第73話 初めての食事会
第73話です。
大型連休まで、あと数日。
クララも加わり四人となったところで、大河は一度みんなで食事をしようと提案します。
向かった先は、おなじみのマイラ食堂。
少しずつ仲間らしくなってきた四人ですが、まだ最後の一人が残っています。
今回もよろしくお願いします!
学院の年に一度の大型連休まで、あと数日となった。
約二週間にわたって授業がなくなるとあって、放課後の廊下にはいつもより浮ついた空気が漂っている。故郷へ帰る予定を話す生徒や、休みの間にどのランキングへ挑戦するか相談する生徒たちの声が、開け放たれた窓から入る風と一緒に流れていた。
大河は剣術の授業を終えると、いつもの場所で待っていたライズたちと合流した。
「せっかくだし、一回みんなで飯でも食わない?」
大河がそう言うと、真っ先に反応したのはポルポルだった。
「行くのです!」
「まだどこで食べるかも言ってないぞ」
「大河さんが誘うなら、美味しいところなのです」
「そこだけ信用されてるんだな……」
ライズが呆れたように笑う。その隣ではルルが本を胸元に抱え、ポルポルの後ろから大河を見ていた。
クララは少し考えるように首を傾けた。
「みんなって、私たちのこと?」
「そう。まだ四人しかいないけど、一応グループの仲間になったわけだし」
「どこに行くの?」
「マイラ食堂だ」
その名前を聞いた瞬間、クララの眉がわずかに動いた。
「……アップルパイのお店でしょ?」
「そこに反応するのです?」
「別に。確認しただけよ」
素っ気なく答えたものの、断る気はないらしい。
その日の夜、マイラ食堂の入口にはいつもより早く《本日貸し切り》の札が掛けられた。
店内ではマイラとアイが忙しく料理を運び、大河たちは中央の大きなテーブルを囲んでいた。学院組だけではない。大河と一緒に暮らしているエリカとビスタも参加している。
「こういう集まりなら、もっと早くやればよかったのう」
エリカは席に着くなり上機嫌だった。
「ただ飯だからじゃないですか?」
「大河くん。せっかくの楽しい席で余計なことを言うでない」
向かいに座ったライズが小声で大河に尋ねる。
「この人がエリカさん?」
「そう」
「思ってたより若いんだな」
「見た目だけじゃがの」
聞こえていたらしい。
エリカがにっこり笑うと、ライズはそれ以上追及するのをやめた。
一方、ビスタはクララを珍しそうに見ていた。
「お前が魔法のハイランカーなんだ。小さいのにすごいじゃん」
クララの眉がぴくりと動いた。
「……小さいは余計よ」
「でも、すごいって褒めてるじゃん」
「全然褒めてないわよ」
「ビスタ、そこは触れない方がいい」
大河が忠告すると、ビスタは首を傾げた。
「そうなの? 別に悪い意味で言ったんじゃないじゃん」
「だから余計なのよ」
クララは不満そうに腕を組み、テーブルの下で厚底の靴を少し引いた。
その横では、ルルがポルポルの隣に座っていた。初めて会う人間が何人もいるせいか、学院にいる時より身体が硬い。ビスタが視線を向けると、それだけで両手を膝の上で重ね、背筋を伸ばした。
「ルルって、ポルポルとは普通に話すじゃん」
「…………」
ルルが固まった。
「ビスタ」
「何?」
「いきなりそんなこと聞くなよ」
「駄目だったの? 普通に気になっただけじゃん」
本当に悪気がないらしい。
ポルポルがルルの前へふわりと浮かぶ。
「ビスタはこういう人なのです。気にしなくていいのです」
ルルが小さく頷いたところで、厨房からアイの声が飛んできた。
「できたよ!」
大皿を抱えたアイとマイラが現れ、テーブルの上へ次々と料理を並べていく。
丸く焼かれた肉料理には濃い色のソースがかかり、隣には黄金色の衣をまとった鶏肉が山のように積まれている。さらに黄色い卵に包まれた米料理や、野菜と芋を混ぜた料理まで置かれた。
ライズが目を丸くした。
「見たことない料理ばっかりだな」
「大河さんに教えてもらった料理だよ。これはハンバーグで、こっちは唐揚げ。それからオムライス」
アイが説明している横で、ポルポルはすでに唐揚げを抱えていた。
「美味しいのです!」
「まだ説明してる途中だよ!」
「説明を聞いても味は分からないのです」
「食べるの早すぎだろ」
ライズも笑いながら唐揚げを一つ取った。
噛んだ瞬間、衣が小さく音を立てる。熱い肉汁に驚いたのか、一度口を開け、それでもすぐにもう一口かじった。
「これ、うまいな」
「この卵のも美味しいわね」
クララもオムライスを口にしている。
