11.必殺技には名前が必要らしい
目が覚めてすぐ、枕元のスマホを引き寄せた。画面には、通知が山のように積み重なっている。
昨日の配信の切り抜きらしきものが、いくつか勝手に共有されていた。「あの一撃」のシーンだ。パンチとパイルバンカーの二段構え、あの瞬間を何度も見返している自分がいる。何度見ても、あれが本当に自分の操作だったのか、まだ半信半疑だった。画面の中の「るか」は、俺よりずっと堂々として見える。
コメント欄のアーカイブにも、まだ興奮の余韻がべったりと残っている。
【コメント】昨日の一撃、今見ても鳥肌立つ
【コメント】あれもう一回見たい
【コメント】伝説の始まりだったな
【コメント】寝て起きても興奮冷めないんだけど
昨日の自分は、確かにすごいことをやった――らしい。実感はまだ薄いけど、悪い気分ではなかった。布団の中で何度も同じクリップを再生しているうちに、時計の針はいつの間にか進んでいた。
スマホを閉じる前に、ふと気になって、クリップのコメント欄をスクロールしてみた。知らない名前のアカウントばかりが、口々に感想を書き込んでいる。「これ本人?」「この機体初めて見た」「なんでこんなに伸びてるんだろ」――見覚えのない言葉が、次から次へと流れていく。誰が最初にこの動画を見つけて、誰が拡散したのか、俺にはまるで見当もつかない。ただ、自分の知らないところで、自分の配信が誰かの手によって運ばれていっている。その感覚は、少し不思議で、少しくすぐったかった。
布団から這い出て、階下に降りる。母さんはいつも通り、テレビを見ながら朝食の準備をしていた。
「楓、卵焼き食べる?」
「あ、うん。食べる」
特に何かを聞かれるわけでもない、いつも通りのやり取り。それが今の俺には、ちょうどよかった。あの興奮を誰かに話したい気持ちはあったけど、うまく説明できる自信もなかったし、母さんにゲームの話をするのも、なんだかむず痒い。「昨日、すごい活躍したんだ」なんて、面と向かって言えるほどの図太さは、俺にはまだない。結局、いつも通り黙って卵焼きを頬張った。
食卓の向こうで、母さんが小さく呟いた。
「最近、部屋から楽しそうな声、聞こえてくるね」
ドキッとして、箸が止まる。
「あ……そう、かな」
「うん。前より、なんか、いい感じ」
それだけ言うと、母さんはテレビに視線を戻した。深い意味はなさそうな、何気ない一言。それでも、その一言が胸の奥にじんわり染み込んでくる。俺は何も言えないまま、味噌汁をすすった。
部屋に戻り、ヘッドセットを被る。今日もまた配信を始める時間だ。
ログインすると、視聴者数は開始数分でもう三十人を超えていた。始めたばかりの頃を思えば、驚くべき数字だ。画面の隅には、登録者数の表示もある。「3,214人」。ゼロから始まったことを思えば、途方もない数字に見える。それでも、まだ実感が追いついていない。数字はただの数字で、その向こうに本当に三千人以上の人間がいるなんて、頭ではわかっていても、うまく想像できなかった。
「みなさーん、こんにちは! るかです! 今日もよろしくお願いしまーす!」
【コメント】待ってた
【コメント】昨日の続き見に来た
【コメント】あの一撃また見せて
【コメント】伝説の配信者、本日も参上
「あはは、あれは狙ってできるものじゃないと思うんですけど……まあ、また機会があったら!」
軽く受け流しながら、俺はマップを確認する。今日の目的地は、また別の防衛拠点らしい。運営から届いた通知には、次にどのコアが危ないか、ざっくりとした情報が表示されている。
「よーし、じゃあ今日も向かいますか」
【コメント】また歩くのか
【コメント】もはやこの徒歩がお決まりの儀式で草
【コメント】散歩配信
【コメント】今日も安定の徒歩スタート
定番になりつつあるツッコミに、俺は苦笑しながら歩き出す。景色は変わっても、この移動時間の暇さだけは毎回変わらない。振り返ってみれば、ここ数日だけでも、随分いろんなことがあった気がする。それでも変わらないものがあるって、なんだか少し安心する。
「暇なんで、何か喋りましょうか。今日、なんかネタありますか?」
【コメント】そういえば、あの技名って何かついてるの?
