第88話 勝利のあとで
第88話です。
ワイナ先生との激闘を制し、ついに素手格闘ランキング19位、シルバーランカーとなった大河。
しかし、勝利の代償は大きく、身体にはかなりのダメージが残っています。
一方、大河に続いてクララも魔法格闘のシルバーランカーへ挑戦中。
果たしてクララも、大河に続いて昇格することができるのでしょうか。
今回もよろしくお願いします!
救護室へ運ばれてからしばらく経っても、大河の耳にはまだ大闘技場の歓声が残っていた。
白い布を張った天井を眺めながら息を吸うと、胸の奥に鈍い痛みが走る。背中も脇腹も痛み、少し身体を動かすだけで、流水拳を受けた場所が順番に存在を主張してきた。
「いってぇ……」
「動かないでください。今、確認していますから」
ベッドの横に立つ救護隊の治療師が、大河の脇腹へ手をかざしていた。淡い光が服の上から身体へ染み込んでくると、熱を持っていた痛みが少しずつ和らいでいく。
周囲には同じように試合を終えたランカーたちが何人も横になっていた。ハイランカー祭という名前の通り、今日は朝から上位ランカー同士の激しい戦いが続いている。奥のベッドでは腕に包帯を巻かれた男が横になり、その隣では額から血を流した女が治療を受けていた。
大河は自分の腕を持ち上げようとして、すぐに諦めた。
ワイナ先生に勝った。
素手格闘ランキング十九位。
シルバーランカー。
頭では分かっているのに、まだ妙な感じがする。
一か月前、ワイナがシルバーランカーになったと聞いて祝いに行った。その時には、自分が一か月後に本人を倒して同じ場所へ上がるなど、本気で想像していなかった。
最後にワイナが大河の腕を二度叩いた感触が、今も残っている。
「スリーパーホールドか……」
思い返すと、自分でもよくあんなことをやったと思う。
流水拳を食らって頭がまともに働いていなかったからこそ、できたのかもしれない。
その時、救護室の扉が勢いよく開いた。
「大河さん!」
聞き慣れた声とともに、紫がかった小さな身体が飛び込んでくる。
「ポルポル」
「大丈夫なのです!?」
ポルポルは一直線に大河のベッドまで飛んでくると、顔のすぐ近くで止まった。大きな瞳が大河の額から頬、胸元へ忙しなく動いている。
「見れば分かるだろ。生きてるよ」
「途中で本当にダメかと思ったのです! 大河さん、ずっとバキバキ、ドカドカやられてたのです!」
「もう少し言い方ないのか?」
大河が苦笑していると、その後ろからエリカが入ってきた。
いつものゆったりとした服を揺らしながらベッドへ近づき、大河の顔を覗き込む。頬の腫れや腕に残る痣を順番に確認すると、細い眉がわずかに寄った。
「結構やられたのう、大河くん」
「先生、本気でしたからね」
「それにしても派手にやられたものじゃ。あの流水拳とやら、なかなかの技じゃったな」
そう言いながらも、エリカの口元は緩んでいる。
「じゃが、よく勝った。さすが大河くんじゃ」
「ありがとうございます」
エリカは満足そうに頷くと、ベッドの横にいた治療師へ目を向けた。
「ちと代わってくれるかの」
「え?」
「大河くんは特別じゃ。わしが手当てしてやろう」
その言葉を聞いた治療師の表情が止まった。
エリカの顔を二度見したあと、目が大きく開く。
「もしかして……エリカ様ですか?」
「そうじゃが?」
「回復ランキング一位の……?」
「ほかに誰がおる」
エリカが首を傾げる。
その声を聞いたのか、近くにいた別の治療師まで振り返った。
「エリカ様?」
「本物?」
小さなざわめきが救護室へ広がっていく。
大河はベッドに寝たまま周囲を見回した。
普段から一緒に暮らしているせいで忘れそうになるが、エリカは回復ランキング一位。この世界で回復魔法を扱う者にとっては、雲の上の存在なのだろう。
その本人は周囲の視線など気にする様子もなく、大河の身体へ手をかざした。
「では始めるぞ。少し温かくなるからの」
「お願いします」
