第70話 強くなるために
第70話です。
ルルが加わり、三人になった大河たちのグループ。
次に探すのは、遠距離から戦える魔法使いです。
学院で情報を集める中、大河たちは一人の有力な候補の名前を耳にします。
今回もよろしくお願いします!
翌日の学院は、朝から薄い雲に覆われていた。夏の名残を含んだ湿った風が石造りの廊下を抜け、開け放たれた窓から教室の奥まで流れ込んでいる。大河は剣術初級の授業を終えると、木剣を棚へ戻しながら軽く肩を回した。最近は構えを直される回数が少しずつ減ってきたものの、中級へ進めるほどではない。手のひらには木剣を握っていた感触がまだ残り、指を開けば汗で少し湿っていた。
廊下へ出ると、窓際にライズが立っていた。その隣ではポルポルが浮かび、さらに少し離れた壁際にルルがいる。青いボブの髪を耳にかけ、本を胸の前で抱えたまま、ポルポルの方だけを見ていた。
「待たせたな」
大河が近づくと、ルルの視線が一瞬だけこちらへ動き、すぐにポルポルへ戻った。昨日よりは逃げるような動きではない。それでも大河と目が合う時間は短い。
「これで三人なのです」
ポルポルが空中で小さく胸を張った。
「まだ三人だろ」
「でも昨日までは二人だったのです。すごい進歩なのです」
その言葉に、ルルがわずかに口元を緩めた。ポルポルはそれを見逃さず、満足そうに尻尾を揺らす。
大河は窓の外へ視線を向けた。中庭では何人かの生徒が昼休み前の短い時間を使って訓練している。剣を振る者、魔法の光を掌に集める者、走り込みをする者。学院へ入ったばかりの頃は、すべてが自分より先を歩いているように見えた。今ではその光景の中に、自分も少しずつ混ざり始めている。
「あと二人か」
ライズが壁から背を離した。
「最低五人。どうせなら、同じような奴ばかり集めるより、役割を分けた方がいい」
大河は頷いた。自分とライズは素手格闘が中心。ルルは回復魔法。これだけでも昨日より形になっているが、まだ近距離に偏りすぎている。
「次は魔法を使える人が欲しいな」
「俺もそれを考えてた」
ライズが中庭の向こうにある魔法棟を見た。
「遠くから攻撃できる奴が一人いるだけで違う」
ポルポルがくるりと振り返る。
「魔法ならいっぱい人がいるのです」
「その中から探すのが大変なんだよ」
「ポルポルは美味しい料理ならすぐ分かるのです」
「今回は料理じゃないからな」
大河がそう返すと、ポルポルは少し不満そうに頬を膨らませた。その横でルルがまた小さく笑う。
大河はその様子を見てから、改めて魔法棟へ目を向けた。
「よし、行ってみるか」
魔法棟は学院の東側にあり、近づくにつれて空気の匂いが少し変わった。焦げた木の匂いと、水を撒いたあとの湿った石の匂いが混ざっている。中庭に面した訓練場では、数人の生徒が的に向かって魔法を放っていた。
赤い火球が飛び、少し遅れて風が鳴る。水の刃が的の表面を濡らし、その隣では土の塊が鈍い音を立てて砕けた。
大河たちは授業の合間を歩いていた生徒に声をかけた。最初の一人は首を傾げ、次の一人は少し考えてからいくつか名前を挙げた。しかし、その大半はすでに学院内の別グループに入っていた。
三人目に声をかけたのは、火魔法の教本を抱えた男子生徒だった。
「魔法が強くて、まだグループに入ってない人?」
男子生徒は目を細め、しばらく考え込んだあと、すぐに一人の名前を口にした。
「クララじゃない?」
ライズが聞き返す。
「クララ?」
「知らないのか? 魔法ハイランカーだよ。火と風が得意で、他の魔法もかなり使える。魔法の授業だけなら、もう卒業してもいいって言われてるくらい」
大河は思わず足を止めた。
「ハイランカー?」
「そう。だから今は魔法の授業より剣術ばっかりやってる。魔法剣士になるんだって」
大河とライズが顔を見合わせた。
条件だけ聞けば、かなり理想に近い。
「その子、グループには?」
ライズが尋ねると、男子生徒は苦笑した。
「入ってない。でも、たぶん無理だよ」
「なんで?」
