第89話 スペースワンダフル、初依頼
第89話です。
長期休暇も十日目を迎え、大河は新たなランキングへ挑戦します。
今回挑むのは、学院で一か月以上学んできた《剣術格闘》。
素手格闘ではシルバーランカーとなった大河ですが、剣を使った実戦はまだ経験が浅いままです。
果たして、これまで培ってきた戦闘経験は剣術でも通用するのでしょうか。
そして、長期休暇中のスペースワンダフルにも新たな動きが……。
今回もよろしくお願いします!
長期休暇十日目の朝、大河は腰に差した木刀の柄を何度も確かめながら、ランキング協会の廊下を歩いていた。
一昨日買ったばかりの自分専用の木刀は、学院で借りているものよりわずかに重い。柄には滑り止めの革が巻かれ、握るたびに乾いた感触が掌へ返ってくる。防具も同じ日に揃えた。どうせ買うなら長く使えるものがいいとクララに付き合ってもらい、予定していたより少し値は張ったものの、身体へよく馴染んでいる。
「だから言ったでしょ。それにして正解だったって」
隣を歩くクララが、大河の視線に気づいて得意そうに口元を上げた。
「まだ何も言ってないだろ」
「顔を見れば分かるわよ。気に入ってるんでしょ?」
「まあな。動きやすいし」
「私が選んだんだから当然よ。簡単に壊さないでよね」
「俺の心配じゃなくて防具の心配かよ」
二人の間を漂っていたポルポルが、くるりと身体を回して大河の防具を眺める。
「大河さんなら防具より先に相手を壊しそうなのです」
「壊さないよ」
今日は大河の剣術格闘ランキング初挑戦の日だった。
応援に来ているのはクララとポルポルだけだ。エリカは診療所を開けており、ルルはその手伝いをしながら回復魔法を学ばせてもらっている。ビスタは以前から約束していた冒険者仲間との依頼へ出かけ、ライズとトータもそれぞれ自分の訓練をすると言っていた。
以前なら少し寂しく感じたかもしれない。
けれど大河は、むしろその方がいいような気がしていた。
自分とクララがシルバーランカーになった日、ライズは「俺たちも負けてられないな」と言った。ルルも小さな声ながら、自分も上へ行きたいと口にした。
みんなが同じ場所へ集まらなくても、それぞれが自分に必要なことを始めている。それでいい。
大河は試合場へ入り、正面に立つ男へ視線を向けた。
剣術格闘ランキング六百六十一位のローランカー。勝てば、その順位へ大河が入る。
開始の合図が響き、大河は木刀を構えた。
初めての剣術格闘ランキング戦ということで、多少の緊張はあった。素手なら相手がシルバーランカーでも臆することはない。それでも剣を握れば話は別だ。学院で剣術を習い始めて一か月以上になるとはいえ、自分がどこまで通用するのかは分からない。
相手の足が床を蹴った。
木刀が斜め上から振り下ろされる。
大河はその軌道を目で追いながら、自分でも不思議な感覚を覚えていた。
見える。
肩が動き、肘が伸び、木刀の切っ先が加速していく。どこへ来るのか考えるより先に身体が動き、大河の木刀が相手の一撃を外側へ流した。
乾いた音が試合場に弾ける。
そのまま踏み込むと、相手が慌てて木刀を戻そうとする動きまで妙にはっきり見えた。
大河は空いた胴へ木刀を止める。
そこで勝負は決まった。
「……もう終わり?」
自分の方が拍子抜けしてしまい、大河は木刀を下ろしながら瞬きをした。
剣術の技術だけなら、まだまだ知らないことの方が多い。それでもこの七か月、素手格闘だけでなく、魔法を交えた戦い、グループランキング戦、そして五百人が入り乱れたエリアバトルまで経験してきた。
相手を見ること。間合いを測ること。攻撃が来る前の僅かな動きを拾うこと。そうしたものは、武器を持ったからといって消えるわけではない。
試合場を出てランキングカードを確認すると、新しい文字が刻まれていた。
《剣術格闘ランキング 661位》
「六百六十一位か」
「初挑戦なら十分じゃない?」
クララが横からカードを覗き込む。
大河は腰の木刀へ手を添えた。
「思ってたより動けたな」
「そりゃそうでしょ。一か月以上練習してるんだから」
「でも、まだ剣を使ってるっていうより、今までの戦い方に剣が増えた感じなんだよな」
「だったら、ちゃんと剣を使えるようになったらもっと強くなるってことでしょ」
クララの言葉に、大河はもう一度カードを見る。
次に挑むならミドルランカー。今すぐ挑戦してみたい気持ちがないわけではない。しかし、初戦が簡単だったからといって剣術まで自分が完成したわけではない。
「次はもう少し練習してからだな」
「その方がいいわね」