柔らかな光がエリカの掌から広がった。
先ほど受けていた治療とは明らかに違う。淡い光に包まれた場所から、身体の奥へ染みついていた痛みが溶けていく。熱を持っていた脇腹が軽くなり、息を吸った時の胸の痛みも消えていった。
「おお……」
「どうじゃ?」
「やっぱり全然違いますね」
「当然じゃ。誰が治療しとると思っとる」
エリカが得意そうに顎を上げる。
「大河さん、もう一回戦えるのです?」
「いやもう戦わないよ」
「今日はハイランカー祭なのです。相手ならいっぱいいるのです!」
「なんで勝った直後に次を探すんだよ」
「今なら勢いがあるのです!」
「俺の身体のことも考えてくれよ」
二人のやり取りを聞いていたエリカが、くつくつと笑う。
大河もつられて笑った。
その時、救護室の外から大きな鐘の音が聞こえてきた。
クララが壁に掛けられた時計へ目を向ける姿が、大河の頭に浮かぶ。
「そういえば、クララの試合……」
「もうすぐなのです」
ポルポルも扉の方を見る。
大河の試合が終わったあと、クララには魔法格闘部門のランキング戦が控えていた。観戦に来ていたライズ、トータ、ルル、ビスタたちは、そのままクララと一緒に試合会場へ向かっている。
「見たかったな」
「今から行ってはいかんぞ」
エリカがすぐに釘を刺した。
「まだ治療中じゃ」
「分かってますよ」
「大河さんはポルポルたちと待ってるのです」
大河はベッドへ頭を戻した。
「勝てるかな」
「クララさんなら大丈夫なのです!」
「そうじゃな。あやつもなかなか強いからの」
エリカの掌から流れ込む温かな光を感じながら、大河は天井を見つめた。
自分は勝った。
次はクララ。
グループランキング戦を一緒に戦い、最後には自分を残して脱落した仲間だ。
できれば勝って戻ってきてほしい。
そう思いながら、大河はゆっくり目を閉じた。
それから三十分ほどが過ぎた。
エリカの治療が終わる頃には、大河の身体に残っていた痛みはほとんど消えていた。
試しにベッドの上で腕を回してみる。
「やっぱりすげえ……」
流水拳をあれだけまともに食らった身体とは思えない。
「じゃが、今日は無茶するでないぞ」
「分かってます」
「本当に分かっとるのか?」
「分かってますって」
疑わしそうなエリカの視線を受けながら、大河が身体を起こした時だった。
救護室の扉が開いた。
大河は反射的にそちらを見る。
最初に入ってきたのは救護隊の男だった。
その後ろから、一人の少女が歩いてくる。
「……クララ?」
大河は思わず目を丸くした。
クララの長い髪は乱れ、頬には薄い傷が走っていた。服の一部は焦げ、肩から腕にかけても赤い痕が残っている。自分の足で歩いてはいるものの、足取りには普段の軽さがない。
クララもベッドの上にいる大河に気づいた。
「あら。もう起きてるの?」
「エリカさんに治してもらったからな。それより……」
大河はクララを上から下まで眺めた。
「こっぴどくやられたな」
「誰かさんに言われたくないわよ」
「俺はもう治ってるから」
「三十分前までボロボロだったでしょうが」
クララはそう言い返したものの、近くのベッドへ腰を下ろした途端、肩から力が抜けた。
大河はその顔を見つめる。
「それで、試合はどうなったんだ?」
クララは少しだけ俯いていた顔を上げた。
疲れの残る頬に、ゆっくり笑みが浮かぶ。
「もちろん勝ったわよ」
「おお!」
大河の声が救護室に響いた。
ポルポルも勢いよく飛び上がる。
「やったのです!」
「私も今日からシルバーランカーよ。魔法格闘十五位」
「十五位か。すごいじゃん!」
「まあね」
クララは得意そうに髪を払おうとして、途中で腕を止めた。
「いたた……」
「無理するなよ」
「分かってるわよ。それより相手がしぶとくて、《炎帝》を何度も使わされたの。もう魔力もほとんど残ってないわ」
「そんなに使ったのか」
「勝つためだから仕方ないでしょ」
クララは背中からベッドへ倒れ込み、長く息を吐いた。
