第82話 残り一時間
第82話です。
三グループを倒し、一気に四つのエリアを獲得したスペースワンダフル。
ここからは無理に戦わず、《エリアの玉》を守る作戦へ。
見晴らしのいい岩場を拠点に、近づいてくるグループを警戒しながら時間は過ぎていきます。
このまま最後まで守り切れるのか。
五時間に及ぶ《大規模エリアバトル》も、いよいよ後半戦です。
今回もよろしくお願いします!
エリア66に吹く風には、まだ戦いの名残が混じっていた。
大河たちが三つのグループを脱落させた岩場には、砕けた石や抉れた地面がそのまま残り、ところどころで焼けた草が黒く縮れている。風が吹き抜けるたびに乾いた土埃が舞い上がり、火魔法の残した焦げ臭さを薄く引き延ばしながら斜面の向こうへ運んでいった。
トータの治療を終えた五人は、その場を離れてエリア66の奥へ進んでいた。
先ほどの乱戦で三グループを倒したとはいえ、ここはスペースワンダフルの領地ではない。もともとエリア66を所有していた《グラムゾン》はすでに脱落しており、その領地はグラムゾンの《エリアの玉》を奪った何者かへ渡っている。
ただ、その何者かが今どこにいるのかは分からなかった。
「ここ、いいんじゃない?」
先頭を歩いていたクララが足を止めた。
岩場を少し上った先に、周囲より一段高くなった場所がある。背後には人の背丈を遥かに超える大岩がそびえ、正面には先ほど戦った場所から、その向こうの斜面まで見渡すことができた。左右にも視界を遮る大きな木は少なく、敵が近づいてくればかなり早い段階で気づけそうだった。
大河は岩の縁まで歩き、眼下を見渡した。
遠くには森が広がり、そのさらに向こうには低い丘が霞んで見える。陽射しを浴びた草が風に揺れ、緑色の波がゆっくりと斜面を流れていた。
「後ろから来られる心配も少なそうだな」
振り返れば大岩が壁になっている。完全に安全とは言えないものの、四方すべてを警戒し続けるよりはずっと楽だった。
ライズは岩へ腰を下ろし、拳についた土を払いながら周囲を眺めた。
「で、ここからどうする?」
大河は胸元へ手を当てた。
服の内側には《エリアの玉》が入っている。先ほどの乱戦では三グループを倒し、エリア59、61、54を一気に手に入れた。それでも、自分たちが今どの位置にいるのかは分からない。
四つのエリアで十分なのか。
それとも、トップ10に入るにはまだまったく足りないのか。
判断する材料がなかった。
「無理に探し回る必要はないと思う」
大河が答えると、ライズが片方の眉を上げた。
「待つのか?」
「今はな。ここなら敵が来ても早く分かる。それに、俺たちが動き回れば、それだけ《エリアの玉》を取られる危険も増える」
大河が胸元を軽く叩くと、ライズの視線もそこへ向いた。
三グループを倒したことで、自分たちの領地は増えた。
だが、それは同時に、一つの玉を失っただけで四つのエリアすべてを奪われるということでもある。
「向こうから来るなら戦う。でも、しばらくはここで様子を見よう」
「私は賛成」
クララは岩場の端まで歩き、赤い髪を耳へかけながら眼下へ目を凝らした。
「これだけ見晴らしがよければ、近づいてくる前に分かるわ。わざわざ接近戦に付き合う必要もないし」
「俺の出番なくならない?」
ライズが不満そうに言う。
「休めるときに休んでおきなさいよ。さっきまで脚を怪我してたくせに」
クララに返され、ライズは治してもらった左脚へ目を落とした。
「もう治ってるって」
そのやり取りを聞いていたトータが、大岩へ背中を預ける。
「俺は賛成。もう平和にいこう。何もしてないのに怪我するくらいなんだから、戦ったらどうなるか分かんないし」
「それ、自慢することじゃないからね」
クララの視線が冷たく向けられる。
トータは何も聞かなかったことにしたらしく、空を見上げた。
そのとき、島全体へ響く声が降ってきた。
『エリアバトル開始より一時間が経過しました。残り時間は四時間です』
大河は反射的に空を見上げた。
「ようやく一時間か……」
ここへ転移してきたときには高い位置にあった太陽が、わずかに西へ傾いている。
最初に遠くで巨大な炎魔法を見たこと。
森で二人組に襲われたこと。
そしてエリア66での乱戦。
まだ一時間しか経っていないことの方が不思議に感じられた。
「あと四時間なのです……じゃなかった、ポルポルいないんだった」
トータが呟くと、大河は思わず笑った。
「今ごろ見てるんじゃないか?」
この島にはいない相棒の顔が浮かんだ。
◇
「あと四時間なのです!」
ランキング協会の観戦スペースでは、ポルポルが巨大な魔法モニターの前で同じ言葉を口にしていた。
画面には島の各地が次々と映し出されている。
激しく剣を交えるグループもいれば、森の中を慎重に移動している者たちもいる。遠くから魔法を撃ち合う戦場では、色とりどりの光が画面いっぱいに弾け、そのたびに観客から歓声やどよめきが起こっていた。