ルルはしばらく周囲を窺っていたが、ポルポルが自分の皿へ唐揚げを一つ置くと、小さく礼を言って食べ始めた。やがてもう一つ、自分から手を伸ばす。
料理が減っていくにつれ、最初の硬さも少しずつ消えていった。
しばらくして、ライズがハンバーグを切りながら口を開いた。
「そういや、あと一人だな」
大河も食べる手を止める。
「休みに入る前には見つけたいよな」
「だな。このまま四人じゃグループランキングに参加できないし」
二週間の大型連休が始まるまで、残された日は多くない。最低五人という条件を満たせなければ、せっかく集まった四人も正式なグループとしてランキングへ参加することができない。
クララがテーブルを見渡した。
「だからって、誰でもいいから入れるの?」
「いや、それは違うと思う」
大河は首を振った。
「せっかくなら、俺たちにないものを持ってる人がいい」
「近接なら大河とライズがいるでしょ。私は魔法で遠距離から攻撃できるし、剣も使える。回復はルルがいるわ」
突然名前を出されたルルが顔を上げる。
クララは少し考えてから続けた。
「だったら、普通の攻撃役をもう一人増やす必要はないと思うわ」
「俺もそう思ってた」
「スキル持ちはどうだ?」
ライズの言葉にクララが視線を向ける。
「スキルにもよるけど、面白いと思うわ。索敵とか妨害とか、戦いを有利にできる能力なら欲しいところね」
「特殊技能を持ってる人でもいいな」
大河が言うと、それまで料理を食べながら話を聞いていたエリカが顔を上げた。
「五人で戦うなら、一人一人の強さだけを見ても仕方ないからのう」
「エリカさんなら、どんな人を入れます?」
「そうじゃな。おぬしらは攻撃と回復は揃っとる。ならば、戦場そのものを有利にできる者がおれば面白いじゃろうな」
大河が頷く横で、ポルポルが勢いよく手を挙げた。
「料理が得意な人がいいのです!」
「今、戦闘の話してるんだぞ」
「食事も戦力なのです」
ビスタがアイを見た。
「じゃあアイでいいんじゃない?」
アイが目をぱちぱちさせる。
「私?」
「アイは学院生じゃないから入れないよ」
大河が答えると、ポルポルが見るからに肩を落とした。
「残念なのです……」
「なんでポルポルが一番残念そうなんだ」
笑い声が広がった、その時だった。
厨房から甘酸っぱい香りが流れてきた。
クララの動きが止まる。
顔だけがゆっくり厨房へ向いた。
「……この匂い」
大河はすぐに気づいた。
「来たな」
アイが両手で大きな皿を運んでくる。その上には、表面をこんがり焼き上げた丸いパイが載っていた。切れ目から湯気が立ち、煮詰めた林檎とバターの香りが店いっぱいに広がっていく。
「焼きたてだよ」
「……焼きたて」
クララが立ち上がりかけた。
ライズが思わず彼女を見る。
「そんな顔するんだな」
「どんな顔よ」
「すごく嬉しそうなのです!」
「うるさいわよ」
否定しながらも視線はアップルパイから離れない。
大河はアイをクララに紹介した。
「クララ。この前のアップルパイもアイが作ったんだ」
「アイです」
「……あなたが?」
クララの目がアイへ向く。
「本当に十歳なの?」
「そうです」
「料理ランキング九位なのよね?」
「一応そうですね」
クララはアイとアップルパイを交互に見た。魔法の話をしていた時より真剣な顔をしている。
「焼き方、どうやってるの?」
「えっとね……」
アイが説明を始めると、クララは身を乗り出して聞き始めた。
その隙にポルポルの手がアップルパイへ伸びる。
ぱしっ、とクララの手がその手首を止めた。
「何してるの?」
「一切れくらいポルポルが」
「駄目よ」
「まだ最後まで言ってないのです!」
「言わなくても分かるわよ」
大河たちの笑い声が再び店内に響いた。
切り分けられたアップルパイが全員に行き渡った頃には、ルルも口元を押さえて小さく笑っていた。
その様子を眺めていたエリカが、ふとルルへ視線を向ける。
「ところで、その子が回復魔法を使う子かのう?」
ルルの肩が揺れた。
「そうです。ルルっていいます」
大河が代わりに答える。
「ほう」
エリカの目が少しだけ細くなった。
ルルはポルポルの方へ身体を寄せ、小さな声で何かを尋ねた。
「エリカさんのことを聞いてるのです」
「ああ。そういえばちゃんと紹介してなかったな。エリカさんは回復魔法ランキング一位だよ」
ルルの目が大きく開いた。
「…………一位?」
思わず漏れた声に、大河が振り向く。ルル自身も直接声を出したことに気づいたのか、慌てたように視線を伏せた。
「うん」