「今まで何回も誘われてるから。全部断ってる」
風が廊下を抜け、教本の端がぱらぱらとめくれた。
「スターエルミナス系のグループからも声がかかったって聞いたけど、それも断ったらしい」
「そこまで?」
「クララはグループに興味ないんだよ。自分が強くなることしか考えてないって有名だから」
男子生徒はそこで少し声を落とした。
「まあ、兄貴があのコルトだからな」
大河はその名前を知らなかった。
「コルト?」
男子生徒が少し驚いたように眉を上げる。
「スターエルミナスの幹部だよ。王の側近。魔法と剣術の両方でゴールドランカー。二十歳で幹部になったっていう、とんでもない人」
大河の中で、さっきまで単なる有力候補だったクララの輪郭が少し変わった。
スターエルミナス。
そして王の側近。
自分が総合ランキング一位を目指している以上、いつか無関係ではいられない名前だった。
「クララはその人の妹。確か十歳くらい離れてるはず」
「なるほどな」
ライズが腕を組む。
男子生徒は教本を抱え直した。
「今は剣術中級にいると思うよ。誘うなら勝手だけど、期待しない方がいい」
礼を言って別れると、大河たちは剣術棟へ向かった。
途中、ポルポルが大河の肩の高さまで降りてくる。
「すごい人なのです?」
「兄貴の方は相当だな」
「妹さんもハイランカーなのです」
「だから余計に欲しいんだろ」
ライズが先を歩きながら答えた。
ルルは三人の少し後ろをついてきている。歩幅は小さいが、昨日のように距離を大きく取ることはなくなっていた。ポルポルが時々振り返るたび、ルルも同じ方向へ顔を向ける。
剣術中級の訓練場は、初級よりも広かった。
木剣が打ち合う音が乾いた空気を叩き、床には何度も踏み込まれた跡が残っている。大河たちは邪魔にならないよう入口脇から中を覗いた。
すぐに分かった。
赤い髪の少女が一人、大柄な男子生徒と向き合っている。
背は低い。
周りの生徒と比べると、頭一つ近く小さく見える。
それでも構えには妙な軽さがなかった。
相手の木剣が振り下ろされる。
クララは正面から受けず、半歩だけ横へ流れた。木剣同士が擦れ、鋭い音が響く。そのまま相手の腕の外側へ回り込み、足元をすくうように木剣を走らせた。
男子生徒が慌てて下がる。
クララは追いすぎない。
間合いが離れた瞬間、すぐに構えを戻した。
「中級って、あんな感じなのか」
大河は思わず呟いた。
初級の授業では、まだ構えや足運びを何度も修正されている。目の前の少女の剣は、自分より明らかに先へ進んでいた。
授業が終わる頃には、窓から差し込む光が少し傾いていた。
教師の声が響き、生徒たちが木剣を片づけ始める。
クララも一度は剣を下ろした。
けれど、周りの生徒が水を飲んだり、友人同士で話しながら帰ったりする中、彼女はその場に残った。
再び木剣を構える。
誰もいない正面へ踏み込み、振り下ろす。
一度。
二度。
三度。
髪が額に張りついても止めない。腕が少し重くなっているのか、呼吸は先ほどより深い。それでも足の位置を確かめるように何度も踏み込みを繰り返していた。
ライズが小さく息を吐いた。
「噂通りだな」
大河も黙って見ていた。
自分にも覚えがある。
もう十分だと思ってから、あと一本だけ走る。あと一回だけ繰り返す。そうやって積み上げてきた時間がある。
クララの背中からは、それと似たものを感じた。
最後の一振りを終えたところで、ライズが声をかけた。
「クララ」
少女の動きが止まった。
赤い髪がふわりと揺れ、こちらを振り返る。
近くで見ると、さらに小柄だった。ただし目つきは鋭く、じっと見られると体格の小ささなど気にならない。
「何?」
短い声だった。
ライズが一歩前へ出る。
「俺たち、今学院でグループを作ろうとしてるんだけど」
「入らない」
最後まで言い切る前だった。
ライズが口を閉じる。
「まだ何も説明してないけど」
クララは木剣についた汗を布で拭きながら、大河たちをまともに見ようともしない。
「何度も聞いたから。同じでしょ」
