12. インパクトスマッシャー、爆誕
朝から、スマホの通知が鳴り止まなかった。前回の配信で始めた投票企画に、思っていた以上の反応が集まっているらしい。画面を開くたびに、投稿数の表示が増えていく。
「うわ、まだ増えてる……」
布団の中で画面を眺めながら、俺は小さく声を漏らした。たかが技名一つに、これだけの人が真剣に案を出してくれている。そのことが、まだうまく実感できずにいた。
階下に降りると、母さんが洗濯物を畳んでいるところだった。
「おはよ」
「あ、おはよう。今日、なんか早いね」
「うん、まあ、ちょっと気になることがあって」
それ以上は聞かれなかった。テーブルの上には、いつも通りのトーストとゆで卵が並んでいる。黙々と朝食を済ませながら、俺は頭の中で、昨夜ざっと目を通した候補たちを思い返していた。真面目なものからふざけたものまで、その振れ幅の大きさに、読んでいるだけで飽きなかった。
トーストを頬張りながら、ふと窓の外を眺める。特に代わり映えのしない、いつも通りの朝の景色だった。それなのに、今日という日が、なんだか少し特別に感じられる。技の名前が決まるというだけのことなのに、まるで進学発表でも控えているかのような、そんな落ち着かなさがあった。
部屋に戻り、いつも通りヘッドセットを被る。今日は、その投票の結果発表をする日だ。柄にもなく、少しだけ緊張していた。
考えてみれば、誰かに何かを「決めてもらう」という経験自体、俺の人生にはあまりなかった気がする。進路も、退学の決断も、結局は全部自分一人で抱え込んで、一人で結論を出してきた。相談すること自体が、なんだか怖かった。誰かに委ねた結果、思ってもみない方向に転がるのが嫌だったのかもしれない。
でも今回は、最初から「みんなに決めてもらう」ことを前提にしている。不思議と、それが怖くなかった。むしろ、どんな結果になっても楽しめる自信があった。何が変わったのか、自分でもよくわからないけど、悪い変化ではない気がする。案外、任せてしまった方が気楽なこともあるらしい。
配信を開始してすぐ、俺は運営から届いていたお知らせにも目を通した。前回の投票企画、思っていたよりずっと反響があったらしく、投稿数は千件を超えていた。
「うわ、こんなに集まってるんですか……ちょっと待ってください、今から一気に見ますね」
画面いっぱいに表示された候補一覧を、俺はスクロールしながら読み上げていく。
「あ、『ルカぱんち』……って、これ前回私が言ったやつじゃないですか! 誰か拾って投票してくれたんですか!?」
【コメント】お前が言い出しっぺだからな
【コメント】ネタで投票してみた
【コメント】メガトンキックと潜水艦キックも普通に紛れ込んでて草
「みんな懲りないですね! あの二つは前回で結論出たじゃないですか、蹴ってないって!」
自分が蒔いた種が、こうして律儀に票の中に紛れ込んでくるのがおかしくて、俺は思わず笑ってしまった。ネタとして擦られ続けるのも、それはそれで悪くない気がする。
「よし、この辺のネタ枠は置いといて……お、なんか真面目そうな案も来てますね」
続けて、機構の正式名称にちなんだ案が目に入ってきた。
「『剛腕インパクト』、『アンカークラッシュ』、『インパクトドライバー』……お、なんかちょっとかっこいいの出てきましたね」
【コメント】ちゃんと調べて考えてくれてる人もいる
【コメント】正式名称のインパクトアンカーから来てるっぽい
【コメント】センスの差がすごい
「『デッドリーアンカー』。おお、厨二っぽくて逆にいいかも」
【コメント】厨二枠は絶対需要ある
【コメント】でも叫ぶの恥ずかしくない?