その様子を見ていたエリカが立ち上がる。
「仕方ないのう」
「え?」
クララが顔だけを向けた。
エリカはベッドの横まで歩くと、クララの傷を眺めた。
「大河くんも世話になっとるからの。おぬしも今日は特別じゃ。わしが手当てしてやろう」
クララの目が大きくなる。
「いいの?」
「嫌ならやめてもよいぞ」
「誰も嫌なんて言ってないわよ!」
さっきまで疲れ切っていたクララが勢いよく身体を起こしかけ、すぐに顔をしかめた。
「ほれ、動くでない」
エリカが呆れたように笑う。
再び柔らかな光が救護室を照らした。
クララは最初こそ珍しそうに光を眺めていたが、やがて身体から力が抜けていく。張りつめていた表情も少しずつ和らいだ。
「すご……」
「だろ?」
隣から大河が声をかける。
「俺なんかもうほとんど治ってるぞ」
「なんであんたが自慢するのよ」
「エリカさんのすごさを教えてやろうと思って」
「それくらい知ってるわよ。回復ランキング一位なんだから」
「ほっほっほ。もっと褒めてもよいぞ」
「エリカさん、嬉しそうですね」
「当然じゃ」
そんな話をしていると、廊下から賑やかな足音が近づいてきた。
扉が開き、最初に顔を出したのはトータだった。
「クララ!」
その後ろからライズ、ルル、ビスタも入ってくる。
「お、大河も元気そうじゃん」
ビスタが大河を見て笑った。
「エリカさんに治してもらったからな」
「そりゃ元気になるわ」
ライズは大河のベッドへ近づくと、軽く拳を差し出した。
「おめでとう。シルバーランカー」
「ありがとう」
大河も拳を合わせる。
「クララも勝ったし、今日はすごいな」
トータがクララのベッドの横へ来て、興奮したように二人を見比べる。
「スペースワンダフルから一日で二人だぞ」
「大河さんは素手格闘十九位、クララさんは魔法格闘十五位なのです!」
ポルポルが二人の間を飛び回る。
「シルバーランカーが二人なのです!」
救護室だということを忘れたような声量に、近くの治療師が苦笑していた。
大河は集まった仲間たちを眺めた。
つい二日前まで、このメンバーでエリアバトルを戦っていた。
何度も追い詰められ、一人ずつ脱落し、それでも最後には八位に残った。
そして今日、自分とクララがそれぞれの部門でシルバーへ上がった。
ライズが腕を組み、大河とクララを交互に見る。
「俺たちも負けてられないな」
「だな」
トータが大きく頷いた。
「俺はまずランカーにならないとな」
「そこからなのです!」
「お前に言われると腹立つな!」
トータがポルポルへ手を伸ばすと、ポルポルはひらりと頭上へ逃げた。
「事実なのです!」
「分かってるよ!」
笑い声が広がる。
その横で、ルルは大河とクララを見つめていた。
みんなが騒ぐ中、少し迷うように指先を重ねてから、小さく口を開く。
「私も……もう少し上に行きたいな」
声は大きくなかった。
けれど隣にいたライズには届いたらしく、静かに頷いた。
「一緒に上がればいい」
ルルは一瞬だけライズを見て、それから小さく笑った。
大河はその光景を眺めながら、胸の奥に温かなものが広がっていくのを感じていた。
グループを作った頃とは、何かが違う。
ランキングも違う。
強さも違う。
それ以上に、みんなの目が少しずつ上へ向き始めている。
大河はふと、自分の腰に下げたランキングカードへ視線を落とした。
素手格闘では十九位。
シルバーランカー。
けれど、まだ試していないものがある。
「そうだ」
大河が口を開くと、近くにいたポルポルが振り返った。
「どうしたのです?」
「俺、休みの間にもう一つやってみようと思ってる」
「まだランキングに出るのです?」
「うん」
大河は自分の手を見つめた。
一か月以上、学院で剣を握ってきた。
最初は武器を持って戦うことそのものに違和感があり、足の運びも距離の取り方も素手格闘とはまるで違った。それでも授業を重ねるうちに、少しずつ剣を振る感覚が身体へ馴染んできている。