【コメント】昨日のパンチ+杭の一撃
【コメント】あれもう技として認定していいと思う
【コメント】名前ないの逆にもったいない
「技名? そんな大層なもの、特にないですけど……」
【コメント】ロボアニメだったら絶対必殺技名叫んでるところだよ
【コメント】名前ないと逆に締まらない
【コメント】口上つきでお願いします
【コメント】「我が拳に宿りし~」みたいなやつ頼む
「口上は無理です! 絶対噛みますもん、あれ! 想像しただけで恥ずかしくて死ねます! でも、名前くらいなら……」
少し考えて、俺は思いついたことを口にする。
「じゃあ、みんなに決めてもらうっていうのはどうですか? アンケートみたいな感じで」
【コメント】いいね、それ
【コメント】投票企画来た
【コメント】どうせなら盛大にやろう
【コメント】海外勢も呼んで国際大会にしよう
「よし、じゃあ次の配信までに考えといてください! 変な名前も歓迎です! ……あ、でも、あんまりダサいのは却下する権利もらいますからね!」
そう言った直後、自分でもいくつか案を出しておこうと思い立った。せっかくの企画だ、種火くらいは自分で撒いておきたい。
「あ、でも、私も一応考えてはいるんですよ? 例えば……『ルカぱんち』とか」
【コメント】それはない
【コメント】センスが仕事してない
【コメント】投票する前に落選しそう
「え、ひどくないですか!? まだ他にもありますよ、『爆裂パンチ』とか!」
【コメント】情報量足りてなさすぎる
【コメント】爆発してないのに爆裂は盛りすぎ
【コメント】次
「じゃあ、じゃあ……『メガトンキック』!」
【コメント】キックしてないだろ
【コメント】お前が一番キックしてないんだよ
【コメント】自分で言い出しといてキック案出すな
「あ! 確かに! 私、一回もキックしてないのに、なんでキック系の名前ばっかり浮かぶんでしょう……」
ツッコミを入れられながらも、俺は思わず吹き出しそうになった。自分で考えているはずなのに、どうにも的が外れている自覚はある。
「もう一声、『イエローサブマリンパンチ』! ……あ、長い。叫ぶ前に息切れしますね、これ」
【コメント】自分で気づいてて草
【コメント】センスの限界を感じる
【コメント】次点で『潜水艦キック』も来そう
「あ、それもありですね! 『潜水艦キック』!」
【コメント】だから蹴ってないだろ
【コメント】もう病気だよそのキック推し
【コメント】自分の機体の名前引っ張ってきただけじゃん
【コメント】蹴ってねぇじゃねぇか
「だって、なんかそれっぽいじゃないですか! ……まあ、みんなの言う通り、蹴ってないんですけどね」
「蹴ってねぇじゃねぇか」の一言に、コメント欄がどっと沸いた。誰かのふとした一言が、あっという間に合言葉のように広まっていく瞬間を、俺は目の当たりにしていた。この一言は、この先もことあるごとに擦られ続けることになる。
賑やかなやり取りを続けながら、俺は内心、少し楽しくなっていた。自分で出した案がことごとく却下されるのも、こうして誰かとくだらないやり取りを続けられるのも、思っていたよりずっと心地よかった。
そんな話をしているうちにも、足はのろのろと荒野を進んでいく。相変わらず、この長い移動時間だけはどうにもならない。遠くに見える丘の稜線が、いつまで経っても近づいてこない気がする。
【コメント】そういえば、変形どうなったんだっけ
【コメント】前にやろうとして諦めてなかった?
【コメント】あったなそんな回
その一言に、俺は思わず足を止めた。
「あ、それ! そうだ、あれ結局どうにもならなかったんですよね。文字だらけで、途中で心折れちゃって」
【コメント】もったいない
【コメント】今からもう一回やってみたら?
