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異世界ランキング王~総合1位だけが王になれる世界〜  作者: れいじ


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第9話 回復魔法ランキング

第9話です。


魔法訓練を続ける大河は、料理ランキングに挑む少女アイと少しずつ距離を縮めていきます。


しかし、アイがランキングに挑む理由には、彼女なりの切実な事情がありました。

魔法訓練場には、朝から淡い熱気が漂っていた。高い石壁に囲まれた中庭には、火魔法の焦げた匂い、水魔法が弾けた後の湿った空気、土を動かす訓練で舞い上がった砂の匂いが混ざっている。剣や格闘の訓練場とは違い、ここに響く音は少し不思議だった。炎が短く爆ぜる音。水が空中で砕ける音。風が石柱を撫でる音。どれも見慣れない力が形を持つ瞬間の音だった。


 大河は訓練用の水晶の前に立ち、右手をかざしていた。昨日と同じ透明な水晶は、台座の上で静かに光を受けている。大河はゆっくり呼吸を整え、胸の奥へ意識を沈めた。魔力を感じろ、とポルポルは言う。だが、それは目に見えるものではない。筋肉のように動かせるわけでも、血の流れのように確かめられるわけでもない。


 それでも昨日よりは、少しだけ分かる気がしていた。


 胸の奥、心臓の鼓動よりもさらに深い場所に、細い温もりのようなものがある。最初はただの気のせいだと思った。けれど呼吸を落ち着け、肩の力を抜き、手のひらの先に意識を向けると、その温もりがほんのわずかに指先へ流れるような感覚があった。


 水晶の表面が、ほんの少しだけ白く曇った。


「光ったのです!」


 横で見ていたポルポルが、思わず飛び跳ねる。紫色の毛並みが朝の光を受けてふわりと揺れた。


「今、少しだけ光ったのです!」


「……これで光ったって言っていいのか?」


 大河は半信半疑で水晶を覗き込んだ。確かに一瞬、内部に淡い光が走ったように見えた。だが、ポルポルが魔力を流した時のようなはっきりした輝きではない。ろうそくの火が消える直前に揺れるくらいの、頼りない光だった。


「最初はそれで十分なのです。昨日は何も反応しなかったのですから、大きな進歩なのです」


 ポルポルは自分のことのように嬉しそうだった。大河は少し照れくさくなり、手を下ろした。五十メートル走で一位を取った時とは違う種類の達成感があった。派手な記録でも、数字でもない。ただ、昨日まで分からなかったものの入口に、ほんの少し触れた。その小さな感覚が妙に胸に残る。


 少し離れた火魔法用の区画では、アイが赤い水晶を前に立っていた。昨日と同じ薄茶色の服に、袖を肘まで折り上げている。小さな手を水晶へかざし、真剣な目で炎を見つめていた。昨日は小さな爆発を起こして指先を火傷していたが、今日は違った。赤い水晶の上に、豆粒ほどの火が浮かんでいる。それは風に怯えるように揺れながらも、すぐには消えなかった。


 アイの額には汗が浮かんでいた。小さな唇はぎゅっと結ばれている。火は少しずつ大きくなり、やがて親指の先ほどの炎になった。料理に使うにはまだ頼りない。けれど昨日の失敗を思えば、確かな前進だった。


 ポルポルがそっと大河の耳元へ寄ってくる。


「アイも昨日より上手くなっているのです」


「すごいな」


 大河は小さく頷いた。アイは十歳ほどの子供に見える。だが、その集中の深さは大人の料理人にも負けていなかった。炎が消えそうになると、彼女は息を止めるようにして手の角度をわずかに変えた。すると火はまた小さく持ち直す。失敗を恐れているのではない。失敗しても、それを次の一手に変えようとしている。


 しばらくして、アイはゆっくり手を下ろした。小さな炎はふっと消え、赤い水晶だけが静かに光を失う。彼女は少し肩で息をしていた。疲れた顔だったが、その目には昨日よりもわずかな手応えが浮かんでいた。