【コメント】そこはるかなら乗り越えられる
「乗り越えられる前提で話進めないでください! 私にだって羞恥心はあるんですよ!」
さらにスクロールしていくと、思わず唸ってしまうような案もいくつか見つかった。
「『パイルドライバー・オブ・ジャスティス』……長い! 正義要素どこから来たんですか!」
【コメント】唐突な正義感
【コメント】厨二病こじらせすぎ
【コメント】でも語感は嫌いじゃない
「『鉄拳制裁』……あ、これシンプルでちょっと良いかも」
【コメント】四字熟語勢、強い
【コメント】漢字だけで威圧感ある
【コメント】これも捨てがたい候補だ
「うーん、こういうシンプル系も良いんですよね、実は。迷いが増えるだけなんですけど」
さらにスクロールしていくと、明らかに悪ふざけとしか思えない案も混じっていた。
「『黄色い稲妻』。……いや、稲妻要素どこにもないですよね!? 色しか合ってない!」
【コメント】色だけで押し切る強引さ好き
【コメント】もはや技名じゃなくてキャッチコピー
「『カエデアタック』……ちょ、なんでその名前知ってるんですか!?」
思わず声が裏返った。頭の中で、一瞬にして記憶が繋がる。そういえば、初配信の日、母さんの声で「楓ぇ」と呼ばれたあの瞬間を、耳のいい視聴者に拾われていたんだった。
【コメント】覚えてる人いたんかw
【コメント】初配信の親フラ、まだ擦られるんだ
【コメント】カエデって名前、地味に浸透してるからな
「あー! あの時のやつ! すっかり忘れてました! よく覚えてますね、みなさん……」
苗字までは知られていないはずだと思うと、少しだけ安心する自分がいた。それでも、名前の欠片が視聴者の記憶にしっかり刻まれていることに、複雑な気持ちにもなる。「るか」という配信用の名前と、「カエデ」という本名の欠片が、視聴者の中では違和感なく同居しているらしい。
気を取り直して、俺は候補一覧をさらにスクロールしていく。中には「アンカーバスター」「ジャイアントインパクト」「フィストオブアンカー」など、似たような系統の案がいくつも並んでいた。どれも悪くはないけど、決め手に欠ける気もする。
「うーん、正直どれも捨てがたいというか、逆に選べなくなってきました……」
【コメント】優柔不断で草
【コメント】いっそ全部採用しよう
【コメント】それはそれで収拾つかない
「全部採用は無理ですって! 一個に決めないと!」
真剣な候補と、ふざけた候補が入り混じるコメント欄を眺めながら、俺はしばらく選びあぐねていた。決めきれずにいると、不意に一体のINVADERが視界の端に現れた。
「あ、来た。すみません、いったん戦いながらいきますね!」
両腕を構え、迫る敵の攻撃を受け止める。ガキンッという重い音とともに、腕全体に衝撃が伝わった。反撃の拳を叩き込みながらも、頭の片隅では、まだ候補の名前がぐるぐると回っていた。
【コメント】戦いながら投票結果読むな
【コメント】マルチタスクすぎる
【コメント】これもう配信者の鑑
「いや、待たせるのも悪いですし! ……よし、いった!」
肘の杭が飛び出し、敵の装甲を深く貫く。手応えとともに、敵の姿が崩れ落ちた。
「よし、討伐! ……で、話戻りますけど」
そこで、コメント欄にひときわ目を引く投稿が流れてきた。
【コメント】Impact Smasher, that's the one.
【コメント】(翻訳)インパクトスマッシャー、これで決まりだろ
「あ、これ……海外の方の投稿ですかね? えーと、インパクトスマッシャー……」
口に出してみると、思いのほかしっくりくる響きだった。パンチとパイルバンカーの二段構え、その勢いをそのまま体現したような名前。
【コメント】これいいな
【コメント】インパクトスマッシャー、語感が強い
【コメント】海外勢のセンス光ってる
【コメント】これで決まりでは
コメント欄の流れが、みるみるうちにその名前一色に染まっていく。
「え、みんなもこれがいいんですか? じゃあ、これで……決定しちゃっていいですか?」
【コメント】異議なし
【コメント】満場一致
【コメント】インパクトスマッシャー爆誕の瞬間
「よし、決まりですね! 今日から私の必殺技は……『インパクトスマッシャー』です!」
宣言した瞬間、コメント欄が拍手の絵文字で埋め尽くされた。誰かに名前をつけてもらうということが、こんなに嬉しいものだとは思わなかった。自分一人では絶対に思いつかなかった名前が、こうしてたくさんの人の手で形になっていく。それが、なんだかとても不思議な感覚だった。