【コメント】暇だしみんなで教えてあげようぜ
【コメント】俺らが総力あげて教える
その提案に、コメント欄が一気に色めき立った。まるで文化祭の出し物でも決まったような、謎の団結感がコメント欄に生まれていく。
「え、みんなで教えてくれるんですか? じゃあ、お言葉に甘えて……」
【コメント】まず装備メニュー開いて
【コメント】そこじゃない、機体制御の下の方
【コメント】フォームチェンジって項目あるでしょ
「あ、これですか? えーと……」
言われるがまま、メニューを開いていく。すると、あの日見た「フォームチェンジ」の文字が、再び目の前に現れた。
```
警告:フォームチェンジには専用の操作訓練が必要です。
簡易ガイドを表示しますか?
```
「あ、これこれ! 前に諦めたやつだ」
【コメント】表示して
【コメント】今度はちゃんと最後まで読め
【コメント】俺らが教えるから大丈夫
半ば背中を押されるような形で、俺はガイドを開く。文字の羅列に一瞬怯みそうになったけど、今日は視聴者という強力な助っ人がいる。
「うっ、やっぱ文字多い……でも今日は逃げません! 覚悟決めました!」
【コメント】左肩のパネルって書いてあるでしょ
【コメント】もっと上、肩の外側
【コメント】そこ長押しだよ、タップじゃなくて
「え、えーと、ここ? ……あれ、反応しない。もうちょい上?」
【コメント】そこもっと後ろ寄り
【コメント】肩甲骨のあたりって書いてない?
【コメント】お前ら詳しすぎるだろw
言われた通りに指をずらしてみるものの、今度は色調設定のメニューが誤って開いてしまい、装甲がまた蛍光色に染まった。
「うわ、また前と同じとこ触っちゃった! これじゃない!」
【コメント】既視感すごい
【コメント】前回と同じ轍踏んでて草
【コメント】学習してないw
「うるさいですね! 今度こそいけますって!」
慌てて色を元に戻し、気を取り直してもう一度、視聴者の指示通りに指を這わせていく。何度か行きつ戻りつを繰り返した末、俺の指はようやく目的の一点にたどり着いた。触れた瞬間、視界の端に小さなアイコンが点滅する。心臓が、少しだけ跳ねた。
「うわ、なんか出た! これ、いけるんじゃ……?」
【コメント】キタコレ
【コメント】ついに変形するのか!?
【コメント】伝説の瞬間、見逃すな
【コメント】みんなで教えた成果がついに
視聴者数の表示が、じわじわと増えていくのが視界の端に見えた。俺自身も、ちょっとした緊張と高揚感で、指先が震える。まさか本当にここまでたどり着けるとは思っていなかった。
「よし、いくぞ……! フォームチェンジ!」
声を張り上げた瞬間、機体全体が眩い光に包まれた。関節という関節から駆動音が響き、装甲がゆっくりと組み変わっていく感覚が、はっきりと伝わってくる。生まれて初めて味わう感覚に、思わず息を呑んだ。
――そして、光が収まった。
「……あれ?」
視界が、やけに低い。というより、動かない。地面と水平になった視界の中で、俺はしばらく状況が飲み込めずにいた。
【コメント】……あれ?
【コメント】え、寝てる?
【コメント】せっかく教えたのに
恐る恐る、状態画面を確認してみる。表示されていたのは「ビークルモード:潜水艦形態」の文字。速度の項目は、見事なまでにゼロだった。
「ちょ、待って、これ動かないんですけど!? なんで!?」
【コメント】潜水艦だからじゃない?