「昨日より安定してたな」


 大河が声をかけると、アイはびくりと肩を揺らした。まだ慣れていないのだろう。けれど昨日ほど警戒した目ではなかった。こちらを見上げ、少しだけ視線を逸らす。


「……そっちも」


「俺?」


「水晶、少し光ってた」


 その一言に、大河は思わず笑った。子供らしい褒め言葉ではない。淡々としていて、必要なことだけを言う。だが、その短い言葉が妙に嬉しかった。


「お互い少しは前進か」


 アイは返事をしなかったが、小さく頷いた。その仕草は本当にわずかで、見逃せば分からないほどだった。ポルポルは二人の間を見比べ、どこか満足そうに尻尾を揺らしている。


 午前の訓練が終わる頃には、太陽が高くなり、訓練場の石壁が熱を持ち始めていた。大河の額には汗が浮かび、アイの髪も少し頬に張りついている。魔力を扱う訓練は走るのとは違う疲れ方をした。身体よりも頭の奥がじんわり重い。それでも水晶が光った感覚を思い出すと、もう一度試したくなる。


 アイは道具を片づけ始めていた。赤い水晶を布に包み、小さな袋へ入れる。動きは手早いが、どこか急いでいるようにも見えた。大河は少し迷った後、声をかけた。


「よかったら、昼飯でもどうだ?」


 アイの手が止まった。


「昨日助けてもらったというほどじゃないけど、魔法仲間になった記念というか。俺のおごりでいい」


 自分で言ってから、少し不器用な誘い方だと思った。ポルポルが横で目を輝かせている。おごりという言葉に反応したのかもしれない。


 アイは袋の口を結びながら、しばらく黙っていた。断るつもりなのだろうと思った。だが彼女は小さく首を横に振っただけで、すぐには歩き出さなかった。


「……行けない」


「そっか。用事か?」


 大河が軽く受け止めようとすると、アイは俯いた。薄茶色の服の裾を、小さな指が握っている。その指先には昨日の火傷の赤みがまだ少し残っていた。


「お母さんが、待ってるから」


 その言葉の響きに、大河は何かを感じた。普通の子供が母親を待たせていると言う時の軽さではない。そこには急がなければならない理由が含まれていた。


 ポルポルも表情を変えた。彼女はいつものように茶化すことなく、アイの顔をじっと見つめている。


「お母さん、具合が悪いのか?」


 大河が静かに尋ねると、アイは唇を結んだ。答えるつもりはないのかと思ったが、やがてぽつりと声を落とした。


「寝てるの。ずっと」


 訓練場のざわめきが、少し遠くなった気がした。大河は続きを急かさなかった。アイは言葉を選ぶように、袋の紐を何度も指でなぞっていた。


「うちは、小さなごはん屋だったの。お母さんが料理して、お父さんが仕入れをして、わたしも手伝ってた。でも、お父さんは借金を残していなくなった。お母さんは、それからすぐに倒れたの」


 アイの声は淡々としていた。涙をこらえているというより、何度も自分に言い聞かせてきた事実を、そのまま並べているようだった。大河はその淡さに胸を締めつけられた。十歳ほどの子供が、借金や病気を当たり前のように口にする。それだけで、この世界の厳しさが静かに伝わってくる。


「お店は?」


「閉めてる。お母さんが起きられないから」


「料理ランキングに出てるのは……」


「お金がいるから」


 アイは顔を上げた。大きな瞳は濡れていなかった。けれど、その奥にある必死さは隠しきれていなかった。


「薬もいる。借金もある。お母さんを治したい」


 大河は言葉を失った。昨日、薬屋へ入っていくアイの小さな背中を見た。薬袋を胸に抱えて急いでいた姿。その理由が、今ようやく形を持って胸に落ちてきた。


 ポルポルがそっと前に出た。


「アイのお母さん、一度見てもいいですか?」


 アイは警戒するように目を細めた。


「どうして?」


「ポルポルは少しだけ回復魔法が使えるのです。治せるかは分からないのです。でも、状態を見ることはできるかもしれないのです」


 アイは大河を見た。大人を信用していいのか迷っている顔だった。父親が借金を残して消えたという話を聞いた後では、その警戒を責めることはできない。大河はできるだけ静かに、ゆっくり頷いた。


