第77話 エリカの実力
第77話です。
ついに始まった大型連休。
グループ競技への参加も決まり、《スペースワンダフル》の五人は初めて本格的な合同訓練を行うことになりました。
指導役は、回復魔法ランキング一位のエリカ。
まずはそれぞれの実力を確認し、いよいよ五人での連携訓練へ。
大河たちは、集まったばかりの五人でどこまで戦えるのか。
今回もよろしくお願いします!
連休初日の朝、エリカ診療所は普段とは別の建物のように静まり返っていた。いつもなら一階から患者の話し声や看護師たちの足音が絶え間なく聞こえてくる時間だが、今日は休診日。開け放した窓から柔らかな風が入り、薄いカーテンを膨らませては、朝食の残り香を部屋の中へゆっくり運んでいた。
大河は訓練用の服に着替え、椅子の背に掛けていた上着へ腕を通した。今日はスペースワンダフルの五人が揃って初めて行う本格的な訓練だ。昨日まではグループを作ることばかり考えていたが、休暇中には二つのグループ競技が待っている。五人揃っただけで戦えるほど甘くないことは、大河にも分かっていた。
「大河くん」
背後から聞こえた声に振り返ると、エリカがテーブルに頬杖をついてこちらを見ていた。診療のない今日は白衣を着ておらず、動きやすそうな薄手の服に身を包んでいる。見た目だけなら十代の少女にしか見えない姿で、どこか不満そうに頬を膨らませていた。
「どうしました?」
「今日はわしも休みなんじゃがのう」
「だから一緒に訓練場へ行くんですよね?」
「せっかくの休みじゃぞ。普通、若い男女が二人揃っておったら、もう少し別の過ごし方を考えるじゃろ」
「若い男女って、エリカさんは数百歳じゃ……痛っ!」
最後まで言い切る前に、エリカの指が大河の脇腹へ突き刺さった。
「乙女の年齢に触れるでない」
「自分で若いって言ったじゃないですか」
「わしの見た目なら何の問題もないじゃろ」
じろりと睨んでくる顔は、確かに年齢を知らなければ少女にしか見えない。大河は脇腹を擦りながら苦笑し、ふと思いついて窓の外へ目を向けた。
「じゃあ、訓練が終わったらどこか食べに行きます?」
何気なく口にしただけだった。
ところが、エリカの指が止まった。
「……二人でか?」
「エリカさんが行きたいなら」
大河が振り向くと、さっきまでこちらを睨んでいたエリカがわずかに顔を逸らした。頬にかかる髪を指先でいじりながら、ちらりと大河を見上げる。
「おぬし……最近、そういうことを平然と言うようになったのう」
「食事するだけですよ?」
「分かっとらんのう」
「ポルポルも行くのです!」
テーブルの上に残っていたパンを眺めていたポルポルが、勢いよく二人の間へ飛び込んできた。
「美味しいものを食べに行くなら、ポルポルは絶対参加なのです!」
「おぬしは留守番じゃ」
「なぜなのです!」
ポルポルが宙で手足をばたつかせていると、奥の部屋からビスタが顔を出した。まだ少し眠そうな目で三人を見回し、欠伸を噛み殺しながら髪を掻く。
「何? 飯行くの? 俺も行くじゃん」
「おぬしまで来るな!」
「なんで?」
ビスタはまるで気にする様子もなく椅子へ腰を下ろすと、テーブルに残っていたパンを一つ手に取った。
「そういや今日、グループの訓練するんでしょ? 俺も行こうかな」
「ビスタも?」
「暇だし、面白そうじゃん」
結局、大河とエリカ、ポルポルに加えてビスタまでランキング協会へ向かうことになった。
朝の街を抜け、ランキング協会へ到着すると、訓練場の入口にはすでにライズたちが集まっていた。クララは壁際で腕を組み、ルルは少し離れた場所で待っている。トータは大河たちに気づくと、軽く片手を上げた。
「お、来た来た。今日の先生」
「誰が先生じゃ」
エリカが眉を寄せる。
「いや、回復魔法一位っしょ? 普通に先生じゃん」
「口の軽い奴じゃのう」
広い訓練場へ入ると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。石造りの床にはいくつもの区画線が引かれ、奥には魔法攻撃を受け止めるための標的と分厚い防護壁が並んでいる。高い天井へ足音が反響し、普段より人の少ない訓練場には、その音がやけに大きく響いていた。
エリカは中央まで進むと、五人を見回した。
「まずは、それぞれ何ができるか見せてもらおうかの」
普段から魔法を教わっている大河については簡単な確認だけで終わり、ライズの近接戦闘、トータの《目印》と順番に見ていく。そしてクララが前へ出ると、エリカの目つきがわずかに変わった。
クララが右手を伸ばした瞬間、掌の前で炎が膨らんだ。
ゴオッ!