【コメント】海のないマップで潜水艦やって草
【コメント】陸に打ち上げられたクジラで草
【コメント】そういやこの機体海洋戦用だったな
「そんな、みんなして教えてくれたのに、これ……これただ寝てるだけじゃん!」
あまりの脱力感に、思わず笑いが漏れた。あれだけ苦労して、あれだけ盛り上がって、たどり着いた先がこれとは。何度か手足を動かそうとしてみたけど、視界は変わらず地面と水平のまま。ぴくりとも動く気配がない。
「うそでしょ、これ本当に何もできない……!」
【コメント】伝説の変形、その正体は昼寝でした
【コメント】もはや才能
【コメント】これはこれで貴重映像
【コメント】教えた側なのに笑ってしまう
「もう! なんなんですかこれ! ……よし、戻ろ」
もう一度肩のパネルを押すと、機体は再び光に包まれ、いつもの人型フレームへと戻っていった。俺はゆっくりと立ち上がり、何事もなかったかのように、また歩き始める。
「なんだ、結局歩くしかないじゃん」
誰にともなく呟いた一言に、コメント欄が笑いに包まれた。
【コメント】結論、徒歩最強
【コメント】変形するだけ時間の無駄だった説
【コメント】でも面白かったからヨシ!
【コメント】教えた俺らの苦労は?
「いや、ほんとすみません! でも、みなさんのおかげで謎は解けました! この機体、変形しても意味ないってことがわかっただけでも収穫です!」
少しだけ悔しいような、それでいて笑えてしまうような、不思議な気分だった。せっかく視聴者が力を貸してくれたのに、結果がこれとは。それでも、みんなで一つのことに挑戦して、みんなで笑って終われるこの感じは、悪くないと思った。学校にいた頃は、こんなふうにみんなで一つのことに向き合った記憶なんて、ほとんどなかった気がする。班活動でさえ、いつも自分の存在が空気だった。
「まあ、いい話のネタができたということで! みなさん、技名の投票、忘れずお願いしますね!」
気を取り直して、俺は再び荒野を歩き始める。今日もまだ、目的地は遠い。足元の土を踏みしめながら、俺はふと、さっきの一幕を思い返して一人で小さく笑った。
しばらく歩いていると、進行方向の茂みががさりと揺れた。反射的に身構える。飛び出してきたのは、これまで見たことのない、痩せた犬のような形のINVADERだった。図体は小さいが、動きは俊敏で、あっという間に距離を詰めてくる。
「うわ、いきなり!?」
慌てて両腕を構える。ガキンッ、という軽い金属音とともに、爪のようなものが腕を掠めた。痛みらしい痛みはやはり感じない。
【コメント】いきなり単独遭遇戦キタ
【コメント】久々に敵出た
【コメント】がんばれー
「よし、いっちょやりますか!」
踏み込んで拳を振るう。相手は俊敏に距離を取り直そうとしたが、一瞬の隙をついて肘の杭が飛び出し、深々と突き刺さった。あっけないほど簡単に、敵の姿はその場に崩れ落ちる。
「よし、討伐! ……なんか、地味な敵だったな」
【コメント】さらっと倒しすぎ
【コメント】これが日常になってきてる
【コメント】昨日は初撃破で大盛り上がりだったのに
言われてみれば、そうかもしれない。あの日の興奮を思えば、今のこの手応えの薄さは、少し寂しいような気もした。それでも、これが積み重ねというものなんだろう。できなかったことが、いつの間にか当たり前になっていく。学校の勉強では一度も味わえなかった感覚が、こんなところでようやく形になっている気がした。
振り返れば、ほんの昨日まで、俺は敵の姿を見ただけで足がすくんでいた。それが今では、一体倒しただけで「地味」とツッコまれるくらいには、状況に慣れている。人間、変わろうと思えば、案外あっさり変われるものなのかもしれない。もっとも、変わったのが自分の中身なのか、それともこの規格外の機体のおかげなのか、俺自身にもまだよくわかっていなかった。
俺は小さく息をつくと、また歩みを再開した。
それからしばらく歩き続け、ようやく遠くに目的の防衛拠点らしき影が見えてきた頃には、視聴者数はさらに伸びて、五十人近くにまでなっていた。