やがて映像が切り替わり、岩場で休む大河たちが映る。
「大河さんたち、休んでるのです」
ポルポルは空中に浮かんだまま、少しだけ首を傾げた。
「いいんじゃない? もう四つ取ってるんだし」
隣に立つビスタは気楽そうに答えたものの、視線は画面から離していない。
「でも、四つで足りるのです?」
「さあね。ほかのグループがどれくらい持ってるか分からないじゃん」
ポルポルの耳が少し下がる。
ビスタはそんな様子を横目で見てから、再び画面へ顔を向けた。
「まだ四時間あるじゃん。最後までこんなに静かなら楽なんだけどね」
◇
エリア66で待ち始めてから、しばらくは本当に何も起こらなかった。
風が岩肌を撫で、乾いた草を揺らしていく。森の方から鳥の鳴き声が聞こえ、雲がゆっくりと空を流れていた。
大河は大岩に背を預けながら、ときおり周囲へ視線を巡らせた。
静かだ。
しかし、島全体が静かなわけではない。
『エリア27、《ブルーガーデン》の脱落を確認しました』
突然降ってきた声に、大河たちの視線が空へ向く。
しばらくすると、また別の声。
『エリア72、《ガルムナイツ》の脱落を確認しました』
「結構な勢いで減ってるな」
ライズが膝を立てたまま呟く。
大河は地図を開いてみた。
当然ながら、脱落したグループの領地が誰へ渡ったのかは分からない。大河たちの地図で確認できる他グループの情報は限られている。
「どこかで俺たちみたいに、一気に領地を増やしてるグループもいるんだろうな」
そう考えると、四エリアという数字が急に小さく見えた。
それでも動くべきかどうかは別だ。
大河が地図を閉じた、そのときだった。
「誰か来たわ」
岩場の端に立っていたクララの声が変わった。
大河たちも立ち上がる。
斜面の向こうに数人の人影が見える。
こちらへ近づいていたが、高い位置にいるスペースワンダフルへ気づいたらしい。相手も足を止めた。
「五人いるな」
ライズが拳を握る。
「行くか?」
「待って」
クララが一歩前へ出た。
風に赤い髪をなびかせながら右手を上げる。
「近づく必要ないでしょ」
掌の前で空気が渦を巻いた。
次の瞬間。
ゴオオッ!
斜面を駆け下りるように強烈な風が吹き抜けた。
距離があるため直接吹き飛ばすほどではない。それでも草が大きく倒れ、砂埃が舞い上がる。
近づいていた者たちが一斉に足を止めた。
クララは続けて指先に炎を灯す。
ボウッ。
遠くからでもはっきり見える赤い光だった。
相手側で何か相談している。
やがて一人が後ろを指差した。
五人はゆっくり後退し、そのまま斜面の向こうへ消えていった。
「……終わり?」
ライズが拍子抜けした顔で拳を下ろす。
「終わりよ」
クララは何事もなかったように炎を消した。
「戦わなくても帰ってくれるなら、その方がいいじゃない」
それからも、何度か人影は現れた。
あるグループはクララの風魔法を見ただけで引き返し、別のグループは遠くから火球を一発撃ってきたものの、クララが風で軌道を逸らすと、それ以上近づいてこなかった。
幸い、開始直後で見た巨大な炎を放つような相手は現れない。
大河とライズが戦う場面もなかった。
時間だけが、少しずつ流れていった。
陽射しの角度が変わるにつれて、大岩の影が長く伸びていく。最初は熱を帯びていた岩肌も、日陰に入った場所から少しずつ冷たくなっていた。
ルルは岩に腰掛けて水を飲み、クララもその隣で喉を潤している。ライズは退屈そうに寝転がり、何度か拳を開いたり閉じたりしていた。
トータに至っては大岩へ背中を預け、うとうとしかけている。
「寝るなよ」
大河が声をかけると、トータの瞼が勢いよく開いた。
「寝てない。目を閉じて周囲の気配を感じてた」
「絶対寝てたでしょ」
ルルが小さく笑う。
その間にも、島のどこかでは戦いが続いていた。
『エリア38、《マウンテンホーク》の脱落を確認しました』
少しして、
『エリア81、《ラビットハーツ》の脱落を確認しました』
さらに時間が経つ。
『エリア12、《グランドロック》の脱落を確認しました』
最初のころは放送が流れるたびに全員が空を見上げていた。
やがてライズは名前だけを聞いて再び横になり、クララも周囲の監視を続けたまま顔を上げなくなった。
大河だけは、ときどき地図を開いた。
自分たちの青紫色は四つのまま。
誰かに奪われてはいない。
そのことを確認するたび、胸元の玉にも無意識に手が触れた。
時間が進むにつれ、遠くから聞こえる戦闘音も変わってきた。
最初は島のあちこちから絶え間なく響いていた爆発音が、今では間隔を空けるようになっている。
戦っている場所が減ったのか。
それとも、生き残ったグループ同士が互いに慎重になっているのか。
大河には分からなかった。
ただ、空を見上げれば太陽は明らかに西へ傾いている。
「そろそろあと1時間くらいじゃない?」
クララが呟いた。