赤い火球が空気を焼きながら飛び、離れた標的の中心へ叩き込まれる。炎が散るより早くクララが左手を振ると、今度は鋭い風が標的の横を駆け抜け、立てられていた布だけを切り裂いた。
エリカは標的ではなく、クララの手元を見ていた。
「ええのう。魔力の切り替えも速いし、狙いも正確じゃ。ハイランカーなのも納得じゃな」
「……そう」
クララは平静を装っていたが、腕を下ろした口元がほんの少し緩んだ。
「じゃが、まだ伸びるぞ」
その言葉にクララの瞳が動いた。
「まだ?」
「十分じゃ。今はそれだけ覚えておけばよい」
エリカは答えを濁すと、次にルルを呼んだ。
世界一の回復魔法使いを前にしたせいか、ルルの肩には目に見えて力が入っていた。ポルポルがすぐ隣まで飛んでいくと、ルルは一度そちらを見てから大河の前へ立つ。
エリカが大河の腕へ小さな傷を作り、ルルが両手を近づける。指先は最初こそ震えていたものの、淡い緑白色の光が生まれると次第に動きが落ち着いていった。温かな感覚が皮膚の下へ染み込み、傷口がゆっくり閉じていく。
エリカはその様子を黙って見つめていた。
「もう一度じゃ」
二度、三度と条件を変えながら魔法を使わせ、最後には軽い疲労回復まで確認する。
「……どう、ですか?」
ルルが恐る恐る顔を上げる。
「クララもルルも、ええセンスをしとる。二人とも伸びしろは十分じゃ」
ルルの目が丸くなった。
「……私も?」
「なんじゃ、自分だけ違うと思っとったのか?」
ルルは答えなかったが、胸元で握っていた手から少しだけ力が抜けた。
エリカはそんなルルをしばらく見てから、訓練場の中央へ歩いていった。
「では次じゃ。五人でかかってこい」
「五人で?」
ライズが聞き返す。
「トータがわしに《目印》を付けられたら、おぬしらの勝ちじゃ」
トータがエリカまでの距離を測り、口元を上げた。
「五対一なら、さすがにいけるっしょ」
「そう思うならやってみい」
その声が合図になった。
大河とライズが左右へ分かれ、クララが後方で魔力を練る。トータは二人の陰に入りながらエリカとの距離を詰めた。
ダンッ!
大河が石床を蹴る。
同時にクララの炎がエリカの右側へ走った。
ゴオッ!
炎と大河、反対側からライズ。その奥をトータが回り込む。
エリカは動かなかった。
右手を軽く上げる。
ブワッ!
「っ!」
突然、横殴りの風が大河の身体をさらった。踏み込みの軸がずれた瞬間、エリカの足先が石床を軽く叩く。
ゴゴッ――!
床が波打った。
ライズが体勢を崩し、クララの炎はエリカの手前で風に巻き上げられる。エリカが指を握ると、燃え盛っていた炎が空中で圧縮され、
ボシュッ!
跡形もなく消えた。
「……え?」
クララの唇から声が漏れる。
その間にトータは背後へ回っていた。
「もらった!」
腕を伸ばす。
エリカは振り返らない。
「遅いのう」
ドンッ!
空気が破裂したような衝撃がトータの胸元を叩き、その身体が数メートル後ろへ押し戻された。
「うわっ……! いやいや、後ろ見てないじゃん!」
「足音が大きい」
二度目は左右をさらに広く使った。それでも結果は変わらない。三度目、クララは火と風を同時に放ったが、エリカは最小限の魔法だけで一つずつ処理していく。
四度目、大河とライズが同時に懐へ飛び込んだ。
今度こそ届く。
そう思った瞬間だった。
「少し止まっておれ」
エリカが掌を下へ向けた。
ズンッ――!