「無理にとは言わない。でも、少しでも可能性があるなら見せてほしい」


 長い沈黙があった。訓練場では誰かが風魔法を成功させ、周囲から拍手が起こっている。その明るい音が、三人の間だけには届かないようだった。


 やがてアイは小さく頷いた。


「……来て」


 アイの家は、協会から少し離れた細い通りにあった。賑やかな中央通りを外れ、古い石壁の家々が並ぶ路地を進むと、人の声は少なくなり、代わりに生活の匂いが濃くなる。干された洗濯物、積まれた薪、古い油の匂い。アイは慣れた足取りでその道を進んでいったが、小さな背中には子供らしい軽さがなかった。


 やがて、木の看板が掛かった小さな店の前で足を止めた。看板には、鍋と魚の絵が描かれている。だが扉は閉じられ、窓には内側から布がかけられていた。かつて食堂だった場所なのだろう。入口の脇には使われなくなった椅子が積まれ、窓枠には薄く埃が溜まっていた。


 アイが鍵を開けると、かすかに古い出汁の匂いが残る店内へ入った。客席には木のテーブルが三つ。椅子はきれいに並べられているが、長く使われていないためか、どこか静かすぎた。奥には厨房が見える。鍋や包丁は手入れされていたが、火は入っていない。料理の場であるはずの場所に、人の声も湯気もないことが、妙に寂しかった。


「こっち」


 アイは奥の小さな部屋へ案内した。薄暗い部屋の中には、細い寝台が一つあった。そこに一人の女性が横たわっている。年齢はまだ若く見えるが、頬は痩せ、唇には血の気がない。呼吸はしている。けれど眠っているというより、深い水底に沈んでいるような静けさがあった。


 アイは寝台の横に立ち、女性の手をそっと握った。


「お母さん」


 返事はなかった。


 ポルポルは大河の肩の横から静かに飛び、女性の近くへ寄った。いつもの騒がしさは消えている。小さな前足を女性の胸元にかざすと、淡い紫色の光が広がった。部屋の空気が少しだけ揺れる。大河は息を潜めて見守った。


 しばらくして、ポルポルの表情が変わった。耳が伏せられ、尻尾の動きが止まる。彼女はさらに慎重に魔力を流したが、すぐに光を弱めた。


「これは……普通の病気じゃないのです」


 アイの手がぴくりと震えた。


「治せる?」


 その声は小さかった。けれど、そこにどれだけの願いが込められているか、大河にも分かった。


 ポルポルはすぐには答えなかった。答えたくないことを答える時の沈黙だった。


「ポルポルには無理なのです」


 アイの顔から、わずかに色が引いた。だが彼女は泣かなかった。ただ母親の手をさらに強く握る。


「少なくとも、初歩の回復魔法では届かないのです。中級でも難しいかもしれないのです。上級回復魔法が必要なのです」


「上級……」


 アイが呟く。言葉の意味は分かっているのだろう。上級の回復術師に診てもらうには金がいる。運もいる。そもそも会ってもらえるかも分からない。


 大河は寝台の女性を見つめた。自分に治療はできない。魔力を感じる練習を始めたばかりで、カードにすらまともに魔力を流せない。けれど、ここで何もできないと黙って帰ることはできなかった。


「治せる人はいるのか?」


 大河が尋ねると、ポルポルは小さく頷いた。


「可能性がある人なら、いるのです」


 その言葉で、アイが顔を上げた。大河もポルポルを見る。


「回復魔法ランキングの上位者なのです。特に、一位の人なら……」


 ポルポルは言葉を切った。可能性を口にすることすら慎重になっているようだった。


「協会へ行こう」


 大河は静かに言った。


 アイが驚いたようにこちらを見る。


「今すぐ治せるとは言えない。でも、まず誰に頼めばいいのか調べよう」


 アイは何か言おうとして、言葉を飲み込んだ。小さな手が母親の手を離れ、服の裾を握る。迷いと期待と怖さが混ざった表情だった。大河はその顔を見て、胸の奥に静かな決意が沈んでいくのを感じた。