クララはそう言ったあと、試合場へ目を戻した。しばらく黙っていたが、その横顔を見ていると、何かを考えているのが分かる。
「どうした?」
「……私もやってみようかしら」
「剣術格闘?」
「違うわよ」
クララが振り返り、赤い髪を肩の後ろへ払った。
「魔法剣術格闘」
その日のうちにクララも申し込み、七百四十五位のローランカーと対戦した。
結果は大河とほとんど変わらなかった。
中級クラスまで身につけた剣術に、魔法格闘十五位まで上り詰めた魔法が加わる。相手が剣へ意識を向ければ魔法が飛び、魔法を警戒すればクララ自身が一気に間合いを詰める。
大河が観客席でポルポルと話している間に、勝負はあっけなく終わっていた。
試合場から戻ってきたクララは、自分のランキングカードに刻まれた《魔法剣術格闘ランキング 745位》の文字をしばらく眺めたあと、軽く肩をすくめた。
「まあ、最初はこんなものかしら」
「余裕だったな」
「ローランカーだもの。次からでしょ」
そう言いながらも、その口元には小さな笑みが残っていた。
ランキング協会を出ると、昼を過ぎた街には明るい陽射しが降り注いでいた。石畳の上を馬車が通り過ぎ、車輪が乾いた音を残していく。
大河は歩きながら、ふとエリアバトルのことを思い出した。
「クララ」
「なに?」
「明日、みんなで冒険者ギルドに行ってみないか?」
クララが足を緩める。
「冒険者ギルド?」
「スペースワンダフルで登録して、依頼を受けてみたいんだ」
大河は街の向こうへ視線を向けた。
「この前のエリアバトル、俺たちにとってかなりいい経験になっただろ。ランキング戦だけじゃなくて、五人で実戦を経験していけば、もっと連携も良くなると思う」
クララはしばらく大河の横顔を見ていたが、やがて小さく頷いた。
「いいんじゃない? 私も実戦で魔法と剣を合わせてみたいし」
「決まりだな」
「今度は冒険者なのです!」
頭上で聞いていたポルポルが嬉しそうに一回転する。
「報酬も出るのです!」
「お前はそこなんだな」
翌朝。
冒険者ギルドの大きな扉を押し開けると、外の爽やかな空気とは違う熱気が大河たちを迎えた。
革製の防具に染み込んだ油の匂い。酒場から漂ってくる焼いた肉の香り。床板を踏み鳴らす靴音に、あちこちから聞こえる太い笑い声。壁際には剣や槍を背負った冒険者たちが集まり、奥の巨大な掲示板には何十枚もの依頼書が並んでいる。
ライズが興味深そうに辺りを見回す横で、ルルは大柄な冒険者が通るたびに邪魔にならないよう身体を寄せている。トータに至っては、建物へ入った瞬間から掲示板に並ぶ依頼書へ目を奪われていた。
そんな四人とは違い、大河にとってこの場所はもう見慣れたものだった。
ポルポルと二人で依頼を受けたこともある。ビスタに誘われ、ほかの冒険者たちとパーティーを組んで魔物討伐へ向かったこともあった。
そして、あの時のことを思い出せば、今でも身体の奥に冷たいものが残っている。
S級魔物、アビス・ヴルム。
圧倒的な力を前に、大河は本当に死のすぐそばまで追い込まれた。身体は思うように動かず、自分ではどうすることもできないところまで追い詰められた。
そんな大河を救ったのが、ポルポルだった。
いつもの小さな姿から突然変わった、あの姿。あれが何だったのか、大河はいまだに分かっていない。ポルポル自身にも、はっきりしたことは分からないようだった。
大河はふと、少し前を飛んでいるポルポルへ目を向けた。
「なんなのです?」
視線に気づいたポルポルが、空中で止まって首を傾げる。
「……いや、なんでもない」
大河はわずかに口元を緩めた。
あの時、ポルポルがいなければ、自分は今ここに立っていなかったかもしれない。
ランキング戦とは違う。審判がいて、勝敗が決まれば終わる戦いではない。魔物は倒れた相手を見て攻撃をやめてくれるわけではなく、一つ判断を間違えれば、その先にあるのは順位の下降ではなく死だ。
「大河は慣れてるんだな」
ライズの声に、大河は過去から引き戻された。
「何度か来てるからな。ビスタたちと一緒に依頼を受けたこともあるよ」
「あいつ、冒険者だもんな」
「今日も別の依頼に行ってるくらいだからな」
ポルポルが大河の肩近くまで降りてくる。
「大河さんも立派な冒険者なのです」
「立派かどうかは分からないけどな」
大河は苦笑しながら受付へ向かった。
今回は個人ではない。
スペースワンダフルとしての初めての冒険者活動だ。
受付で事情を話すと、女性職員は五人の情報を一人ずつ確認していった。大河の素手格闘十九位、クララの魔法格闘十五位が表示されたところで、その手が止まる。