ルルは恐る恐るエリカを見る。しかし目が合った瞬間、すぐポルポルの後ろへ顔を隠した。
「そんなに隠れんでも食ったりせんぞ」
エリカが笑う。
クララもアップルパイを食べる手を止めていた。
「回復魔法だけなの?」
「なんじゃ?」
「他の魔法も使えるのかしら?」
「まあ、それなりにはのう」
クララの目つきが変わった。
大河には見覚えがある。剣を握っている時と同じ、強くなるための何かを見つけた時の目だった。
「教えてもらうことってできる?」
「わしにか?」
「うん。魔力の使い方とか、もっと知りたいの」
クララはすでに魔法のハイランカーだ。基礎から教えてほしいわけではないのだろう。それでも回復魔法ランキング一位のエリカが、自分の知らない技術や魔力操作を知っていると考えたらしい。
その言葉に、大河が口を挟んだ。
「だったら、今度一緒に来る?」
「どこに?」
「エリカさんが休みの日に、ランキング協会の魔法訓練場で教えてもらってるんだ」
クララが目を瞬いた。
「前からなの?」
「うん。エリカさんの休みの日に一緒に行ってる」
クララは大河とエリカを交互に見た。
「……回復魔法ランキング一位の人に?」
「そうだけど」
「それ、もっと早く言ってよ」
「聞かれなかったし」
「普通は言うでしょ?」
クララには納得できないらしい。
その横では、ルルも先ほどからエリカを気にしていた。ポルポルへ顔を寄せ、また何かを囁く。
「ルルさんも教わってみたいそうなのです」
「回復魔法を?」
エリカが尋ねると、ルルはポルポルの陰から小さく頷いた。
エリカはそんな二人を順番に見たあと、大河へ半眼を向ける。
「大河くん。いつの間にわしの生徒を増やしたんじゃ?」
「まだ誘っただけですよ」
「本人たちはもう来る気になっとるではないか」
クララは否定するどころか、真っ直ぐエリカを見ている。
「駄目なの?」
「おぬしは遠慮というものを知らんのか」
「強くなれるなら、聞くだけ聞くわ」
「まったく……」
エリカは呆れたように息を吐いた。それからポルポルの陰にいるルルへ視線を移し、最後に大河を見る。
「まあよい。次に大河くんと協会へ行く時、一緒に来るか?」
クララは間を置かなかった。
「絶対行くわ」
ルルも小さく、それでもはっきり頷いた。
「ちょうど大型連休も始まるしな」
大河が言うと、クララはすでに次のことを考えているようだった。
「次はいつなの?」
「まだ決めとらん!」
エリカの声が店内に響く。
ライズが吹き出し、ビスタも楽しそうに笑った。ルルまでポルポルの陰で小さく頬を緩めている。
賑やかなテーブルを眺めながら、大河は最初にライズからグループへ誘われた日のことを思い出した。
あの時は二人だけだった。
今は、回復魔法を使うルルがいる。魔法剣士を目指すクララもいる。大型連休に入れば、二人も大河と一緒にエリカから魔法を学ぶことになった。
ただ、その前にやるべきことが残っている。
「あと一人、休みに入る前に見つけよう」
大河が口にすると、ライズが頷いた。
「ああ。せっかくここまで集まったんだ。休みになる前に五人揃えて、グループランキングに出られるようにしようぜ」
「できれば、私たちにないものを持ってる人がいいわね」
クララも続ける。
ルルは皆の顔を見たあと、ポルポルのそばで小さく頷いた。
近接、遠距離、回復。
そこへ、どんな力を持った最後の一人が加わるのか。
大河にもまだ分からない。
けれど、ただ人数を揃えるだけにはしたくなかった。
そんなことを考えている横で、ポルポルがクララの皿をじっと見つめていた。
「クララさん」
「何よ?」
「アップルパイ、半分でいいのです」
「絶対に嫌よ」
「四分の一でもいいのです」
「嫌」
「一口だけなのです!」
「自分の分を食べたでしょ!」
貸し切りのマイラ食堂に、また笑い声が広がった。
第73話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は少し息抜きも兼ねた、マイラ食堂での食事会でした。
ルルも少しずつみんなの中で笑えるようになり、クララもすっかり馴染んできたようです。
そして、ここでルルとクララがエリカと初めて本格的に接点を持つことに。
回復魔法ランキング一位のエリカから何を学べるのか、大型連休の楽しみも一つ増えました。
ただ、その前にグループ結成には最後の一人が必要です。
近接の大河とライズ、回復のルル、魔法と剣術のクララ。
残る一枠には、どんな力を持つ人物が加わるのでしょうか。
次回もよろしくお願いします!