 協会へ戻る頃には、午後の光が少し傾き始めていた。受付ホールの賑わいは相変わらずで、ランキング掲示板には無数の名前と数字が浮かんでいる。大河たちは回復魔法ランキングの掲示板へ向かった。そこは魔法系の中でも人だかりができやすい場所らしく、怪我人や付き添いらしき人々も何人か立っていた。


 ポルポルがカードに魔力を流すと、掲示板の一部が大きく開き、回復魔法ランキングの上位者が表示された。


 一位。エリカ。無所属。千ポイント。


 大河はその名前を見上げた。千ポイント。五十メートル走一位の十倍。王が五つのバトル部門で一位を持つという話を聞いた時にも感じたが、千という数字はやはり別格だった。


「エリカ……無所属?」


 大河が呟くと、ポルポルが頷いた。


「有名な人なのです。ポルポルは神様から、この世界の重要ランカーや危険人物、有名なグループについて最低限の情報を教わっているのです。それにエリカは、協会でもかなり有名なのです」


「どう有名なんだ?」


「回復魔法ランキング一位。しかも無所属。三大派閥のスターエルミナス、アイナルファイター、ロックフィッシャーから何度も勧誘されているのに、全部断っているのです」


 アイが掲示板を見上げたまま、ぽつりと呟いた。


「どうして?」


「ランキングにも派閥にも、あまり興味がない人らしいのです」


 ポルポルの声には、少しだけ敬意が混じっていた。


「それでもランキングに出ているのは、知名度がある方が患者に信頼されやすいからなのです。重い病気や怪我を抱えた人が、彼女を見つけやすくなるから。そう言われているのです」


 大河は掲示板の名前を見つめた。エリカ。無所属。一位。千ポイント。三大派閥の誘いを拒み、ランキングを名声や権力のためではなく、患者に見つけてもらうために使う回復術師。


 それは、どこか大河の胸に引っかかった。ランキングに支配された世界で、ランキングを目的ではなく手段として使う人間がいる。その事実が、強く印象に残った。


「この人なら、お母さんを治せるの?」


 アイの声が震えていた。大河は答えられなかった。無責任に大丈夫とは言えない。ポルポルも、慎重に言葉を選んでいる。


「分からないのです。でも、可能性は一番高いのです」


 アイは掲示板を見上げたまま、両手を胸の前で握った。小さな身体が、大きな数字の光に照らされている。千ポイント。遠い。あまりにも遠い存在だ。けれど、今のアイにとっては、母親へ繋がるかもしれない唯一の道に見えているのだろう。


 大河はカードを握りしめた。五十メートル走一位で得た百ポイント。百万マールの足場。それは自分のためだけに使うものだと思っていた。魔法を学び、剣を学び、スキルを得るための資金。王を目指すための第一歩。


 だが今、その使い道が少し変わった気がした。


「エリカに会おう」


 大河がそう言うと、アイがはっと振り向いた。


「簡単に会える相手じゃないかもしれない。でも、探す。頼める方法を考える」


 アイは何も言わなかった。唇がわずかに震えている。泣きそうなのか、信じていいのか分からないのか、その両方なのか。大河には判断できなかった。ただ、小さな少女が必死に握りしめていたものを、少しだけ一緒に持ちたいと思った。


 ポルポルは掲示板を見上げながら、静かに頷いた。


「まずは情報集めなのです。エリカは有名ですが、気軽に会える人ではないのです。でも、道は必ずあるのです」


 協会の掲示板に、エリカの名が淡く輝いている。無数のランキングの中で、その名前だけが妙に遠く、しかし確かに見える灯のようだった。


 大河はその光を見上げながら、心の中で一つ決めた。


 王を目指す道は、ただ順位を上げるだけの道ではない。


 誰かを助けたいと思った時にも、ランキングの扉は開かれるのだと。魔法ランキング


 

第9話を読んでいただき、ありがとうございました。


今回は、アイが料理ランキングに挑んでいる理由が明らかになりました。


母を助けるため。

借金を返すため。

小さな身体でランキング世界に立ち続けるアイの事情を知り、大河はエリカという回復魔法ランキング一位の存在を知ります。


王を目指すためだけではなく、誰かを助けるためにもランキングを使う。


大河の道が、少しずつ広がり始めています。


次回も読んでいただけると嬉しいです。

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