思えば、「るか」という名前も、自分一人で決めたものだった。苗字と名前の欠片をくっつけただけの、ささやかな符丁。あのときは、誰にも相談せず、こっそり自分だけで完結させた。
でも今回は違う。たくさんの知らない誰かが、それぞれの言語で、それぞれの発想で、一つの名前にたどり着くまでの過程に付き合ってくれた。一人で決めた名前と、みんなで決めた名前。どちらも自分にとって大事なものになりそうな気がした。
【コメント】感慨に耽ってないで叫んでみせろ
【コメント】早く実戦で使うところ見たい
【コメント】まだ叫んでないの草
「あ、そうだ! まだ実際に使ってないんだった!」
ちょうどそのとき、遠くで爆発音が響いた。新手のINVADERが、群れをなしてこちらに向かって突進してくる。今までよりも数が多い。三体、四体――ざっと見ただけでも、これまでで一番の規模だった。
「お、ちょうどいいタイミング! ちょっと数多いですけど、まあなんとかなるでしょ!」
【コメント】フラグ
【コメント】その台詞何回目だ
【コメント】でも実際なんとかなるからすごい
押し寄せる敵の姿を見渡しながら、俺は小さく息を整えた。数の多さに一瞬たじろぎそうになったものの、これまでの防衛戦を思えば、この程度はもう驚くようなことでもない。むしろ、名前を決めたばかりのこのタイミングで、ちょうどいい実戦の場が用意されたことに、妙な巡り合わせすら感じていた。
両腕を構え、迫る一体目の攻撃を受け止める。ガキンッという重い音とともに、腕全体に衝撃が伝わった。すぐさま二体目が横合いから突っ込んでくるが、体をひねって受け流す。三体目、四体目と、次々に迫る敵を捌きながら、俺は少しずつ、狙いを定める敵を絞り込んでいった。
「よし、まずは一番デカいやつから……!」
衝撃を受け流しながら、俺は懐に潜り込むようにして踏み込んだ。周囲の敵の攻撃が、腕や肩に断続的に当たっているのがわかる。それでも、痛みらしい痛みはやはり感じない。今はただ、目の前の一体に意識を集中させる。
拳を振りかぶる。心臓が、いつもより少しだけ速く鳴っている気がした。これまで何十回と繰り出してきたはずの、同じ動作のはずなのに、今日はどこか特別な緊張感がある。名前を叫ぶという、ただそれだけのことが、こんなにも重みを持つとは思わなかった。
【コメント】溜めが長い
【コメント】叫ぶタイミング計ってるな
【コメント】早く見せて
周囲の視線――というより、コメント欄の期待が、痛いほど伝わってくる。俺は小さく息を吸い込むと、振りかぶった拳をまっすぐに叩き込んだ。
「インパクトスマッシャー!」
叫ぶと同時に、拳が深くめり込み、肘の杭が勢いよく飛び出した。二段構えの衝撃に、敵の機体は吹き飛び、地面に崩れ落ちる。
【コメント】キタアアアア
【コメント】技名叫んでからの一撃、最高すぎる
【コメント】ロボアニメの主人公じゃん
【コメント】鳥肌立った
「よっしゃあ! 決まった!」
思わず声を張り上げた。ただ殴っただけのはずなのに、名前を叫んだだけで、こんなにも気分が違うものかと驚かされる。子供の頃、ヒーロー番組の主人公に憧れて、真似して叫んでいたことをふと思い出した。あの頃は恥ずかしくてすぐにやめてしまったけど、今なら――画面の向こうに、一緒に喜んでくれる人がいるなら――もう少し、続けられる気がした。
「これから、決め技のときはちゃんと叫んでいくことにします! みなさん、ありがとうございました!」
【コメント】口上は無理でも名前は叫べるんだな
【コメント】これはこれで様式美
【コメント】いい着地点だと思う
名前を叫ぶだけの、シンプルな儀式。それでも、これがこれから先、何度も繰り返されることになる小さな伝統の始まりだった。
残った敵たちも、いつも通りのガード&パンチで一体ずつ片付けていく。数の多さに一瞬身構えたものの、終わってみれば、いつもとさほど変わらない時間で防衛戦は収束した。
周囲を見渡すと、同じ防衛戦に参加していたらしい別のプレイヤーが、こちらに近づいてくるのが見えた。装備からして、それなりに場数を踏んでいそうな相手だ。
「なあ、さっきの叫び、配信のやつだよな? あの黄色いやつ」
「あ、はい! 見ててくれたんですか?」
「見てたっつーか、巻き込まれてたっつーか……いや、正直、名前叫びながら殴るの、ちょっと恥ずかしくないのか?」
ストレートな物言いに、俺は思わず苦笑した。