「お、見えてきた見えてきた! 今日は意外と早く着いたかも!」
【コメント】早いって言っても普通に長時間だからな
【コメント】感覚バグってきてるw
【コメント】これでも成長なんだよなぁ
「いや、体感的には結構早かったんですって! 前なんてもっと長かったですし!」
軽口を叩きながらも、俺は少しだけ誇らしい気分になっていた。以前なら音を上げていたかもしれない距離を、今日は誰かと喋りながら、笑いながら歩き切れた。それだけのことが、なんだか嬉しかった。
【コメント】海外からも見てるよ、頑張って
【コメント】翻訳勢もこの技名投票参加したいって言ってる
【コメント】国際色豊かになってきたな
「え、海外の方も見てくれてるんですか!? ありがとうございます! 投票、ぜひ参加してください!」
まさか海の向こうにまで自分の配信が届いているとは、正直まだ実感が湧かない。それでも、そう言われるたびに、画面の向こうの世界が少しずつ広がっていくような感覚があった。
目の前に迫ってきた防衛拠点の様子を見渡しながら、俺は小さく深呼吸をした。今日も今日とて、何が起こるかわからない。それでも、この不安と隣り合わせの高揚感には、もう随分慣れてきた気がする。
「よし、行きますか!」
【切り抜き師「深夜のカット職人」視点】
深夜、俺は録画データのフォルダを漁っていた。趣味で始めた切り抜き投稿も、そろそろ二年目になる。目利きだけには、多少の自信がある。
「るかちゃんねる」のアーカイブを流し見していたところで、手が止まった。
変形に成功した直後、地面に横たわって一切動かなくなるシーン。プレイヤー本人の困惑した声、コメント欄の反応、その落差が絶妙だった。何度も再生しては、そのたびに小さく吹き出してしまう。
「これは……いける」
誰に言うでもなく、独り言が漏れる。編集ソフトを立ち上げ、該当シーンを切り出していく。タイトル案を頭の中で転がしながら、指がキーボードの上を滑っていった。
『視聴者総出で教えた変形、結果は「昼寝」』
仮タイトルを打ち込みながら、俺は小さく笑った。この配信者、まだそこまで有名じゃないけど、切り抜き師としての勘が「これは伸びる」と告げている。前に一度、初撃破の瞬間を切り抜いたときも、思った以上の反響があった。今回はそれ以上の予感がする。
テロップの色を調整し、笑いどころのタイミングにあわせて効果音を差し込む。地味な作業だけど、この積み重ねが再生数を左右することを、経験上よく知っていた。
思えば、切り抜きという仕事は、地味な発掘作業の連続だ。長い配信アーカイブの中から、拡散に値する数十秒を探し出す。九割九分は空振りに終わる。今日みたいに「これだ」と思える瞬間に出会えるのは、月に数えるほどしかない。
それでも、この瞬間のために続けている。誰も気づいていない面白さを、自分が最初に見つけて、世に送り出す。その快感だけは、他の何にも代えがたかった。
「るかちゃんねる」については、正直まだ半信半疑な部分もある。あの初撃破のクリップも、単発のバズりで終わる可能性は十分にあった。けれど、今回の変形オチを見て、確信めいたものに変わりつつあった。この配信者には、狙って作れない「間の悪さ」と「憎めなさ」が同居している。それは、演出でどうにかできるものじゃない。
投稿ボタンを押す指に、いつもより力がこもった。画面の向こうで、この動画がどれだけの人に届くのか――この時の俺は、まだ何も知らない。
投稿を終えて、俺はコーヒーを一口すすった。時刻はとっくに深夜二時を回っている。明日の仕事のことを考えると多少の後悔もあったが、こういう「見つけた」感覚がある夜は、どうしても寝るのが惜しくなる。
通知欄をもう一度確認する。過去に上げた切り抜きの再生数が、少しずつだけど着実に伸びているのが見えた。派手なバズりはまだない。それでも、この地道な積み重ねの先に、いつか大きな波が来る気がしてならなかった。
「……次も、追いかけてみるか」
誰にともなく呟いて、俺はパソコンの電源を落とした。