一度くらい、今の自分がどこまで通用するのか試してみたい。
「剣術格闘に挑戦してみようと思ってる」
「剣術格闘?」
トータが興味深そうに身を乗り出した。
「大河、剣でもランキング始めるのか?」
「そのつもり。一か月以上習ってるし、せっかく休みもまだ一週間あるからな」
「また忙しくなりそうね」
クララがベッドから呆れたような視線を向ける。
「今日はシルバーになったばかりなんだから、少しくらい休んだら?」
「明日は休むよ」
「明日は、ってところが大河さんなのです」
ポルポルが妙に納得した顔で頷いた。
大河は苦笑しながら肩をすくめた。
剣術格闘。
素手とはまったく違う、新しいランキング。
考えただけで、少し胸が騒ぐ。
そんな大河を眺めていたエリカが、クララへの治療を終えて立ち上がった。
「よーし!」
突然の大声に、全員の視線が集まる。
エリカは腰へ両手を当て、得意げに胸を張った。
「今日はめでたい日じゃ! 大河くんとクララのシルバー昇格祝いに、わしがみんなに飯を奢ってやるぞい!」
「本当か!」
真っ先に反応したのはトータだった。
「好きなもの頼んでいいのか?」
「もちろんじゃ。好きなだけ食うがよい!」
「やった!」
「ポルポルも好きなだけ食べるのです!」
「おぬしは少し遠慮せい」
「なんでなのです!?」
ポルポルが空中で身体を反らす。
大河は威勢よく胸を張っているエリカを見ながら、ふと現実的なことを思い出した。
「エリカさん」
「なんじゃ、大河くん」
「借金だらけでしょ」
救護室が一瞬だけ静かになった。
エリカの頬がぴくりと動く。
「大河くん……」
「はい」
「いいではないか」
エリカは少しだけ頬を膨らませると、大河へ顔を近づけた。
「こういう時くらい、わしに格好つけさせておくれよ」
大河は思わず吹き出した。
「じゃあ、ご馳走になります」
「うむ! 大河くんは好きなだけ食うがよい!」
「ポルポルも!」
「おぬしは遠慮せいと言うとるじゃろ!」
「差別なのです!」
「食べる量の問題じゃ!」
ポルポルとエリカの声が救護室いっぱいに響き、トータが腹を抱えて笑い始める。ライズも堪えきれず口元を緩め、ビスタは遠慮なく声を上げて笑っていた。
クララは治療を終えた身体を起こしながら呆れたように首を振り、ルルもその隣で小さく肩を揺らしている。
大河はそんな仲間たちを眺めながら、ベッドからゆっくり立ち上がった。
長期休暇は、まだ半分。
次に挑むものも決まった。
けれど今くらいは、ランキングのことを忘れてもいい。
「よし、行こうか」
大河がそう言うと、ポルポルが真っ先に扉へ飛んでいった。
「ご飯なのです!」
「待て! まだ店も決めとらんぞ!」
慌てて追いかけるエリカの背中を見ながら、大河たちは笑い声とともに救護室をあとにした。
第88話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は激闘のあとの、少し賑やかな一日となりました。
ワイナ先生との戦いで満身創痍だった大河ですが、回復ランキング一位のエリカのおかげで無事に復活!
そして、クララも見事に魔法格闘ランキング15位となり、シルバーランカーへ昇格しました!
これでスペースワンダフルには、シルバーランカーが二人。
初めての大規模エリアバトルで8位に入ったことも含め、グループ全体が着実に成長しています。
そんな中、大河が次に目を向けたのは《剣術格闘》。
学院で一か月以上学んできた剣術が、ランキング戦でどこまで通用するのか。
新たな挑戦も楽しみにしていただけたら嬉しいです。
そして、エリカ主催の昇格祝い。借金のことは少し心配ですが、今日くらいはみんなで楽しんでもらいましょう!
面白かった、続きも読みたいと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです!
次回もよろしくお願いします!




