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ZERO-DAY ONLINE ~チュートリアルを飛ばしたら不人気機体で世界最強になってました~  作者: 白い鴉


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13/21

13.バズりはじめる

 いつも通りの時間に、いつも通りログインしたつもりだった。


 けれど、画面に表示された視聴者数を見て、俺は思わず二度見した。


「……え、待って。これ、開始直後の数字ですよね?」


 三桁。しかも、その数字は今も止まらずに増え続けている。今までの配信で、こんな数字を開始直後に見たことは一度もなかった。


【コメント】お、来てる来てる

【コメント】あの変形の人だ!

【コメント】アンカーの人じゃん、見つけた


「あの、皆さん、いきなりどうしたんですか? 何かあったんですか?」


 戸惑いながら尋ねると、コメント欄が一気に賑やかになった。次々と流れてくる文字を目で追うだけでも忙しい。こんな経験は初めてだった。いつもなら、配信開始直後はぽつぽつと数人が挨拶してくれる程度で、コメントの速度もゆったりしたものだった。それが今日は、まるで別の配信を覗いているみたいな勢いだ。


「え、えっと、ちょっと待ってください、コメント速すぎて追えないです……!」


 思わず苦笑いが漏れる。画面の向こうがこんなに騒がしいのは、初撃破のときとはまた種類の違う賑やかさだった。あのときは「今まさに起きていること」への反応だったけど、今日のこれは、明らかに「配信を始める前から、何かを期待して集まってきている」空気がある。


 配信を始めてからずっと、視聴者数の増え方は、自分のペースに合わせてゆっくりと積み上がっていくものだと思っていた。それが今日は、まるで最初から堰を切ったように、桁違いの勢いで流れ込んでくる。この違いだけで、何か大きな変化が起きていることを、いやでも実感させられた。


【コメント】切り抜き動画、見なかった?

【コメント】変形して寝るやつ、めちゃくちゃ伸びてる

【コメント】インパクトスマッシャーの誕生秘話も話題になってるよ


「切り抜き……? 誰かが私の配信、切り抜いてくれてるんですか?」


 まったく身に覚えのない反響に、俺は本気で戸惑っていた。自分の知らないところで、自分の配信が誰かの手によって編集され、拡散されている。頭では理解できても、実感が全然追いついてこない。


【コメント】知らなかったの!?

【コメント】本人が一番置いてけぼりで草

【コメント】そこも含めて面白い


「いや、知らないですよ! 私、自分の配信すら見返す暇なかったんで……ちょっと待って、後で検索してみます」


 配信を続けながら、片手間に自分の名前で検索をかけてみる。表示された結果に、俺はさらに言葉を失った。「るかちゃんねる 変形 寝る」「ZERO-DAY 新人 不沈」「インパクトスマッシャー 由来」――知らない誰かが作ったであろう見出しが、ずらりと並んでいる。


 ふと、ゲーム内SNS「Pulse」のトレンド欄を覗いてみることを思いついた。普段はほとんど開かない機能だ。開いてみると、上位に見覚えのある単語がいくつも並んでいる。


「え、これ全部私の話……?」


 考察系のタグ、切り抜き系のタグ、雑談系のタグ、それぞれの投稿数が、俺の知らないところで積み上がっていた。中には、初撃破の瞬間を貼り付けて「この機体、見た目のわりに硬すぎない?」と雑談程度に触れている投稿もいくつかある。


「硬すぎ、ですかね……頑丈な機体なだけだと思うんですけど」


【コメント】本人が一番気づいてないの草

【コメント】この温度差が逆に面白い

【コメント】まあ深く考えてる人もまだそんなにいなさそうだけどな


 軽く流してしまったその一言に、コメント欄も特に深掘りすることなく、次の話題へと流れていった。今はまだ、誰も本気で気にしてはいない。ただの雑談の一つとして、通り過ぎていくだけだった。


「うわ……なんか、すごいことになってる」


 サムネイルに映る自分の機体は、いつも見慣れているはずなのに、こうして客観的に並べられると、妙に他人事のように見えた。誰かが面白がって拡散してくれている。その事実だけで、胸の奥がじんわりと熱くなる。