「めちゃくちゃ恥ずかしいですよ! でも、みんなで決めた名前なんで、叫ばないと申し訳ない気がして」
「……ふうん。まあ、嫌いじゃないけどな、そういうの」
相手はそれだけ言うと、軽く手を上げて別の方角へ歩いていった。ほんの数十秒のやり取りだったけど、見知らぬ誰かに「配信のやつ」と認識されたことに、俺は妙な感慨を覚えていた。画面の中だけの存在だと思っていた「るか」が、少しずつ、この世界の中で輪郭を持ち始めている。そんな気がした。
【コメント】今の絡み好き
【コメント】ゲーム内でも認知され始めてる
【コメント】着実に有名人になってきてる
「よし、これで一区切りかな。今日はいろいろありましたね」
【コメント】名前決まって、実戦投入まで済んで、大満足の回だった
【コメント】登録者数もえらい増えてるな
【コメント】今何人だっけ
画面の隅の数字に目をやる。「4,980人」。ついこの間まで三千人台だったはずなのに、この数日でまた随分と増えていた。
「うわ、もうすぐ五千人じゃないですか! ……なんか、実感が全然追いついてないんですけど」
数字を追いかけているうちに、配信の終了時間が近づいてきた。俺は名残惜しさを感じながらも、締めの挨拶を口にする。
「今日はこれくらいで! みなさん、投票にも実戦にも付き合ってくれてありがとうございました! また明日!」
配信を切った後、しばらく椅子に座ったまま、天井を見上げていた。「インパクトスマッシャー」という単語が、まだ耳の奥に残っている気がする。自分の口から出た言葉のはずなのに、まるで誰か別の人間が叫んだみたいに、少しだけ他人事のように感じられた。
それでも、悪い気分ではなかった。むしろ、これまでの人生で一番、自分の声が誰かに届いた実感のある瞬間だったかもしれない。
【翻訳ボランティア「midnight_owl」視点】
深夜、時差ボケで眠れずにいた俺は、なんとなく開いた配信で、ある投票企画を目にした。ロボットの必殺技名を、視聴者みんなで決めるという、他愛もない遊び。
もともと、こういう配信を見つけるのは得意な方だった。仕事の合間、息抜きがてら海外のゲーム配信を漁っていると、たまにこういう「言葉の壁を越えて伝わってくる何か」に出会うことがある。今回のこの配信者も、最初はたまたま流れてきたクリップがきっかけだった。丸くて黄色い、間の抜けた見た目の巨大ロボットが、誰の攻撃も受け付けずに暴れ回っている映像。コメント欄は日本語ばかりで、正直半分も理解できなかったけど、それでも面白さだけは十分に伝わってきた。
コメント欄には、母国語話者たちの案が次々と流れていく。読んでいるうちに、ふと思いついた単語があった。「Impact」と「Smasher」。機構の名前と、その暴力的なまでの威力、両方をシンプルに言い表せる気がした。
深く考えたわけじゃない。ただ、思いついた単語を、そのままコメント欄に打ち込んだ。日本語話者にも伝わるよう、簡単な訳をつけて。
まさか、これが選ばれるとは思っていなかった。
配信者が「インパクトスマッシャー」と叫び、拳を叩き込む瞬間を見て、俺は思わず声を上げてしまった。自分の投稿した単語が、遠い国の誰かの必殺技名になって、画面の中で叫ばれている。
「……マジか」
しばらく画面を見つめたまま、動けなかった。SNSでちょっとした発言がバズることは、これまでにも何度かあった。でも、こんなふうに、遠い国の誰かの「決め台詞」に採用されるなんて経験は、生まれて初めてだった。
母国語でもない言葉で、しかもとっさに思いついた単語が、こんな形で誰かの人生の一部になる。大げさかもしれないけど、そのくらいの重みを感じた。
その日から、俺はこの配信を追いかけるようになった。言葉の壁なんて関係ない。あの拳の音と、あの叫び声は、世界中どこで見ても、きっと同じように胸を熱くさせる。
翌朝、目を覚ましてすぐスマホを確認すると、昨夜のコメントに対する返信がいくつもついていた。日本語話者からの「ナイスセンス」という一言や、同じ海外勢からの「俺も次は何か提案してみる」という書き込み。国も言語も違う人間同士が、たった一つの配信をきっかけに、ゆるく繋がっていく。
仕事に向かう電車の中、俺はもう一度あの必殺技のシーンを再生した。何度見ても、あの一瞬の高揚感は色褪せない。次に配信があったら、また何か力になれることがあるかもしれない。そんなことを考えながら、俺は画面をそっと閉じた。