「お二人とも、シルバーランカーなんですね」
「この前なったばかりですけど」
「それでも十分ですよ」
職員はライズたちの情報にも目を通し、手元の書類へ何かを書き加えた。
「この構成でしたら、新規パーティー向けより上の依頼も受けられます。もちろん、依頼ごとの条件は確認していただきますが」
「結構いい依頼も受けられるってことか?」
トータの目が輝く。
受付を離れると、真っ先に掲示板へ向かったのもトータだった。
「おい、これ八十万だぞ。こっちは百二十万!」
「トータさん、お金しか見てないのです」
「依頼なんだから報酬は大事だろ!」
「ポルポルも報酬は大事だと思うのです」
「じゃあなんで俺に言ったんだよ!」
トータの声に、ルルが口元を押さえて笑う。
大河も掲示板へ近づいた。
薬草採取、荷物の護衛、行方不明者の捜索、魔物の討伐。依頼書には目的地や報酬だけでなく、討伐対象の場合は魔物の姿を描いた絵も添えられている。
大河は報酬額だけでなく、その横に記された依頼内容へ順番に目を通していった。
どこへ向かうのか。何を相手にするのか。どの程度の数が確認されているのか。
依頼書に書かれている情報がすべてとは限らない。現地へ行ってみなければ分からないこともある。それでも、事前に分かる危険を見落とす理由にはならなかった。
「トータ、報酬だけで決めるなよ」
依頼書を覗き込んでいたトータが振り返る。
「でも、どうせやるなら高い方がよくない?」
「それで死んだら使えないだろ」
大河が何気なく返すと、トータの眉が少し上がった。
「大河、そんなヤバい依頼やったことあんの?」
「S級の魔物に殺されかけたことならあるよ」
「……マジ?」
トータの視線が大河の顔に止まる。
大河はそれ以上詳しく話さず、再び掲示板へ目を戻した。今こうして無事に立っているから口にできるだけで、あの時に一歩間違えていれば、ここへ仲間を連れてくることもなかった。
やがて、一枚の依頼書に目が止まった。
大きく翼を広げた灰黒色の魔物が描かれている。鳥に似ているものの、身体はもっと頑丈そうで、長い嘴の先は鋭く尖り、太い脚には湾曲した鉤爪が生えていた。
《ガルドスカルノ討伐》
山岳地帯を結ぶ大橋周辺に群れで出没し、橋を渡る旅人や商隊を襲っているらしい。被害が続いたことで現在は交易にも支障が出ており、報酬の欄には二百万マニーと記されている。
「二百万!?」
隣から顔を出したトータの声が裏返った。
「これにしようぜ!」
「だから報酬だけで決めるなって」
「二百万だぞ! 五人で割っても四十万!」
「トータさん、魔物の絵より先に報酬を見たのです」
「お前も今、二百万のところ見てただろ!」
「見てないのです」
「嘘つけ!」
大河は二人のやり取りを聞きながら、もう一度依頼書へ目を落とした。
ガルドスカルノは群れで行動する。
空を飛ぶ相手なら、戦い方も普段とは変わるだろう。大河自身は火、水、氷の魔法で遠距離から攻撃できる。《火力マックス》を使えば、その威力をさらに引き上げることも可能だ。
クララも魔法で遠距離へ攻撃できる。ライズは接近戦が中心だが、敵が橋を渡る人間を狙うのであれば、襲いかかってくる瞬間に迎え撃てるはずだ。ルルがいれば負傷した仲間への対応もできる。
そして、トータの《目印》。
今回は人間同士のランキング戦ではない。相手は魔物なのだから、能力を隠しておく必要などない。印を付けることさえできれば、空中を飛び回る相手に攻撃を当てる大きな助けになる。
問題は、その印を付けるためにはトータ自身が対象へ触れなければならないことだった。
「俺はこれ、いいと思う」
大河が言うと、クララが依頼書を覗き込んだ。
「報酬?」
「それも悪くないけど」
大河は指先で依頼内容をなぞる。
「複数の敵を相手にするなら、連携の練習になる。この前のエリアバトルで、五人で戦う経験がもっと必要だと思ったんだ。それに今回は魔物だから、トータも《目印》を遠慮なく使える」
名前を出されたトータが、大河の肩越しから魔物の絵を見る。
「飛んでるけどな」
「そこはやってみないと分からないな。低く降りてきた時なら触れられるかもしれない」
「よし。じゃあ俺が触って印を付ければ、あとはお前らが必中でボコボコにできるってことだな」
「簡単に言うなよ」
ライズも依頼書の絵を眺めながら口元を上げた。
「空を飛ぶ相手ってのも面白そうだな」
「私は構わないわ」
クララもあっさり同意した。
ルルは少し不安そうにガルドスカルノの鉤爪を見ていたが、やがて大河たちへ視線を戻し、小さく頷いた。