 いくつかのサムネイルをクリックして、中身を覗いてみる。自分では気づかなかった角度から切り取られたシーン、聞いたこともないBGMがつけられたハイライト集、コメント欄の盛り上がりだけを抜粋してテンポよく編集された動画――どれも、俺が意識していなかった「面白さ」を、誰かが丁寧に掘り起こしてくれたものだった。


 中でも、変形して地面に横たわるシーンを切り取った動画は、驚くほどの再生数を稼いでいた。タイトルには『視聴者総出で教えた変形、結果は「昼寝」』とある。


「これ、まんま先週のやつだ……」


 自分が一番情けなく感じていた瞬間が、こんなにも多くの人を笑わせている。恥ずかしいような、それでいてくすぐったいような、複雑な気持ちだった。同じ失敗でも、切り取り方や見せ方一つで、こんなにも印象が変わるものなのかと、妙なところで感心してしまう。


 コメント欄には、動画の感想らしき書き込みも紛れ込んでいた。「このセンス天然だとしたら末恐ろしい」「テンポが完璧すぎる」「編集も上手いけど素材が良すぎる」――素材、という言葉に、俺は思わず笑ってしまった。自分自身が「面白い素材」として扱われている。悪い気はしなかった。


【コメント】これがバズるってやつか

【コメント】乗り遅れてなくてよかった

【コメント】今のうちに応援しとこ


 配信の途中、防衛戦の呼び出しが入った。今日もまた、担当のコアへ向けて出撃する時間だ。


「よし、じゃあ今日も行きますか。……あ、そういえば」


 いつもなら軽く聞き流していたはずの、足元に表示された視聴者数の推移を、俺は今日だけは意識的に確認していた。数字は、歩いている間もじりじりと増え続けている。


「なんか、歩いてるだけなのに人増えてません? 今日、何かのイベントでもあるんですか?」


【コメント】お前が今イベントだよ

【コメント】自覚なさすぎる

【コメント】この鈍感力もある意味才能


 軽口に笑いながらも、俺はどこか落ち着かない気分だった。褒められること自体には、少しずつ慣れてきたつもりだった。でも、こんなふうに急激に注目される感覚は、まだ経験したことがない。教室で急に視線を集めたときの、あの息苦しさがふと頭をよぎる。


 あの頃は、注目されること自体が恐怖だった。誰かに見られている、値踏みされている、失敗したら笑われる――そういう緊張感が、いつも胸の中にわだかまっていた。だから、できるだけ目立たないように、できるだけ空気のように振る舞うことを選んできた。


 ――でも、今は違う。


 画面の向こうにいる人たちは、俺を値踏みしたり、笑いものにしたりするために見ているわけじゃない。少なくとも、コメント欄に並ぶ言葉は、驚きと好意で埋め尽くされている。それがわかっているから、今のこの注目は、怖いというより、ただただ不思議だった。


 不思議と、逃げ出したい気持ちは湧いてこなかった。それどころか、もっとこの人たちを楽しませたい、という気持ちの方が、じわじわと大きくなっている自分に気づく。こんな感情、生まれて初めてかもしれない。


 道中、いつものように敵と遭遇する。今日はいつもより数が多かったが、慣れた手つきでガード&パンチを繰り返し、危なげなく片付けていく。決め技を放つときには、今日も忘れずに名前を叫んだ。


「インパクトスマッシャー!」


【コメント】叫んでる姿、様になってきてる

【コメント】もう様式美として完成されてる

【コメント】これが伝統になっていくんやなって


 戦闘を終えて一息つくと、コメント欄には、初めて配信を見に来たらしい人たちのコメントがいくつも流れていた。


【コメント】さっき紹介されてる動画見て来ました、よろしくお願いします

【コメント】友達に勧められて来た

【コメント】これがあの不沈艦か……昔からの馬鹿にしたあだ名のはずなのに、まさか本当になるとは


 新しく来た視聴者に向けて、俺は軽く自己紹介を挟むことにした。何度も繰り返してきたはずの自己紹介だけど、初めて聞く人がこんなにたくさんいると思うと、少し新鮮な気持ちになる。