その声に、大河が顔を上げる。
長く伸びた影が岩場を覆い始めていた。
このまま残り一時間。
ここまで四つのエリアを守った。
あと一時間も同じように守り切れれば。
そんな考えが頭をよぎった直後、聞き慣れた声が島全体へ響いた。
『エリアバトル、残り時間一時間となりました』
大河はゆっくり立ち上がった。
「あと一時間か」
ライズも寝転がっていた身体を起こす。
「意外と何とかなったな」
「まだ終わってないわよ」
クララがそう返した直後だった。
『現在、エリアバトルに残っているグループは四十八グループです』
「四十八……」
ルルが目を見開く。
百グループいたはずだ。
いつの間にか半分以上が島から消えている。
大河がその数字を頭の中で反芻していると、アナウンスはまだ終わらなかった。
『これより、最終フェーズへ移行します』
「最終フェーズ?」
トータが眉を寄せる。
大河も聞いたことのない言葉に空を見上げた。
『最終フェーズでは、現在残っているすべての《エリアの玉》について、その玉が存在するエリアを全参加グループの地図上に表示します』
一瞬、誰も声を出さなかった。
最初に動いたのは大河だった。
「地図!」
急いで取り出し、地面へ広げる。
五人が一斉に覗き込んだ。
これまでとは違う光が、地図のあちこちに浮かび始めていた。
一つ。
二つ。
さらにその向こうにも。
島中に散らばる光の印。
「これが……玉?」
ルルの声が小さく漏れる。
大河は地図へ顔を近づけた。
グループ名はない。
誰が持っているのかも表示されていない。
どのグループがどれだけの領地を持っているのかも分からない。
分かるのは、玉がどのエリアに存在しているか。それだけだった。
「あそこ見て」
クララが地図の一点を指差す。
一つのエリアに、複数の印が重なっている。
「三つある……」
トータが目を凝らした。
「三グループいるってこと?」
「少なくとも、三つの玉が同じエリアにあるってことね。誰の玉かまでは分からないけど」
クララの指が地図の上を滑る。
大河は自分たちのいる場所を探した。
エリア66。
そこにも一つ。
自分が胸元に入れている《エリアの玉》だ。
「ってことは……」
大河の指が止まった。
胸の奥に、冷たいものが落ちる。
「ほかの奴らの地図にも、エリア66に玉があるって出てるんだよな」
「そういうことになるわね」
クララが顔を上げる。
さっきまで安全だと思っていた場所。
見晴らしがよく、敵が来れば遠くからクララが追い返せる場所。
そこが今、島に残ったすべてのグループへ知られた。
もちろん、ここにいるのがスペースワンダフルだとは分からない。
大河が玉を持っていることも分からない。
それでも、エリア66へ来れば《エリアの玉》が一つあることだけは分かる。
「これ、もうここで待ってる意味なくない?」
トータが乾いた声を漏らす。
「むしろ待ってたら向こうから来るんじゃね」
「どうする?」
ライズが立ち上がり、大河を見る。
大河はすぐには答えなかった。
地図の上では、四十八個の玉が島中に散らばっている。
誰が強いのか。
誰が弱いのか。
どの玉を奪えば大量のエリアが手に入るのか。
何も分からない。
だからこそ、全員が同じことを考えるはずだった。
近くにある玉を狙う。
そのとき。
「あれ?」
ルルが地図へ顔を近づけた。
「今……動かなかった?」
大河も見る。
エリア66の近くにあった一つの印が、隣のエリアへ移っている。
「動いてる」
クララが目で追う。
しばらくすると、その印が再び移動した。
大河たちのいる方向へ。
「……ちょっと待って」
トータが地図を覗き込み、目を細めた。
そして数秒後。
エリア66の表示が変わった。
《エリアの玉:2》
岩場を吹き抜けた風が、大河の髪を揺らす。
五人が同時に顔を上げた。
さっきまで静かだった斜面の向こうには、まだ誰の姿も見えない。
トータが地図と景色を交互に見ながら、ゆっくり口を開いた。
「……これ、こっちに来てない?」
第82話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は一転して、守りの時間となったスペースワンダフル。
クララの魔法による牽制もあり、四つのエリアを守ったまま残り一時間まで到達しました。
100グループで始まった戦いも、残るは48グループ。
このまま逃げ切れるかと思ったところで、まさかの《最終フェーズ》突入です。
残っているすべての《エリアの玉》の位置が公開され、隠れてやり過ごすことが難しくなりました。
そして最後に表示された、
《エリアの玉:2》
誰かがスペースワンダフルのいるエリア66へ近づいています。
残り一時間。
ここからエリアバトルは、もう一度大きく動き始めます。
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