空気が一気に重くなった。
「ぐっ……!」
大河の膝が沈む。ライズも足を止め、クララの魔法が霧散した。トータは片腕を前へ伸ばした姿勢のまま身体を押さえつけられ、床には細い亀裂が走っている。
「な、何これ……」
トータが顔を歪める。
クララだけは苦しそうにしながらもエリカを凝視していた。魔法ハイランカーだからこそ、今起きていることの異常さが分かるのだろう。
エリカが指を鳴らした。
パチン。
身体を押さえつけていた力が一瞬で消え、大河は大きく息を吸った。
「……無理じゃね?」
トータが床へ手をつきながら呟く。
「これ、俺が速くなるとかそういう問題じゃないっしょ」
「確かに、これは少し相手が悪かったかのう」
「少し?」
クララが即座に反応した。
その横でビスタが笑っている。
エリカはしばらく考えたあと、ビスタへ目を向けた。
「なら、標的を変えるか。ビスタ」
「俺?」
「おぬしが逃げろ。トータがおぬしに《目印》を付けたら五人の勝ちじゃ」
「それなら簡単じゃん」
ビスタが軽く肩を回す。
「ただし、わしが邪魔する」
「結局エリカさんいるじゃん」
トータが苦笑した。
再び訓練が始まった。
今度はビスタが逃げ、エリカがそれを守る。トータが右から近づけば風が飛び、左へ回れば地面が隆起する。大河がエリカを引きつけようとしても簡単にいなされ、ライズがビスタへ迫れば、その進路へ風の壁が生まれた。
何度繰り返しても届かない。
息を切らした五人を前に、エリカがようやく口を開いた。
「おぬしら、相手を見ておらんのう」
大河が顔を上げる。
「まず力量を見い。一人で足りる相手なら一人でよい。二人必要なら二人を使え。三人なら三人じゃ」
エリカは五人を順番に見る。
「それでも足りんほど格上なら、全員で一つの隙を作るくらいしてみい」
その言葉を残し、エリカはビスタの横へ戻った。
大河はクララたちへ視線を向ける。
「エリカさんを倒す必要はないんだ」
クララが息を整えながら頷く。
「ビスタに触れればいい。だったら私も、エリカさんに魔法を当てる必要はないわね」
「俺がビスタの動き止める」
ライズが言う。
「……回復は任せて」
ルルも小さく続いた。
トータが汗を拭い、笑う。
「やっと俺の出番作ってくれる感じ?」
五人が散った。
大河が正面からエリカへ飛び込み、ライズはビスタへ走る。エリカの風がライズへ向いた瞬間、クララの炎が二人の間を横切った。
ゴオッ!
狙いはエリカではない。
炎の壁が一瞬だけ、エリカとビスタを分断する。
エリカの目が細くなった。
「ほう」
炎を消そうとエリカが手を上げる。
その瞬間、大河がさらに踏み込んだ。
ライズは反対側からビスタの逃げ道を塞ぐ。
「ちょ、俺も結構大変じゃない?」
ビスタが横へ逃げる。
そこへクララの風が走った。
ビスタの進路が変わる。
その先にトータがいた。
「マジ?」
ビスタが目を見開く。
トータの手が伸びる。
エリカの指先が動いた。
風が生まれる。
しかし、その直前に大河がエリカの視界へ身体を滑り込ませた。
ほんの一瞬。
エリカの意識が大河へ向く。
パシッ!
トータの掌がビスタの肩へ触れた。
「《目印》!」
淡い光が走る。
静寂のあと、トータが自分の手を見て口元を上げた。
「……いけたじゃん」
「合格じゃ」
エリカの声が響いた。
大河たちが息を整える中、クララだけはエリカをじっと見ていた。
「……エリカさん」
「なんじゃ?」
「結局、私たち五人で一度もエリカさんに触れられなかったわよね」
「わしを標的にするのは、まだ少し早かったようじゃの」
「少しじゃないっしょ……」
トータが肩を落とす。
クララはそれでも視線を外さなかった。
「エリカさんって、本当に回復魔法の人なの?」
エリカの口元に小さな笑みが浮かぶ。
「わしは回復魔法ランキングにしか参加しとらん。それだけじゃ」
ビスタが隣で首を傾げた。
「エリカって普通に何でもできるじゃん。今さらじゃない?」
大河は返事をせず、エリカを見つめた。
朝には食事へ誘っただけで顔を赤くしていた女性が、今は五人を相手にほとんど息も乱していない。
回復魔法ランキング一位。
大河はこれまで、その肩書きを何度も聞いてきた。
けれど、それはエリカという魔法使いのほんの一部分に過ぎないのかもしれない。
エリカはそんな大河の視線に気づくと、いつもの笑顔を浮かべた。
「どうした、大河くん。惚れ直したか?」
「……そういうこと言わなければ格好いいんですけどね」
「なんじゃと?」
さっきまで訓練場を支配していた凄まじい魔力が嘘だったかのように、エリカの頬が膨らむ。
その横でポルポルの笑い声が響き、大河もようやく肩の力を抜いた。
第77話を読んでいただき、ありがとうございました。
《スペースワンダフル》、初めての五人揃っての本格訓練でした。
そして今回、少しだけエリカの本当の実力が見えてきました。
回復魔法ランキング一位。
ですが、それはあくまで「回復魔法ランキングにしか参加していない」から。
大河たち五人でも触れることすらできないエリカですが、本人にとってはまだまだ余裕がありそうです。
一方の五人も、最後にはそれぞれの役割を使い、トータの《目印》をビスタへ付けることに成功しました。
個人の強さだけではなく、誰が相手を引きつけ、誰が道を作り、誰が最後の仕事をするのか。
少しずつ《グループとしての戦い方》が見えてきた気がします。
次はいよいよ実戦。
結成したばかりの《スペースワンダフル》がどこまで通用するのか。
次回もよろしくお願いします!