「あ、初めましての方も多いみたいなので、改めて。『るか』って言います! ZERO-DAY、今のところ大体歩いてばっかりの配信ですけど、よろしくお願いします!」


【コメント】徒歩配信って自分で言うんだw

【コメント】自己紹介からもう面白い

【コメント】この人選なのに自虐からスタートするの好き


「いや、事実なんで! 誇張してないですって!」


 軽口を叩きながらも、俺は内心、少し面食らっていた。初めましての人たちが、口々に好意的な言葉をかけてくれる。その温度感は、始めたばかりの頃、コメント欄に数人しかいなかったときの、あの手探りの雰囲気とはまるで違っていた。それでも、根っこにある空気――失敗すら笑って受け止めてくれる優しさは、あの頃から何一つ変わっていない気がした。


 最後のコメントに、俺は思わず首をかしげた。


「不沈艦? ……あ、それ、前に言われたことありますね。沈める海がないから沈みようがない、みたいな話で」


 あの日、整備拠点で忠告してくれたプレイヤーの顔が、ふと脳裏をよぎった。あのときは、ただの笑い話として聞き流していたはずだった。


【コメント】覚えてたんだ

【コメント】最初はただの悪口みたいなあだ名だったのにな

【コメント】それが今やガチのダメージゼロと結びつくとは誰が予想した


「え、待って、それどういうことですか? あの時はただ揶揄われてただけですよね!?」


 当時は完全に馬鹿にされた渾名だと思って、特に気にも留めていなかった。それが今になって、まったく別の意味を帯びて自分に返ってくる。この巡り合わせに、俺はなんとも言えない気持ちになった。


【コメント】まさかの意味変わり

【コメント】語感はそのままなのに中身が真逆になってる

【コメント】これはこれで面白い現象だ


「うーん、複雑な気持ちですね……悪口だったはずのものが、なんか違う意味で刺さってくるというか」


 冗談交じりのやり取りに、コメント欄がまた笑いに包まれた。かつて馬鹿にされていたその呼び名が、この先どれだけ自分につきまとうことになるか、この時の俺はまだ知る由もなかった。


 新しく来た視聴者たちは、口々に感想を残していく。「見た目が愛嬌あって好き」「喋り方が素朴でいい」「なんか応援したくなる」――お世辞込みだとしても、こうして次々と好意的な言葉が流れてくるのは、単純に嬉しかった。今までコツコツ配信を続けてきたことが、間違ってはいなかったんだと、そんな気がしてくる。


 防衛戦を終え、拠点に戻る道すがら、俺はふと画面の隅の登録者数を確認した。「7,655人」。ついさっき配信を始めたばかりのはずなのに、この短い時間だけで随分な数が増えている。


「うわ、配信中にこんな増えるものなんですね……」


【コメント】これがバズるってことだよ

【コメント】ここからどこまで伸びるか楽しみ

【コメント】十万人くらいすぐ行きそう


「十万人て、ちょっと想像つかないですね……でも、そう言ってもらえるのは素直に嬉しいです」


 拠点への帰り道、視界の端に、見慣れないアイコンの通知が届いた。開いてみると、それはフレンド申請だった。名前を見ても、誰なのか心当たりがない。プロフィールを覗くと、それなりに名の知れたプレイヤーらしく、フォロワー数の桁が俺とは一つ違っていた。


「え、なんでこんな人からフレンド申請……」


【コメント】有名プレイヤーじゃん

【コメント】向こうから来るとかすごくない?

【コメント】ちゃんと承認しときなよ


 戸惑いながらも、俺はひとまず申請を承認した。よくわからないまま繋がりが増えていく感覚に、まだ実感が追いついていない。それでも、これもまた、悪くない変化のひとつなのかもしれなかった。


 配信を終えて、いつものように現実に戻る。母さんが夕食を作る音が、階下から微かに聞こえてきた。


「楓、ご飯できてるよー」


「はーい」


 いつも通りの声かけに、いつも通り返事をする。それだけのことが、今日はやけに心地よく感じられた。ヘッドセットを外し、階段を降りながら、俺はさっきまでの興奮を反芻していた。


 誰かが自分を見つけて、面白がって、広めてくれる。その連鎖が、少しずつ大きなうねりになっていく。まだその全貌は見えていなかったけど、確かに何かが動き始めている感覚があった。


 考えてみれば、これまでの人生で、自分の行動がこんなふうに誰かの手を経て広がっていくことなんて、一度もなかった。良くも悪くも、自分の存在は自分の周りの狭い範囲にしか届かない。そう思い込んで生きてきた。それが今、画面一枚を隔てただけで、こんなにも遠くまで届いてしまう。世界の広さを、こんな形で実感する日が来るとは思わなかった。