「私も行く」
「よし、決まりだな」
「二百万!」
「トータさんは結局そこなのです!」
こうして、スペースワンダフルとして初めての依頼が決まった。
目的地までは街から数時間。
山道へ入ると、街の喧騒はいつの間にか消え、代わりに木々を揺らす風の音と鳥の声が辺りを満たしていた。陽射しは枝葉に遮られ、土の匂いを含んだ冷たい空気が頬を撫でていく。
大河が先頭を歩き、その後ろをライズとトータ、ルル、クララが続く。ポルポルは疲れる様子もなく頭上をふわふわ漂っていた。
「冒険者の依頼って、もっとこう……魔物を探し回る感じかと思ってた」
トータが背負った荷物を直しながら呟く。
「今回は場所が分かってるからな」
「二百万が向こうから待ってるわけだ」
「トータさんの中では、もう魔物がマニーに見えてるのです」
「お前は黙ってろ」
軽口を交わしながら歩いていた一行だったが、山道をさらに進むにつれて、少しずつ周囲の様子が変わっていった。
さっきまで枝から枝へ飛び交っていた鳥の姿が消え、鳴き声も聞こえなくなっている。湿った土を踏む靴音と、風が葉を擦り合わせる乾いた音だけが妙に近く感じられた。
やがて木立が途切れた。
視界が一気に開け、大河は足を止める。
「……すごいな」
目の前には深い谷が広がっていた。
切り立った岩壁が遥か下まで続き、谷底を流れる川は白い筋ほどにしか見えない。向こう側にはもう一つの山がそびえ、その二つを結ぶように一本の長い橋が架かっている。
谷から吹き上がる風が大河の髪を乱した。
橋の中央付近には、一台の馬車が残されていた。荷台は傾き、木箱や布袋が橋の上へ散乱している。それなのに、人の姿はどこにも見えない。
さっきまで喋っていたトータが口を閉じた。
ルルも無意識に杖を握り直している。
大河は足元から橋へ視線を移し、さらに周囲の岩壁、山の斜面、空へと順番に目を走らせた。
アビス・ヴルムとの戦いを経験して以来、依頼書に書かれていることだけを信じて現場へ入る気にはなれなくなっていた。
何かがおかしい。
鳥一羽いない静けさが、耳の奥へまとわりつく。
その時だった。
バサッ……バサッ……。
重い翼が空気を叩く音が、山の向こうから聞こえてきた。
「来るわよ」
クララの声が低くなる。
稜線の向こうから、一つの黒い影が姿を現した。
続いて二つ、三つ。
それだけでは終わらない。
青い空を削り取るように、次々と黒い影が山を越えてくる。
「おいおい……」
ライズが目を細めた。
十を超え、二十を超えても、まだ増えていく。
依頼書に描かれていた太い嘴。大きな翼。そして獲物を掴むための鋭い鉤爪。
ガルドスカルノ。
群れは橋の上空を大きく旋回しながら、明らかに大河たちへ向きを変え始めていた。
そのさらに上空。
群れから離れた高い場所を、一回りどころか二回りは大きな影がゆっくりと旋回している。
大河は目を細めた。
依頼書に描かれていたガルドスカルノとは、明らかに違う。
「……あんなの、依頼書には載ってなかったよな」
クララも空を見上げたまま、静かに腰の剣へ手を伸ばす。
「ええ。見てないわね」
谷から吹き上がった風が、一段強く橋を揺らした。
頭上では無数の翼が空気を打ち、その音が重なり合って低い轟きへ変わっていく。
大河は腰の武器へ手をかけながら、迫ってくる黒い群れを見据えた。
第89話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は大河とクララが、それぞれ新しいランキングへ挑戦しました!
大河は《剣術格闘》661位、クララは《魔法剣術格闘》745位。
二人ともローランカーからのスタートですが、これまでの経験を活かして危なげなく勝利しました。
そして後半では、スペースワンダフルとして初めて冒険者ギルドの依頼に挑戦!
選んだのは、報酬200万マニーの《ガルドスカルノ討伐》です。
ランキング戦とは違い、冒険者の仕事には命の危険が伴います。
かつてS級魔物に殺されかけた大河だからこそ、その怖さも理解しているはず。
しかし、現地で待っていたのは想像以上のガルドスカルノの大群。
さらに上空には、依頼書に載っていなかった巨大な影まで……。
果たして五人は、初めての冒険者依頼を無事に達成できるのでしょうか。
面白かった、続きが気になると思っていただけたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです!
次回もよろしくお願いします!