「俺たちのグループはまだ三人で」
「何人でも同じこと」
クララは木剣を棚へ戻した。
その時、大河は足元に目がいった。
靴底が少し厚い。
普通の訓練用の靴より、明らかに高さがある。
大河が何気なく見ていると、クララの視線がすっと下がった。
「何?」
「いや、別に」
「なら見ないで」
声が一段低くなった。
大河はすぐに視線を上げた。
隣でポルポルが何か言いたそうに口を開きかけたので、大河は素早く手で制した。
ライズが気を取り直し、話を続ける。
「グループランキングで上を目指せば、学院の授業料も免除になる。それに」
「授業料には困ってない」
クララは壁際に置いていた荷物を肩へ掛けた。
「グループ戦なら、強い相手とやれる機会も増えるかもしれない」
今度は大河が言った。
クララの足が一瞬だけ止まった。
だが、振り返らない。
「一人でも強い相手とは戦えるわ」
「でも、グループでしかできないランキングもあるだろ」
大河が続けると、クララはようやく顔だけを少し振り向いた。
「それで?」
その目には怒りも興味も浮かんでいない。
ただ、答えを待っている。
「グループに入ることが、強くなる邪魔になるとは限らないと思っただけだ」
大河は自分でも、少し変なことを言っている気がした。
少し前まで、自分もランキングを上げることばかり考えていた。今でも総合一位という目標は変わっていない。
それでも、ワイナに教わり、エリカやアイと関わり、ライズに誘われ、ルルを仲間にした。
一人では得られなかったものが、確かに増えている。
クララは数秒、大河を見ていた。
やがて視線を外す。
「私は、他人に予定を合わせてる時間があるなら、その時間に一本でも多く剣を振りたいの」
言い終えると、肩に掛けた荷物を直した。
「魔法もまだ伸ばせる。剣術だって中級。やることはいくらでもあるから」
そのまま出口へ向かう。
赤い髪が夕方の光を受けて、細く揺れた。
大河は呼び止めなかった。
クララの言葉が、自分の中に少しだけ残ったからだ。
強くなるために時間を使いたい。
それは分かる。
むしろ、分かりすぎるくらいだった。
訓練場の外へ消えていく背中を見送り、ライズが腕を組んだ。
「これは、簡単じゃないな」
ポルポルが大きく頷く。
「ルルさんとは違う意味で、お話が難しい人なのです」
その言葉に、少し後ろにいたルルがポルポルへ顔を寄せた。
小さな声で何かを伝える。
ポルポルの耳がぴくりと動いた。
「ルルさん、クララさんはすごく強そうって言ってるのです」
大河はまだクララが消えた出口を見ていた。
「強いな」
魔法はハイランカー。
剣術は中級。
それでも本人は、まだ足りないと思っている。
ライズが横から大河を見る。
「諦めるか?」
大河は少し考えてから、首を振った。
「いや」
欲しい。
単に強いからだけではない。
あの姿勢そのものが、今のグループに必要な気がした。
窓の外では、傾いた陽が学院の屋根を赤く染め始めていた。訓練場に残った木と汗の匂いの中で、大河はさっきまでクララが剣を振っていた場所へ目を向ける。
そこにはもう誰もいない。
それでも床には、何度も同じ場所を踏み込んだ跡が残っていた。
簡単には振り向かない。
だからこそ、もう少し知りたくなった。
第70話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回登場したのは、魔法ハイランカーのクララ。
さらに剣術も学び、授業が終わったあとまで一人で訓練を続ける、かなりの努力家です。
実力だけを見れば、大河たちにとって理想的な仲間候補。
しかし本人はグループにまったく興味がなく、あっさり断られてしまいました。
それでも大河は、クララの強さだけでなく「もっと強くなりたい」という姿勢そのものに惹かれたようです。
簡単には振り向いてくれそうにないクララ。
大河たちは、この難しい四人目候補を仲間にできるのでしょうか。
次回もよろしくお願いします!