 夕食の席で、母さんがふと尋ねてきた。


「最近、楽しそうだね。何かいいことあった?」


「あー……うん、まあ、ちょっと」


 うまく説明できる自信がなくて、俺は言葉を濁した。ゲーム配信をしていること自体は、なんとなく察されている気がする。それでも、具体的に何が起きているのかまでは、さすがに話せなかった。「配信が話題になってる」なんて、面と向かって言うのは、まだ気恥ずかしい。


 それでも、母さんは特に追及することなく、小さく微笑んだだけだった。


「そう。ならよかった」


 その一言だけで、十分だった。誰かに深く詮索されることなく、それでいて確かに気にかけてもらえている。この距離感が、今の俺にはちょうどよかった。


 食後、自室に戻ってから、俺はもう一度スマホでいくつかの動画を眺めた。知らない誰かが、知らないところで、自分のために時間を使ってくれている。その事実に、まだ慣れることはできそうにない。それでも、悪い意味でないことだけは、はっきりとわかった。


 ベッドに寝転がりながら、俺はふと、一年前の自分を思い出していた。部屋にこもって、誰とも喋らず、ただ時間だけが過ぎていくのを眺めていたあの頃。あのときの自分に、「一年後、知らない誰かがお前の配信を切り抜いて、世界中に広めてくれるようになるよ」と教えたら、絶対に信じなかっただろう。


 人生、何がどう転ぶかわからない。それでいい、と思った。わからないからこそ、明日がちょっとだけ楽しみになる。


 布団に潜り込みながら、俺はもう一度、今日一日の出来事を反芻した。切り抜き、Pulseのトレンド、そして知らない誰かからのフレンド申請。どれもこれも、自分一人では絶対に起こせなかった出来事だ。誰かが見つけて、誰かが広めて、誰かが繋がってくれる。その連鎖の真ん中に、今の自分がいる。


 スマホの画面を閉じて、俺は静かに目を閉じた。明日もまた、配信がある。





【切り抜き師「深夜のカット職人」視点】


 投稿から三日。俺が上げた「るかちゃんねる」の切り抜き動画は、予想を遥かに超える伸びを見せていた。再生数の桁が、これまで手がけてきたどの動画とも違う。


「……マジかよ」


 通知を確認するたびに、数字が跳ね上がっている。コメント欄には「本編も見てくる」という書き込みが大量に並んでいた。切り抜きから本編へ人が流れる。これは、切り抜き師として一番嬉しい瞬間だった。


 これまでの経験上、こういう伸び方をする動画には、いくつかの共通点がある。誰かの失敗や間抜けさを笑うだけの動画は、瞬間的には伸びても長続きしない。逆に、笑いながらもどこか応援したくなる、そういう「憎めなさ」を持った動画は、時間をかけてじわじわと広がっていく。


 「るかちゃんねる」の場合は、明らかに後者だった。変形して寝転がるだけの間抜けなシーンなのに、見ている側は誰も彼を馬鹿にしていない。むしろ、そのリアクションの素直さや、失敗すら笑いに変えてしまう懐の深さに、みんなが好感を抱いている。そういう空気が、コメント欄全体から伝わってきた。


 関連動画の欄にも、他の投稿者による「るかちゃんねる」の切り抜きが次々と並び始めている。俺だけが見つけた面白さだと思っていたものが、あっという間に共有財産になっていく。少し悔しいような、それでいて誇らしいような、複雑な気分だった。


 コメント欄をスクロールしていると、一つの単語が目についた。「不沈艦」。誰かが軽い気持ちでつけたであろう呼び名が、じわじわと定着し始めている。


「これ、そのうち本人にも届くんだろうな」


 誰に言うでもなく呟いて、俺は次に切り抜くシーンを選ぶため、再びアーカイブを開いた。この配信者の伸びしろは、まだ全然底が見えない。そんな予感が、確信に変わりつつあった。


 ふと、次の動画のタイトル案が頭に浮かんだ。『視聴者もドン引き、必殺技名アンケートの舞台裏』。あの投票企画の一部始終も、切り取り方次第でまだまだ面白くなる気がする。俺は迷わず、次の素材探しに取りかかった。夜はまだ長い。

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