない、これといって尖った特徴もない、いわば「普通」の機体だ。
「ハチさんの機体って、なんかこだわりとかあるんですか?」
「ん? 特にないよ! 見た目が気に入っただけ! 強さとか性能とか、正直よくわかんないんだよね」
「あ、それ、なんか私と似てるかもしれないです」
「でしょでしょ! 難しいこと考えるの苦手なんだよね、俺」
あっけらかんとした答えに、俺は思わず笑ってしまった。効率とか、最適解とか、そういうものを気にせず、ただ楽しいから続けている。そのスタンスが、自分の中の何かと重なる気がした。
【コメント】似た者同士で草
【コメント】このゆるさが尊い
【コメント】ガチ勢には出せない空気感
そんな話をしていると、地面が小さく揺れた。索敵表示の端に、新たな反応がいくつも浮かび上がる。
「あ、まだ来るっぽいですね」
「お、第二波か! るかちゃん、さっきの調子でいこう!」
視界の先、土煙を巻き上げながら、これまでよりも一回り大きなINVADERの一団が姿を現した。数はざっと五、六体。今までにない規模の集団だった。
【コメント】数えらい増えたな
【コメント】これ二人で捌けるのか?
【コメント】ハチさんいるから多分大丈夫
「よし、いつも通り、大きいのから優先で!」
ハチの指示に頷き、俺は真っ先に、集団の中でひときわ図体の大きい一体に狙いを定めた。両腕を構えて突進し、正面から受け止める。ガキンッという重い音とともに、腕全体に強い衝撃が伝わった。これまでで一番の一撃だったが、それでも痛みらしい痛みはやはり感じない。
「うわ、今のちょっと重かったですね!」
「大丈夫? 無理しないでよ!」
「全然平気です! むしろ、これくらいの方が殴りがいあります!」
軽口を返しながら、俺は懐に踏み込んで拳を叩き込む。肘の杭が飛び出し、深々と装甲を貫いた。
「インパクトスマッシャー!」
一体目が崩れ落ちるのを横目に、俺はすぐさま次の敵へと向き直る。ハチはハチで、軽やかなフットワークで複数の敵を翻弄しながら、着実に数を減らしていた。
「ハチさん、そっち何体引き受けてるんですか!?」
「三体くらい! こっちは削るの専門だから、トドメはるかちゃんに任せた!」
「了解です! ……よし、次!」
役割分担が自然と定まっていくのが、自分でも不思議だった。誰かに指示されるでもなく、なんとなく「自分はこう動くべきだ」というのが見えてくる。これまで一人で戦ってきたときには味わえなかった感覚だった。
【コメント】息ぴったりで草
【コメント】初コンビとは思えない
【コメント】これもう固定パーティでよくない?
残り一体になったところで、ハチが声を張り上げた。
「よっしゃ、これで最後! 一緒に決めよっか!」
「あ、はい! ……インパクトスマッシャー!」
二人がかりで最後の一体を仕留めると、周囲に散らばっていた敵の姿は、いつの間にか綺麗に片付いていた。
「やったー! お疲れー、るかちゃん!」
二度目とあって、今度は迷わず指を一本差し出す。ハチの機体も、心得たようにブースターで軽く跳ねながら、こつんと指先にタッチしてきた。一度目よりも、心なしか息が合っていた気がした。こうして誰かと「お疲れ」を分かち合う感覚に、少しずつ体が馴染んでいくのが、自分でもわかる。
【コメント】指タッチ、もう定番になってて草
【コメント】馴染んできてて草
【コメント】いい絵だなあ
「あの、今日は本当にありがとうございました。おかげで助かりました」
「こっちこそ! るかちゃんの配信、実はちょいちょい見てたんだよね。あの徒歩配信、なんか癒されるっていうか」
「そんな、見てもらえるような配信だったかどうか……ほとんど歩いてるだけの回とかもありましたし」
「それがいいんだって! 逆に、ずっと気合い入りっぱなしの配信とか、見る側もちょっと疲れちゃうし。るかちゃんの、あの力抜けてる感じ、俺は好きだよ」
ハチの言葉には、変に持ち上げるようなところも、値踏みするようなところもなかった。ただ純粋に、楽しいものを楽しいと言っているだけの、まっすぐな声だった。それが、これまでもらったどんなコメントよりも、すとんと胸に落ちてきた。
「あ、そういえば、最近登録者数結構増えてるよね? 見た目えらい伸びてるじゃん」
「あ、はい……なんか、自分でもよくわからないうちに増えてて」
「それ絶対そのままの調子でいいと思うよ。変にキャラ作ろうとか思わない方がいい」
軽い調子で言われたその一言が、思いのほか励みになった。誰かに、今のままでいいと言ってもらえる。それだけで、こんなにも安心できるものなのかと、俺は少し驚いていた。
「よかったら、また今度も一緒に戦おうよ! フレンド登録しとく?」
「あ、はい! ぜひ!」
差し出されたフレンド申請を、俺は迷わず承認した。画面に表示された「ハチ」という名前を見つめながら、俺はじんわりと胸の奥が温かくなるのを感じていた。
【コメント】初めての友達できた瞬間じゃん
【コメント】いい話すぎる
【コメント】このゲーム始めてよかったな
その一言が、思っていた以上に胸に刺さった。友達――そういえば、この言葉を実感を伴って使うのは、いつぶりだろう。学校をやめてから、誰かとこんな関係を築くことなんて、もう二度とないと思っていた。
中学、高校と、友達と呼べる相手がいなかったわけじゃない。それでも、いつも一歩引いたところで関わっていた気がする。深く踏み込まれるのが怖くて、自分から踏み込むこともできなくて、結局、当たり障りのない距離感のまま卒業アルバムに名前だけが残るような、そんな関係ばかりだった。
今日のこれは、それとは何かが違う。ゲームの中の、しかも姿も本名も知らない相手なのに、不思議と壁を感じなかった。むしろ、画面越しだからこそ、こんなに素直に喋れるのかもしれない。
「あの、こちらこそ、これからもよろしくお願いします」
柄にもなく丁寧な言葉遣いになってしまったのが、自分でもおかしかった。ハチはそんな俺の様子に気づく様子もなく、あっけらかんと笑っている。
「かたっ! そんな畏まらなくていいのに! じゃ、また今度ねー!」
軽い調子で手を振ると、ハチは颯爽と、ビークルモードに変形して走り去っていった。地を這うように滑らかに移動していくその後ろ姿を、俺はしばらく見送っていた。
「……いいなあ、あれ」
思わず本音が漏れる。相変わらず、自分の機体には縁のない移動方法だった。それでも、今日はなぜか、その事実さえも笑い話のように思えた。
【コメント】あ、素で羨ましがってる
【コメント】その機体じゃ無理だよ
【コメント】諦めて歩こう
「わかってますよ! 歩きますよ、はい!」
軽口を返しながら、俺は拠点への帰り道を歩き始める。いつもと変わらない徒歩移動のはずなのに、今日はどこか足取りが軽かった。
コメント欄には、今日の一部始終を見ていた視聴者たちの感想が、次々と流れてきていた。
【コメント】今日は良い回だったな
【コメント】友情回、尊すぎる
【コメント】ハチさんまた出てほしい
【コメント】このゲーム、なんか良いコミュニティな気がしてきた
「また来てくれると思いますよ、たぶん! 皆さんもハチさんのこと、応援してあげてください」
誰かとの繋がりを、こんなふうに視聴者と一緒に喜べるのも、配信ならではなのかもしれない。一人で完結していたはずの出来事が、画面の向こうの誰かと分かち合うことで、また違った意味を持つようになる。そのことに、俺は今日、初めて気づいた気がした。
ゲームの中で、初めてできた友達。それは、思っていたよりずっと簡単に、そしてずっと自然に訪れた出来事だった。画面越しだからこそ築ける関係もあるんだと、俺は今日、初めて実感した気がする。
配信を終え、ヘッドセットを外す。窓の外は、もうすっかり夕暮れだった。階下に降りると、母さんが洗い物をしていた。
「楓、なんか今日、機嫌よさそうだね」
「え、そう見える?」
「うん、なんとなく」
図星を突かれて、俺は思わず頬をかいた。今日あったことを、うまく説明する気にはまだなれない。それでも、こんなふうに小さな変化を見抜かれるのは、悪い気分ではなかった。
「まあ……ちょっと、いいことあったんだ」
「そう。よかったね」
それ以上は聞かれなかった。母さんはただ、小さく微笑んで、洗い物を続けていた。その距離感が、今の俺には、ちょうどよかった。
【ハチ視点】
いやー、今日はいい出会いだった。
配信、前から気になってたんだよなあ、るかちゃんの。なんていうか、肩の力が抜けてる感じが良くて。上手いプレイヤーの配信って、見てて自分がヘタクソに感じてきて、ちょっと疲れちゃうこともあるんだけど、るかちゃんの配信は違う。失敗しても笑ってるし、変な機体選んでても楽しそうだし、見ててこっちまで気楽になれる。
俺がZERO-DAYを始めたのも、そもそも大した理由じゃない。友達に誘われて、なんとなく始めて、なんとなく続けている。ランキングとか、称号とか、そういうのにはあんまり興味がない。ただ、面白そうな敵と戦って、面白そうな人と一緒に遊べれば、それで満足なタイプだ。
だから、るかちゃんの配信を見つけたときも、最初は「なんか面白い動きする人がいるな」くらいの軽い気持ちだった。それが、見れば見るほど、妙に気になる存在になっていった。
実際会ってみたら、想像以上に強くてびっくりしたけど。あの一撃、正直えげつなかった。防具もろくに変えてなさそうなのに、あの威力はさすがにおかしい。それでも、本人はまるで自覚がなさそうなのが、なんかもう可愛くて仕方なかった。
「この機体弱いんですよ」なんて真顔で言ってるところとか、正直、他のガチ勢が聞いたら怒りそうなセリフだと思う。でも、るかちゃんが言うと、なぜか嫌味に聞こえない。本気でそう思ってるのが伝わってくるから、逆に微笑ましいんだよな。
俺自身、そんなにガチでやってるプレイヤーじゃない。エンジョイ勢って呼ばれるタイプだ。強いプレイヤーに囲まれると、正直ちょっと居心地が悪いこともある。強さで会話が進んでいくコミュニティって、時々息苦しく感じる瞬間がある。でも、るかちゃんは違った。強いくせに、全然偉ぶらないっていうか、むしろこっちが褒めると照れて謙遜してくる。
「変な子だなあ」
思わず、独り言が漏れる。悪い意味じゃない。むしろ、また一緒に遊びたいなって、素直にそう思える相手だった。
配信でどんどん有名になっていってるのは知ってる。切り抜きも何度か見た。それでも、今日直接絡んでみて、画面越しの印象と、実際に喋った印象が、ほとんどズレていないことに、なんだかほっとした。人気が出ると変わってしまう人も、世の中にはいる。るかちゃんは、多分そういうタイプじゃない。
フレンドリストに追加された「るか」の名前を眺めながら、俺は次にログインするのが、ちょっとだけ楽しみになっている自分に気づいた。次会ったときは、もう少し難しいクエストにも誘ってみようか。そんなことを考えながら、俺はゲームを終了した。




